クライアント2 HALITE
「どうしても振り向かせたい令嬢がいる」
「はい」
「どうすればいい?」
なんだそのめちゃくちゃ高圧的な態度は。まずはそこを治せ。話はそれからだ。
そう言って追い返したいなと思いました。(完)
……そんなわけにもいかないので、占うけれども。
本日のクライアントは伯爵家の嫡男。振り向かせたい令嬢とやらは男爵家のご令嬢だそうだ。
この男、見た感じは悪くないのだがおそらく中身に難がある。
精一杯よく言えば自信家。自己肯定感が高いというか、みなぎる自信にあふれる自信……簡単に言ってしまえばナルシストだと思う。
「こんなにも美しい俺に、彼女は一向に靡かない」
ほらね! 占わずとも分かるレベルのナルシストだったわ!
「振り向かせたい、靡いてほしいということは、その女性と結婚したいのですか?」
「まぁそうだな。手に入れたい」
おい女は物じゃねぇぞ。
「手に入れる、ですか?」
「そうだ。この美しい俺にはあの美しい女が必要だろう?」
「ちょっと何言ってるか分かりませんけれども」
「美しい俺の隣にあの女を置けば最高だということが分からないのか?」
分かるか!
ダメだ。この人ダメだー。占う以前に問題がありすぎる。
「結婚したいわけではなく、隣に置きたいだけということですかね」
「いや? 結婚はするべきだろう」
手に入れたいとか隣に置きたいとか、相手を人間として見ていないようなのに結婚はするべきだと思っている……?
ダメだコイツと価値観が違い過ぎて理解が追い付かない。
とりあえず理解するのは追々頑張るとして、結婚する気はあるらしいので相手との相性を占うことにする。
机の上に魔法陣を描き、宝石箱から石を取り出す。それを魔法陣の上に転がして相性占いおおおう!
「おぉ!」
二つの石を魔法陣の上に転がした途端、それらはスパァァンと反発して魔法陣の隅と隅まで弾け飛んだ。
「これはどういうことだ!?」
「相性最悪ですね」
「なんだと?」
「本当にその女性とまともに会話をしたことはありますか?」
「……ない」
ないんかい。靡かないとか言ってたけど無視されてる可能性も出てきたな。
「きちんと会話をしてみたら分かると思いますが、根本的な性格がまっっっっったく合わないと思います」
「……?」
なぜか全く理解出来ていない顔をしている。なぜだ。
「これだけ見事な反発は見たことないですし」
「いや……性格が合う合わないというか、女が俺に合わせるべきでは?」
私は落ち着いて、一度大きく深呼吸をする。
そうしなければ、暴言を吐いてぶん殴りそうだったから。
「正直に言わせていただきますが、文句も言わず嫌な顔もせずあなたに合わせてくれる人なんて、あなたのお母様くらいのものだと思いますよ」
「なんだと?」
この人は世の中の人間が皆自分を好きだと思っているらしい。おめでたい頭してるなぁ。
「あなたのことを最優先で第一に考えてくれるのは、きっとあなたを産んだお母様くらいだと思います」
「そんなはずは」
「基本的に人間は皆、自分を第一に考えるものです。あなたは自分以外の人を最優先に考えたことはありますか?」
「ない」
即答かよ。
「あなたは別に誰よりも優先されるような人でもありませんよね。国王陛下でもあるまいし」
「しかし」
「しかしもクソもありません。どちらにせよその女性はあなたのことを最優先して考えてくれるような人ではありません」
「なんだと!」
石がここまで反発したうえに、その石たちが「似た者同士」と言っているのだ。
おそらく女性のほうもナルシスト寄りの人だと思う。
お互いが見た目だけで結婚を決めてしまえば即座に喧嘩別れをしてしまうやつだろう。
顔面だけで結婚相手を選ぶもんじゃない。
「とにかく、その女性との結婚はやめたほうがいいと思います」
私がそう言うと、彼はしばし黙り込んだ。
そして、今の今まで滲み出ていた自信満々オーラが、ふと消えてしまった。
「……俺は、結婚出来るのだろうか……」
今までにない、蚊の鳴くような声だった。
「その爵位にその年齢なら、縁談の二つや三つや四つ来ているでしょう?」
「……きていない」
マジか。
……え、マジか。
「自慢じゃないが、俺は学園でめちゃくちゃモテていた」
「はあ」
「俺の周りに女がいないことなんて一日たりともなかったんだ」
「へえ」
「その中の誰かと結婚するもんだと思っていたが、学園を卒業した途端俺の周りから誰もいなくなった」
「ほお」
女子は皆現実的だからな。
顔はいいけど結婚相手にはちょっと……と思われたのだろう。わがままそうだし。
最初に言っていた女性との結婚については虚勢で、本当に占いたかったのは結婚出来るかどうかだったのだろうな。
「では、ちょっと占ってみましょう」
テーブルの上に、新しい魔法陣を描く。
まずはこの人が結婚するために必要なことを教えてもらおう。
いくつかの石を手に取り、魔法陣の中に転がす。
ころころと中央に転がり出て来てくれたのは、ハーライトだった。
「それはなんという石だ?」
「ハーライトといいます。石というより、岩塩ですね」
「岩塩……食えるのか?」
「塩なので、食べようと思えば食べられます。一応」
「こんなに綺麗なのに、食えるのか」
本気で食べようとしたらどうしよう、と思った次の瞬間、ハーライトがきらりと光った。
ハーライトのほうも食べられそうだと思って驚いたのかもしれない。
「さて、あなたはご両親に結婚を急かされていますか?」
「これと言って急かされているわけではない」
「じゃあなぜ焦っているのですか?」
「……えっと」
私の言葉に、彼の瞳が泳いだ。
焦っている自覚はあるらしい。
「なんだか妙に焦っていますよね? 早く結婚したいわけではなさそうですが」
「そう、だな」
ごにょごにょもごもごと何か言いたげな彼を見ていると、邪魔な存在という言葉がハーライトから伝わってくる。
「なんだろう? なんか身近に、微妙な存在の人がいません? 仲がいいわけでもないのにごちゃごちゃ言ってくる人みたいな」
「いる!」
心当たりがあったようで、こちらに向けて少し身を乗り出してきた。それに驚いた私は少しだけ仰け反る。
この男、情緒がジェットコースターだな。
「学生時代のただのクラスメイトなんだ。そいつが、自分の結婚が決まったからと言ってお前も早く結婚しろだとか、学生時代はお前のほうがモテていたのにだとか、とにかくごちゃごちゃ言ってくる」
「多分その人ですね。石が邪魔な存在だと言っているのであまり関わらないほうがいいと思います。結婚はタイミングが大切なのでその人……しかもそう親密な関係でもなんでもない人の言うことは聞くべきではありません」
「なるほど」
「だから、焦る必要もありません。おそらくその人の存在はあなたが思っている以上に悪影響を及ぼしているんだと思います」
「分かった」
こくこくと素直に頷いている。しかしハーライトからの助言はまだ終わらない。
「愛情を追い求める必要はないし、人から見捨てられただとか拒絶されただとか、そんなことを考える必要もありません。そういう嫌な過剰は全て捨ててしまいましょう。あと、お部屋のゴミもきちんと捨ててお掃除しましょうねって」
「え、あ、そんなところまで見えるのか……!」
「身も心もお掃除してすっきりするといいですよって話です」
「あ、はい」
部屋のゴミの状態まではさすがに見えないけれど、この様子だとゴミとかいらないものとか溜めがちなのかもしれない。
そんなこんなで、彼は来た時よりも幾分すっきりした表情で帰っていった。
初手が酷すぎてどうなることかと思ったけれど、納得して帰ってくれたのでまぁ良しとしよう。
しかしまぁ、ナルシストの心は一度折れると面倒な感じで拗らせてしまうんだな。
なんて、一つ勉強になりましたとさ。
ブクマ、いいね等ありがとうございます!
そして読んでくださって本当にありがとうございます!