奴隷9
無数に放たれる矢、それに術式。
たった一人の人間を殺すために何を大袈裟な。
だが、それが決して大袈裟ではなかったと次の瞬間に証明される。
俺が間に入ってその全てを叩き落としているからだ。
なんとか間に合った。
矢那さんに向けて攻撃が放たれた瞬間飛び出した。超人の能力を持ってしてもギリギリだったが、なんとか矢那さんの盾になることができた。
放たれる矢、術式を剣ですべて叩き落としていく。
感覚が研ぎ澄まされ、世界が鈍化していくように感じる。
剣を振る腕がゆっくりでもどかしい。
迫る術式はこんなにもゆっくりだったろうか。
無数に迫る矢の軌道がはっきりとわかる。
そんな、無限にも思われた、実際には一瞬の時間が過ぎて、敵の攻撃の手が緩まる。
見ると、兵士たちが唖然とした顔をしている。
まぁ、こんな曲芸じみた事を見せられれば当然か。
だがこの隙を見逃すわけには行かない。
今のうちに矢那さんに下がってもらわないとー
「うおぉぉぉ!聖女様をお助けしろぉぉ!!!!」
「「「うおおおおおおおお!!!!!」」」
怒号と共に後ろからセルレイン軍が突っ込んでくる。
「何やってんだあいつら!?」
いや、考えはわかる。密集陣形で突撃して矢那さんを中に囲って守るつもりなのだろう。
だがそれはつまり兵士に囲まれろと言うのと同義だ。
「くっ!」
ともかく俺が暴れて敵を混乱させないと。まともに対応させたらこっちが全滅してもおかしくない。
「待って!」
進もうとしたとき腕を矢那さんに引き留められる。
「…。殺さないで。」
こんなときにー言おうとして矢那さんの顔を見てしまう。
俺は、矢那さんのことをかっこいいと思っていた。
いつも自信を持っていた。人と接するとき、その人を安心させるような笑顔を浮かべていた。
誰よりも優しかった。ときに、自分を傷つけるような相手にさえ彼女は気遣いを忘れていなかった。
この世界に来て、魔物と戦うといったとき、彼女の目には覚悟があった。
人同士の争いを止めようとしているとき、彼女はいつになく厳しい顔をしていた。怒っているようにも見えた。
それでも彼女は真っ直ぐに前を向いていた。
そんな彼女が…俯き、泣いていた。
これから起こる惨状を思い涙を流していた。もう止まらないのだと理解して絶望していた。
「っ!ごめん!」
そう止まらないのだ。こうしている場合ではない。はやく敵陣に向かわないと。
矢那さんの手を振り払い俺は戦場に向かう。
「できるだけ死者は出ないようにする。」
せめて、彼女の涙に報いるためにそう呟く。
それは彼女の耳に届いただろうか。いや、届かなかったほうが嬉しいな。
これから俺は"自軍の"死者を減らすために全力で敵を殺すんだから。
胸になにか暗い感情が浮かぶのを振り払うように、吐き出すように魔力を振り回す。
腕のひとふりで数人が弾ける。術式の一つで十数人が燃える。
だが足りない。敵は優に万を超す軍勢だ。殺し尽くすにはあまりに足りない。
もっと強く、もっと速く!自らの魔力を最大限に吐き出しつつ、それを効率的に操る方法を模索していく。
戦場であって俺は急激にそれを学び取っていた。敵とはもはや的だ。俺の意識は内面へ内面へ向けられていき、それによって身体は無意識に訓練通りの精密な動きを繰り出していく。
「っ!ちっ!」
そんな意識が急激に引き戻される。剣が弾かれた。
「ルンデルの超人!」
敵の切り札だ。本来なら望むところと言いたいが、今は邪魔だ。
こいつに時間をかける余裕なんて無いのに。
もう一度剣を振るうが、弾かれる。が、弱い。
なんとか反応は出来ているようだが、俺より数段は弱い魔力しかない。
数度打ち合えば間違いなく勝てる。だが、その数度の間に味方は死ぬのだ。
「アインハルト流、抜刀術。」
静かな宣言と共に前の超人の首が刎ねられる。後ろからキョウカが首を跳ねたのだ。
「キョウカ!」
「ジュンイチ!」
死体越しにキョウカと目が合う。それだけで互いの意思が完全に伝わってくる。
戦場は超人であっても命懸けだ。誰もが自分の命を賭け、味方の命を預かり、敵の命を奪う。
そんな極限状態だからこそ背中を預ける仲間とは阿吽の呼吸となる。
俺は迷いなく敵陣に突っ込む。キョウカはそれを見もせずに踵を返し自陣の敵を討ちにいく。
ありがとうも、任せるも、何も言わない。そんな当たり前のことを言い合うほど、戦場は暇じゃない。
「アインハルト流、抜刀術。」
囲んでいた五人を、正確に言えば囲まれるように動いた、一瞬で切り飛ばす。
死体が倒れるよりも先に次の敵を切り飛ばす。
ジュンイチのとこに現れた超人を切り飛ばしてすぐにアタシは自陣の敵を倒しにかかった。
超人がやられたって言うのにルンデル軍の統率が乱れた様子はない。つまり、向こうは全滅覚悟でこっちの数を減らす気ってことだ。
はやる気を抑えながら、冷静に戦局を見据えて動き回る。
ジュンイチはとにかく敵を多く倒すことに腐心している。
だからアタシはとにかく味方を守ることを考える。
敵の攻勢が激しいところに飛び込んでは掻き回す。
だが敵はアタシを無視するかのようにセルレイン軍に攻撃を加える。
「このっ!」
これが一番嫌だ。術式を使わないアタシらアインハルトは根本的に集団戦に向いていない。無視して逃げるように動く相手を叩く有効な戦術がないのだ。
だがジュンイチは戻せない。あいつを戻すと残った敵が全てこちらに来て波状攻撃を受ける。
今戦況が均衡しているのはあいつが大暴れしてるからだ。下手に集まるとジュンイチに叩かれるから敵は纏った軍隊行動が取れないのだ。
であればー
アタシは周りの敵を切り飛ばしてから自陣の奥、この戦況を変えうる一人に会いに行った。
聖女様は泣いていた。死んでいく兵士にか自分の無力にか、それはわからない。
アタシはこいつが嫌いだ。殺し合うのは悪いこと、やめろと、ただそれしか言わない。
だが実際のところ、こいつは何もしないのだ。何もしないことでどうなっているかわかっていない。
アタシら超人は一人で戦局を左右できる。つまり、戦うか戦わないかを選んだ時点でその手は血に染まる。
「おい、聖女様。戦況がやばい。火力支援を頼む。」
聖女の目がこちらを見る。
「無理…よ。殺すなんて…。」
こいつは!
アタシは聖女様の頭を掴んで、今攻勢を受けている側を向かせた。
「見ろ!あそこで味方が死んでる!お前が撃てば味方を守れる。」
「あ…あぁ…。」
聖女が恐る恐る腕を上げる。あとほんの少し魔力を流せば、それが敵を打ち崩すだろう。
「選べ!ルンデルの兵士か!セルレインの兵士か!」
「っ!」
聖女の手が胸元に戻る。
「私は…殺したりはしない!」
「っちっ!」
聖女の頭を放る。言いたいことは無限にあったが今はそんな余裕はない。
時間を無駄にした。こいつを当てにしたのが間違いだった。
ひと呼吸してから味方を見る。
こいつらのうち何人かは死ぬ。それは戦争では数字でしかない犠牲だが、戦場にいる兵士にとってはかけがえのない命なのだ。
そんなものを賭けて、こいつらは戦っている。だからそれに報いる必要がある。
「てめぇら!アタシと一緒に死んでくれや!」
「「「おう!!!!!」」」
軍隊と言うのは集団だ。集団だから意味があり、集団でなくなってしまえばそれはもはや軍としての機能を失う。
軍の半数を失えば、それはもはや集団としての機能を失う。指揮系統はズタズタになり、もはや人の塊にしかならない。
ルンデル軍はそんな状態になるまで戦闘を続けた。撤退していったと言えば聞こえは良いが、実際のところは戦い続けるという命令を維持できなくなった集まりの解散だった。
そんな完勝に近い戦いだったが、それでもセルレインの兵士は百人単位で亡くなった。
やりきれるもんじゃない…。暗雲たる気持ちで俺は自陣に戻ってきた。
まずは矢那さんの無事を確認したかった。だが、見つけた矢那さんの姿はあまりに悲惨だった。
地面に座り込んでただ涙を流していた。浴びるように、いや実際浴びたであろう血を拭うこともなく。
「や…なさ…ん…。」
なんと言えば良いのか分からなかった。
すると、後ろからキョウカが近付いてきた。
こちらは多少血は洗い流したようだが、まだまだ見綺麗とは言い難い状態だった。
「キョウー
こちらがなにか言う前にキョウカは矢那さんの前に行き、いきなり矢那さんを蹴り飛ばした。
「キョウカ!」
流石に加減はしていたのか矢那さんは吹き飛ばされたりはせずドサッと地面に倒れただけだ。
だからと言って見過ごせるわけがない。
「満足か?」
キョウカが呟いた。
「てめぇのせいで味方が死んだ。てめぇが戦えば、てめぇが戦場に来なければ死ななかったやつが死んだ。どうだ?満足か、って聞いてんだよ。」
「わた…しは…。」
「綺麗事言ってんじゃねぇ!殺し合いしてんだ!誰も彼も救うなんて夢みたいなこと言ってる暇がありゃ救える命を救え!」
「私は…殺したりはしない…!」
キョウカの目がカッと開き刀を振り上げる。それを慌てて止める。
「キョウカやめろって!」
キョウカは俺を鬼の形相で睨みつけてから、なんとか刀を下ろしてくれた。
「甘えんな。何もしないことを選んだ時点でてめぇの手は血で染まってる。てめぇはもう立派な人殺しだ。今日、てめぇは味方を殺したんだ。」
矢那さんは何も言わなかった。多分何も言えなかったんだろう。
キョウカは最後に俺を一睨みしてどこかへ行った。
残されたのは起き上がりさえしない矢那さんと俺だけだった。
「…矢那さん。」
とりあえず起き上がらせようと矢那さんの体を支えようとしたら、急に矢那さんが抱きついてきた。
甘い香りが広…血の匂いだ。
「真田君…。私…私はっ…。」
泣きながら、震えながら矢那さんは俺にすがりついていた。
それは普段からは想像もできないほど弱りきった姿で…。
そんな姿を見て、俺はー
「大丈夫だよ。矢那さん。大丈夫だから。」
安心させるように矢那さんを抱きしめた。そう、まるで労るように優しいように。
けどそれはー
「真田君!真田君っ!!」
矢那さんが俺にしがみつく力が強くなる。
そして俺たちはーーー




