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10(ヴァルダーク視点)








 セリカという神子が召喚されたのは魔族との戦いのためとされているのだが、実際は違う。

 この事実を知っているのはおそらく僕だけだろう。彼女が召喚されたのは、女神の意思によるもの、ひいては僕のためだった。


 世界は魔族に脅かされていた。このままでは魔族の支配する世になってしまうことを危惧した女神が一人の魂を選んで遣わした───それが僕だ。

 人として持つ魔力としては異常なほど…時には恐れられてしまう力を持つ僕を、両親はそれでも愛してくれた。


「ぼくも、たたかえます」


 わずか4歳の僕の言葉に両親は驚いた。普通、幼児を戦場に出すなどあり得ない。けれど、それが可能であることも両親は分かっていただろう。


「ヴァルはまだ幼い」

「そうよ。お父さまと話し合って、戦場にはわたくしたちが向かうことにしたのよ」

「おまえのことは頼んであるから、何かあったら叔父さんを頼るんだぞ」


 両親が戦場に出た理由はいろいろと言われているが、幼い僕を戦場に出したくないのが本当の理由だった。普通の子どもと変わらずに愛してくれた両親を僕も愛していた。

 ───けれど、両親が戦場から戻ることはなかったのだ。どれほど後悔しても時は戻らない。愛した両親がいない世界のために戦う気力も出ない。

 抜け殻のようになった僕を女神が心配して何かと声をかけてくるようになった。


「愛し子よ。私は人の争いなどには介入できないけれど、あなたにはできるだけのことをしましょう」


 それからまもなく、セリカが召喚されてきたのだ。女神が言うには、僕と彼女の相性はピッタリらしい。


「彼女はとても愛情深い娘。あなたを慈しんでくれる存在となるでしょう。実はあなたが赤子の際に会っているの」


 神子召喚に興味などなかったが、その言葉には気を引かれた。僕には会った記憶がない。


「一度彼女は精神体だけ、この世界にやってきたことがあるのです。彼女としては夢の出来事と思っているでしょうけれど」


 そうして僕は赤子の際にも神子───セリカに救われたことを知った。僕を恐れる人間が多い中、王太子誕生後初のお披露目に光を纏ったセリカが突然現れて微笑み、僕の頭を撫でたことからほとんどの人に受け入れられるようになったそうだ。


 実際に会ったセリカに僕はすぐに心惹かれ、花嫁にと望んだ。年の差があることから、本気にはしてもらえなかったけれど…何年かけても口説くつもりでいた。

 両親に対するものとは違う愛しさ……早く大人になりたいと、どんなに切望しただろうか。


 しかし現実は残酷で……両親に引き続いてセリカも失ったのだ。僕を庇うという、最悪な形で。

 魔族との戦いは終わり、僕の役目は終わったのに……後を追いたくてもセリカが命懸けで救ってくれた命を絶つことはできず、ただ生きていた。


 ある日、いつまでも人形のように生きる僕に女神がセリカが生まれ変わっていることを教えてくれた。

 その時の驚きと喜びというと、何と言えばいいのか。だが、それよりも。


「どうしてっ…ずっと教えてくれなかったんですか!?」


 僕の尤もな問いに女神が困ったように微笑んだ。


「私が彼女に合わせる顔がないと感じているように、彼女もあなたに合わせる顔がないと思っているみたいなの…でも、今も変わらずにあなたの心配をしていますよ」


 セリカの記憶のままに生まれ変わっていると聞いて、喜びは倍増した。

 今度こそ、今度こそ彼女を手に入れる。そして二度と手放しはしない。そう心に誓ったのだ。






「殿下、いらっしゃいますか?」


 ノックしながらウォルフが声をかけてきた。困惑した色を滲ませる声に何かあったらしいと察するが。


「いるよ。どうした?」


 僕の返事を聞いてウォルフは慌てるように室内に入ってきた。


「レイリアーナさまが来られているそうなのですが、そんな予定は聞いてませんよね」

「いや、僕も聞いていない…」


 嫌な予感がする。僕は急いで自室を後にした。






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