第32話 大立ち回り
俯いた首領は低く唸るような声をあげている。こちらを睨む目つきがギラギラと、燃えさしの光を写しだす。
間を開けずに遠くから踏み込んで、低く振りかざした短剣を斬りつける。首領は右手を鉤のように薙ぎ、防ごうとしたが遅い。腕の内側で首筋を切り付けたリーシアの目を見た刹那、彼が見たのはリーシアの被る兜の鉢金だ。
短剣で切り付けた勢いを生かしてそのまま、頭突きを入れた。
並の相手ならこれで後ろに吹っ飛んでいくが、この巨体がそうそう吹き飛ぶこともない。即座に左の掌打を突き入れる。ここまで攻撃を当てて初めて首領が2歩、後ずさった。恐ろしいほどの頑健さだ。
「ゴボッ」
ここまできてようやく首領が戻した。金創を三つも入れたのに、まだまだへばる気配すらない。
「李書文は二の打ち要らずとも歌われたほどなのに!」と、つい口をつく。
とはいえ、さっきの手応えからして、短剣がすでに脂で斬れなくなってることはわかった。さっさと首領に投擲して牽制し、予備の短剣を抜き放って踏み込み、下から斬りあげる。短剣を振り払った首領は虚を突かれ、守りが遅れる。
切先は狩猟の右手に当たり、指を数本切り飛ばして下腕を切りつける。食い込まないように素早く引き、飛び退く。
この後に及んでまだ首領は、戦意が衰えないらしい。流石に指を切り落とされた手では攻撃できないだろうけれど。
斬りつけた首筋からは血が噴き出ると想像したが、そんなこともない。いやになるほど金創に強い。
ドカドカと後ろで打突音がするのでちらと見やれば、ベル師匠とフィルさんがそれぞれ数体のゴブリンを打ち倒していたところだった。
視線を主領に戻す。
おそらくリーシアとカルルの後ろに控えて見守っている二人が戦力外だとでも思って仕掛けたのだろう。ばかな奴らだ。こう見えて二人はこれでも、半年以上、リーシアの指導で八極拳の基礎をみっちり仕込んでいる。高度な立ち回りは無理でも、壁を背負って正面から襲いかかってくるだけのゴブリンに遅れは取らない。
燃えさしが次第に暗くなってきたので、側においておいた松明を拾って、焚き火だったところに放り込む。すぐに松脂に燃え移って、松明が明るく照らし始めた。ゴブリンに夜目が効くかどうかは知らないが、鼻が効くらしいことはわかってる。暗くなったら不利なのは確かだ。
それにしてもこの首領、つくづく頑丈だ。
低い吠え声を上げられるぐらいにもう、回復し始めている。手こずって時間をかければこっちがもっと不利になるのは間違いない。
「ならば!」
畳み掛けるべく、さらに斬りかかる。突き、斬り下ろし、斬り上げ、打ち払う。
まだ倒れないのか!もう随分斬りつけているはずなのに!
と、油断したつもりはないところで右半身に衝撃を受けた。
一瞬意識を失い、気がついたら焚き火のそばに倒れてる。
「くっ!」
横薙ぎの打撃を受けてしまったらしい。打撃を受けた右上半身が痺れて、力が入らない。
右耳がキーンとなって、クラクラする。
事前にしておいてよかった。この衝撃では間違いなく漏らしていた。この後に及んでそんなことしか思えないとは。
ニタッと笑ったらしい首領が突進してくる。振りかぶった大斧をまるで手斧のように振り下ろしてくるので、一線天、体を翻して避ける。右手指を切り飛ばしたため、左で抜くのに手こずったらしい。
ガツン! ガツン!と右に左に火花を散らす大斧をなんとかかんとか避ける。
あんなのを食らったらこんな兜なんて真っ二つだ。近くではカルルがゴブリンの集団で大立ち回りだ。何せ30体もの侵攻部隊を抽出できる集団なので、物音で出てきた奴らも相当いた。
これはまた、何ともはや。




