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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
最終章:山田九十九の物語
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そらなき。

 『それでよかったの?』

 「うん。わたしはもう満足。お母さんはこれで正しい『観測』を行うことができたから」

 『怖くはないの?』

 「……怖いよ。でも、それでどんな『選択』をしようとも、わたしを想ってのことだと思うから。それにさすがにそこまで干渉するのは、ルール違反。フェアじゃない。お母さんには死ぬほど悩んで『選択』してもらわないと」


 ガルガンチュアの基幹システム。その中にわたしは間借りをしている。『意志ウィル』をウィルスのように伝染させて、かつてこのシステムに取り込まれて死んでいった少女の心に割り込んでいた。


 山田 穢見えみル、それはわたしの名前ではない。わたしに名前なんてまだないのだし、結果、つけられるかどうかもわからないのだから。さぁ、わたしの最後の『意志』の力で、この名前をあなたに返すよ。


 千年前のかわいそうな女の子。

 「さ、この話はおしまい! 今度はあなたの番、そらなきを、そらを止めにいかないと」


 ※


 「あーあ。こんなにしちゃって。こいつら創るのもただじゃないだよね」


 四瑞の残された一匹、鳳凰を鏖殺したすめらぎおうまの前に、降り立つ影があった。目深に被ったフード。全身は漆黒のように塗りつぶされていて、眼だけが白い点で描かれている。なにかの冗談のようなそれは、本来ならば、この箱庭世界の表舞台には立つことはなかった隠しデータ。


 『空亡そらなき

 百鬼夜行絵巻のエンドマーク。あらゆる魑魅魍魎を退散させる規格外の存在。その腕で触れられた者は、この箱庭ガルガンチュアの法則から『忘れられる』。

 『物語を終わらせるモノ』


 「まだ時間はあったはず。もう封印が解かれたのか」

 「甘く見過ぎなんだって」


 穢見ルの放った二匹の座敷童『ぬらり』と『ひょん』が、大広間の奥で転がっていた。それに加えて、おうまの『皇流封印術』で縛ったはずだったのだが、計算よりかなり前に破られたことになる。


 まあ、いい。

 そらなきに立ち向かう、おうまは思う。いずれは倒さなければならない敵だ。ウォーミングアップはもう済んだ。もとよりこいつを倒しに、ぼくたちはやってきたんだ。魑魅魍寮を平穏な場所にするために――。


 おうまは全身に力がみなぎるのを感じた。


 「そこまでして『秩序』を壊したいかね。失敗作とその愉快な仲間たち。自らの『物語』に酔って、千年続いてきた『秩序』を破壊して赦されるとでも思っているのかな」


 ぱちん。

 彼が指を鳴らすと、大広間に無数のホログラフィックディスプレイが浮かび上がった。おうま以外の魑魅魍寮の面々もそこに集まり、眼を丸くして画面を見つめる。中には古い劣化したデータもあるようで、その画面の下には、21世紀後半であることを示す文字列が走っていた。


 「この世界はとっくの昔に滅んでいるのさ。残っているのはこのチンケな『箱庭』だけ。こうして『物語』に踊らされて巨悪を倒そうなんて、ジャンプ漫画みたいなことをしている余裕は、もう人類にはないんだよ」


 ひとつだけいやに鮮明な映像群があった。ただし、茫漠な荒野が映し出されているだけだ。小さな影が2つだけ見えるけれども、とても生命の生きられる世界ではない。


 「これが、ほんとうの世界……」


 誰かがそう呟いた。一部の例外を除いて、彼らはその真実の暴露に言葉を喪っていた。例外のひとりは、ひさぎ。彼女は顔をしかめていた。例外のもうひとりは、ヒトー。彼は顔をしかめることはできなかったが、胸の紋章に手をやり、苦しんでいた。


 「かつて科学技術の隆盛を極めた人類は、意志量子力学ウィルクァンタムコンプレックスセレオムを用いた遊園地を創りあげた。そしてそこに向かうバスを用意した。全世界からその遊園地にアクセスできるように、そして長旅でも飽きさせないように、そのバスはもはや移動都市と呼んだほうが正しかった」


 最古の映像には、魔法のような楽園の姿が描かれていた。ここにいる面々が想像もできないほど、高度な科学技術に到達した人類の姿。


 「が、まもなく世界は滅んだ。その中で助かったのは、超巨大六脚移動都市ガルガンチュアに乗っていた子どもたちと、スタッフだけだ」


 巨大な地震のようなものが、都市区画を襲う映像が流れていた。乗っている子どもたちは少年少女ばかり。中にはまだ幼児と呼ぶべきものもいた。怯える彼女たちを、魑魅魍魎のすがたをしたスタッフたちが宥めすかしていた。


 「……稲荷とうか師匠?」


 その中には、見覚えのある狐神の姿もあった。が、彼女は小谷間ともえの精神の奥深くに潜んだまま、表には出てこない。


 「姦姦蛇螺かんかんだら……」と呟いたのはヒトーで、「八尺様じゃねえか」と驚いたのは楸だった。


 「知恵、食料、法、その何もかもがこの都市には残されていなかった。ボクたち子どもは少数のスタッフと協力しながら、混乱を乗り越えようとした。幸いにして、重水素の核融合エンジンによるエネルギーあったから、困りはしなかったけれど、それもいつまで続くかわからなかったから、無駄遣いもできなかった」


 世界を喪う。それを目の当たりにした失望はどれほどのものだろうか。ましてや子ども。ましてや、ここにいる面々とはちがい、それまでその世界と繋がりがあったものたちだ。父も、母も、もういない。


 映像の中には、集団自殺している子どもたちもいた。『わたしたちはみんなの元に帰ります。ごめんなさい』と乱雑な文字で手紙が残されていた。


 「そんな中で、ボクたちは『秩序』を立ち上げようとしたんだ。残されたあらゆるデータベースを漁って、未熟ながらもルールを作って、限られた資源を公平に分配しようとした」


 映像には、スタッフたちの簡単なパンフレットも残されていた。保護者様向け。特E生物。実験の失敗作たち。有効利用。子どもたちに貢献することでポイントを得る仕組み。特定の誰かに加担をしたり、箱庭を怯やかすようなことをしたものには、ポイントが失われる。


 「これは……」「『信仰』と『恵み』のサイクル?」


 憂姫と夏姫が呟いた。『ヒトと交わった八百万』が罪とされるその理由。そして憂姫は半人半神のヒトの部分が、夏姫はお腹の中の子どもが、自らの神性に強く影響をもたらしているその理由。


 「罪を犯した神を抹消するアイテムも存在していたな。大鎌『神憑』だったり、太刀『鬼斬り』だ。ガルガンチュアの基幹システムが、その神を消していいと認証した瞬間に、有効になるヒト側の絶対防衛手段」


 山田はじめと小谷間ともえが眼を合わせる。


 「さらに、上級スタッフがガルガンチュアにはふたりつくことになっていた。操縦担当の『箱庭フェッセンデンの魔女』。そして内部の規律担当『観測ラプラスの魔女』だ」


 ヒトーと小谷間まどかが眼を合わせた。ヒトーの紋章が、どくりと鼓動のように輝いた。


 「さて、そんな地獄のような混乱の中で、いくつかの勢力が生まれた。やがて淘汰されて、十年たったころ、ふたつにまで絞りこまれていた。ひとつは、ボクたち、『信仰』の一元管理を行い、歴史を隠し、『秩序』を掲げる出雲中央政府。もうひとつは、ボクたちが暴走していると止めにかかった大人たち」

 「のじゃ」


 小谷間ともえの眼が金色に輝く。


 「それでわらわは敗北した。基幹システムに封印されながら、長い時を過ごした。『鬼斬り』はわらわにオーソライズされていたから、たまに『鬼』が現れたときには、限定解除されて義務を果たしたのじゃな」

 「2人の魔女おとなも排除した」


 ※


 「そして、千年の後に、お前をそらなきにした」


 大広間の様子をモニターしながら、山田 四三よみは煙草に火をつけた。

 穢見ルの手引か知らないが、出雲の反抗勢力は無視できないほどに強大になっていた。拙い科学技術で生きながらえていた、すめらぎそらでは到底太刀打ち出来るものではない。


 だから、わたしはシステムに隠されていた力を与えた。罪深い四季神がいるのなら、我が息子に強化された『神憑』も与えた。オリジナルの玩具とはちがい、あれは、罪深い神ではなくても反応するようにリミッターが外されていた。


 もともと現実を見据えて科学を棄てなかった『箱庭』で生まれたわたしは、わたしの力でできることはすべてやったつもりだ。


 「『秩序』は失わせない」


 そらなきはあらゆる魑魅魍魎の上位存在。打倒されることは原理的にありえない。『鬼』であっても、『忌み子の四季姫』であっても、『神性存在を従えた狐遣い』だろうと、『外から持ってきた借り物の魔女のなりそこない』であろうと、必ずそらなきは打倒できる。


 「この滅びた惑星で、わたしの産まれた『箱庭ガルガンチュア』に再び巡りあうまで、ひとつのほころびも生じさせやしない……」


 ※


 「ねー、そらくん何を書いてるの?」

 「は!? 見んなし!」

 「あー、黒で塗りつぶさないでよー! えい、眼を描いちゃう。かわいい、やったー」


 まだ遊園地に向かっていたころ、わたしと幼馴染みの彼はほんとうにまだ子どもだった。少しだけ意識をし始めて、距離ができはじめた頃だったけど、そのままじゃダメだと想って、わたしは少しうざいくらいにつきまとっていたのだ。


 そんなわたしたちを後ろから見つめる大人の影があった。

 「お、珍しいイラストを『観測』したぞ。おねーさんがいいことを教えてあげよう。この魑魅魍魎が跋扈する世界には実装されていないけど、実は隠しデータが存在するのだ!」

 「は、なにそれ、マジ?」

 「マジもマジ。あまりにも強すぎて封印された伝説の妖怪。どんな妖怪でもそいつの前だと逃げ出しちまう、その名は『空亡くうぼう』」

 「くーぼー?」


 なんかこう、『シャイニングビクトリー』みたいなかっこいい名前だと思っていたわたしは、その間が抜けたような名前にきょとんとしてしまう。


 「んー、それなら、こう読んでみようか。『空亡そらなき』。そらくんが泣いてると、やってきちゃうかもよー?」


 それから世界が滅んで、そらくんは人が変わったようになってしまった。もともと人気者の素質はあったから、混乱の中でも人は集まった。


 「そらくん、なんだか怖い。眠れなくて」

 「大丈夫だ、ボクが必ず守ってみせる」


 やがて大きな戦争ののちに、出雲中央政府が樹立されて、『信仰』と『恵み』のサイクルが完成し、人々は『現実』を忘れようとした。神々や愉快な妖怪が息づく普通の世界を創りあげようとした。


 それに歯向かうものは尽く排除された。

 きつねさんも、のっぽさんも、へびさんも、くねくねさんも。2人の魔女も。システムの根幹である2人の魔女を失い、ガルガンチュアは急速にその機能が低下していった。そこで『箱庭』そのものに祈り続けるための巫女が必要だった。


 「そらくん、わたしにも出来ることがあったから、選んだの。怖くはないよ。でも残念なことがひとつだけ。言わないけど。好きだったよ、そらくん。ほら、泣かないで? それじゃ、ばいばい。わたしはずっとそばにいるから」


 基幹システムに取り込まれ、二人分の祈りを捧げる巫女。わたしはまるで幽霊のような存在と成り、『箱庭』に干渉する術を喪った。わたしが守ろうとした『秩序』のために暴走を続けるそらくんを止める術もないままに。


 ――ただひとつ、そらくんとの赤ちゃんが欲しかったな。


 子供じみたわがままなのはわかってる。あの世界の崩壊を目の当たりにすれば、いまのわたしでさえ、幸せなほうだろう。でも、小さな頃からの夢だったから。


 そんなとき、何度目かの他の箱庭との交接が始まり、情報交換をする中で、ひとつの『意志』と共鳴した。ある些細な行き違いのせいで、生まれてくる前に死んでゆく子。


 「はじめまして!」

 「……え、あの?」


 戸惑うわたしに、その子は持ち前の元気でわたしの手を取った。その子はこのガルガンチュアのデータを貪るように食い、知恵をつけて大きくなった。『マル秘、わたしが生まれてくるマニュアル!』をせっせと書き込み、いつも持ち歩いていた。おかげで表紙はボロボロになっていたので、この魑魅魍魎が跋扈する世界観にふさわしい表紙をつけてあげた。


 わたしたちは、山田穢見ルとなり、山田九十九を『観測』し続けた。


 千年ぶりに出来た新しいお友達。でももうお別れだ。九十九がどんな『選択』をしようと、いまのままではいられない。わたしはモノ言わぬガルガンチュアの基幹システムの中で、いずれ消え去る世界を見つめるだけの存在になってしまう。


 「だから、最期に。わたしの『意志』がいまのかたちで残っているあいだに、えみる、お返しをしてあげるよ。いくよ、出雲に!」


 そらくん。

 あなたはまだ泣いているのかな。

姦姦蛇螺「……間に合わない予感がする」

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