第1話 不登校編 16200秒の囚人
チック、タック。チック、タック。チック、タック。チック、タック。
無機質なプラスチックの針が、白い文字盤の上を這う音が聞こえる。
それは、世界で一番残酷なメトロノームだ。・・・・・・・・・・
チック、タック。チック、タック。チック、タック。チック、タック。
――かつて、時間はこんな風に流れていなかった。
幼稚園の頃。
あの頃の世界は、もっと鮮やかで、もっと自分勝手で、そして、最高に楽しかった。モチオは「檻」の中で昔を思い出していた。
男の子「モチオ君、ボール返してよー!」
泥だらけの三毛猫の男の子が泣きべそをかく。
モチオは奪い取ったボールを抱え、園庭の遊具の上から見下ろしてニヤリと笑った。
モチオ:「馬鹿め! 世の中は弱肉強食ニャ!!」
女の子:「先生ー! モチオ君が私のお絵描きの邪魔する!」
隣の席の女の子が泣きついた。彼女の画用紙には、モチオが容赦なく書き加えた
「本物のクジラ」の解剖図。
モチオ:「うるせー! お前の絵が下手くそだから、俺が正しい骨格を書いてやったんだ!!」
時に、、、
モチオ:「ねえ先生。どうやって子供は生まれるの? どうすれば子供は生まれるの? お父さんとお母さんは教えてくれないニャ、なんでニャ? 先生知ってるんでしょ?」
若い女性猫の先生は、顔を真っ赤にして「……お、お給食の時間です!」と目を泳がせた。
やりたい放題だった。
世界は自分の脳みその広がりに合わせて、どこまでも無限に広がっていると信じていた。
問題は、四角いコンクリートの建物に押し込められてからだ。
先生:「モチオ君!!! また漢字の宿題忘れたの!?」
教壇の上から、ヒステリックな声が降ってくる。
モチオはノートを白紙のまま突き返した。
モチオ:「そんなの『犬』って漢字なんて1回か2回書いたら覚えるニャ。なぜ同じ文字を20回も書く必要がある? 筋トレのつもりかニャ? 20回書かないと覚えられない奴の基準に俺を合わせるな!」
先生:「だまらっしゃい!!!!!」
先生は「正解」という名の、ただのルールを押し付けるマシーンだった。
犬という漢字を覚えることよりも20回書かせる事が正解である。
先生:「はい、みんな注目。6÷0=いくつかな? 正解は0ですね」
先生が黒板にチョークで丸をつける。
その瞬間、モチオの脳内が激しく拒絶反応を起こした。
席を蹴って立ち上がる。
モチオ:「何言ってるニャ先生! 6の中に0は『無限大』に等しく存在するニャ! そもそも、この式は数学的に『不能』であり『不成立』ニャ! ゼロで割るという行為そのものが定義できないんだニャ!!」
教室中の猫たちがキョトンとする中、先生の顔が怒りで引きつった。
先生:「だまらっしゃい!!!!」
また。。。。
先生:「モチオ君は、なんで教えた通りに『ひっ算』で計算しないの!!!」
ノートの余白に答えだけを書くモチオの頭を、出席簿が叩く。
モチオ:「だって先生、25×4なんて100ニャ。100の4分の1が25なんて、数字の形を見てりゃ一瞬で頭に浮かぶニャ。なんでわざわざ縦に数字を並べて、5×4=20、2を繰り上げて……なんて無駄なプロセスを踏まなきゃいけないんだ?」
先生;「計算しなさ―――――い!!!!!!」
型にはめろ。
はみ出るな。
自分で考えるな。
教えられた手順をただ繰り返すロボットになれ。
暗算できない問題をひっ算で解くがひっ算の存在意義
しかしひっ算の前では暗算は否定される。
……なんか、学校が、致命的につま白かったニャ。
毎日、毎日、45分という名の拷問。
モチオは授業中、黒板を見るのをやめた。
ただ、教室のの前壁に掛けられた、丸い時計の秒針だけをじっと見つめるようになった。
カチ、カチ、カチ。45分って、
どれくらい長いか、
この先生たちは理解しているのだろうか。
頭の中で、数式が一瞬で弾け飛ぶ。
45分。
それは、2700秒だ。
2700回、あの無機質なプラスチックの針が刻む音を、ただじっと耐え忍ぶ。
そして、この拷問が、1日に6回もある。2700秒 × 6時間。「16200秒……」
俺は毎日、毎日、自分の人生の貴重な16200秒を、この狭い教室の机に縛り付けられ、ただ数えるためだけに、学校に行っているのかな。
チ、タ、チ、タ。脳裏に焼き付いた秒針の音が、耳の奥から離れない
夕方。
終わりのチャイムが鳴る。
まるで、囚人が一日の刑期を終えたことを告げる合図のようだ。
帰り道、男の子数名がモチオの周りを囲んだ。
ショウタ「おいモチオ、この後タケルの家で遊ぶんだけど、お前も来いよ!」
ユウセイ「でもモチオ、モンスター狩りのゲーム持ってねーじゃん」
ショウタ「見てるだけでいいじゃん」
見てるだけ……。はあ????
なぜわざわざ、お前たちのゲームを横で見つめるだけのために、
自分の貴重な時間と人生を費やさなければならないのか。
親切の皮を被った、最大の屈辱である!
モチオは沸き上がる苛立ちを必死に押し殺し、冷たく言い放った。
モチオ「ごめん。用事あるから無理」
言い捨てるや否や、モチオは逃げるように、全力で家に帰っていった。




