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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
最終章:山田九十九の物語
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戦いの終わり。

 「そらなき、お前は怖がりなんだろう」

 「は、はは……」


 そらなき。

 それは百鬼夜行絵巻のエンドマークであり、最強でチートな隠しキャラのはずだった。科学技術を保った箱庭から招聘した山田教授の助力もあって、我が身に実装することの出来たその力は、『鬼』の力の前に敗れ果てた。


 めり込んだ壁から、身体を起こす。

 「ああ、痛い。痛いなあ。ボクはこういうバトル系のキャラじゃないんだけどなあ。くっそ。失敗作め、『鬼』のくせに」

 「失敗作じゃない。おうまだ」


 『鬼』のくせに。

 思わず悪態をついて出てしまったその言葉は、落ち着いて考えてみると真理だった。『信仰』の代わりに、『畏怖』を糧とする者たち。ここを脱走したときには幼児とも言える背格好だったのに、いまや青年と言っていいほどまでに成長していた。角も比べ物にならないほど伸びている。


 「……ああ、怖がりだよ。ボクは」


 ――お前をここまで成長させたのは、ボクの恐怖心だ。


 あの混乱の箱庭の中で、ほんの些細な諍いは崩壊のきっかけとなりうるものだった。目につく芽はすべて摘んできた。そのツケが、魑魅魍寮という穢見ルが仕掛けた施設に貯められているとも知らず。


 脚は砕かれてもはや立ち上がれない。ボクの前に立ちはだかるおうまが、ボクを見下ろす。まさに小さいころにやったゲームの『魔王』だ。


 その向こうには、魑魅魍寮の面々が倒れていた。四季姫も忌み子も外の魔女も神性存在も敵ではなかった。活ける鎧が最後まで健闘していたが、あれは本当にこの世界の特E生物なんだろうか。……ま、どちらでもいいことだが。


 戦況は完全にボクの手の内だった。半覚醒のおうまを追い詰めたときに、想定外のことが起こった。


 「こらー、悪い子はいねーがー!」

 「ぽー!」

 「……(くねくね)」


 出雲中央政府の社の壁を突き破って大慌てで現れたのは、千年前、ボクがまだ子供の頃に出逢った生き物たちだった。下級スタッフの、姦姦蛇螺に、八尺様、くねくね。その影響力のなさに出雲中央政府を立ち上げてからは、行方を探すことすらしなかった者たち。


 『あんまり悪さをすると、姦姦蛇螺に食べられちゃうぞ!』『八尺様がどこまでもついてくるわよ』『くねくねさんを見た悪い子は、くねくねさんになっちゃうの』


 幼心に刻みつけられた、『恐怖』の象徴。まだ平和だったころ、隠れてお菓子を彼女と食べているところを見つかって、一晩中2人で震えながら過ごしていた記憶が蘇った。


 そのときボクは自分が『空亡』であることを忘れて、「ひッ!」という声を出してしまった。脊髄反射で生まれてしまった恐怖心を、おうまが喰らい、反撃の兆しを見せた。


 「まだだ、まだ戦える……!」

 「どうしてだ、どうしてまだ戦える!?」


 勝ち筋があるとは思えなかった。ガルガンチュアのシステムそのものを相手にしているような戦いなのに、おうまの瞳から焔が消えることはなかった。


 ――穢見ルが何か与えたのか。

 なにか勝機を確信しているからにちがいない。このボクですら思いつかなかったような『そらなき』の攻略法。どんでん返しのような秘策を。あるいは魑魅魍寮で待機しているという『観測ラプラスの魔女』が何か企んで……。


 疑心暗『鬼』

 それは格好の餌であり、かくしてボクは敗北した。


 「どうした、殺せ。ボクはもう疲れた」

 「……」


 大広間の隅のほうで、さっきの三人組と文福刑部卿が戦っていた。っていうか、三人がかりでもあのタヌキおやじに勝てねえのかよ。


 『鬼』は無表情にボクを見下ろす。

 「なんだ、馬鹿にしてるのか?」

 「殺しに来たわけじゃない」

 「あ?」

 「ぼくは魑魅魍寮でのほほんと暮らしていたいんだ。それを邪魔しないんだったら、殺す必要はないよね。ねえ、ご先祖様、厳しい戒律や損得勘定なんてなくても、あの寮では、『鬼』も『忌み子』も『四季裁』も『活ける鎧』も『魔女』も『姦姦蛇螺』も、仲良く暮らせていたんだよ」


 ジェンガのように、ほんの些細な噛みあわせの悪さからすべてが瓦解すると思っていた。この世界は、非常に危うい均衡の上に成り立っていて、大衆はそれを知らず、ボクがコントロールしてやらなければならないと思っていた。


 そんなボクからすれば、その魑魅魍寮の様子は想像を絶するものだった。あの施設は政府の眼を逃れていて、モニターできなかったから、なおのこと。逆に興味が湧いてきた。


 と、同時に懐かしくもなってきた。幼いころ、まだこの世界が魑魅魍魎が跋扈する愉快な箱庭であったころ、まさにそんな感じだったのを思い出す。


 『もう少しだけみんなを信じてあげよう、そらくん』

 「……迎えに来たのか」


 少女の像が結ばれる。二度と逢うことはできないと思っていはずの少女の幻影。彼女は人柱として、この箱庭の基幹システムの中に溶けていった。二人分の魔女の信仰の肩代わりをして、祈り続ける巫女として。


 その少女が見たこともないような悪戯げな笑みを浮かべた。


 『ううん。わたしは残酷だから、これでおしまいになんてしてあげないよ。そらくんが成し遂げたことと、そらくんが犯してしまった過ち、その区別がつくまで、こっちに来ちゃダメ』

 「……ひどいなぁ」


 千年ぶりの再会だってのに、あんまりだ。


 『そらくんはいつもボロボロで、でも真剣にみんなことを考えて働いていた。そんなそらくんを見るのが好き。たまに辛くもなるけれど、それが一番そらくんらしいと思う。だからさ、もっと見せてよ、わたしの大好きなそらくんを』


 いいたいことはたくさんあった。この千年でほんとうにたくさんのことが起こったから。他のガルガンチュアに攻めこまれたときとか、軍部のクーデターが起こったときとか。


 「これでも、結構頑張ったんだぜ、ボク」

 『うん。全部見てたから』

 「そっか。そうだよな」


 笑うと傷口が傷んだ。それでも笑わずにはいられない。少女の幻影がボクに抱きつくように重なり合い、ボクが最後に掛ける言葉を探しているうちに、霧のように消えてしまった。千年ものあいだもし再会することができたらこう言おうというのは考え続けてきたつもりだったけれど、結局、何も言葉にならず、やわらかな暖かさが、変わり果てた身体に残されていた。


 『ガルガンチュアの交接が終わる。時間切れ。ほら、泣かないで? それじゃ、ばいばい。わたしはずっとそばにいるから』


 千年前の別れと同じ言葉に、彼女はひとつ付け足した。


 『またね』


 ※


 「おい。『おうま』、ボクの負けだ。魑魅魍寮は見逃してやる。おい、そこの三人と狸、もうやめろ。やめろって。そんな超必殺技みたいなのを打つなって。うわ、弱! あー、もう」


 肩の重みがすとんと落ちたように、ボクは笑うことが出来た。この重みは、この箱庭の住民たちが本来背負うべきものだったのかもしれない。でも、ボクは一人で勝手に背負って、一人で勝手に振り回していた。


 何かが起きたら、そのときみんなで話し合って考えていけばいい。幼いころにあの魔女おとなに言われたように、正しく『観測』し、『選択』をすれば。きっと。


 「もうひとりで泣いてなんていられないな」


 ※


 「九十九、帰ったよ! ただいま!」


 体力限界の転送魔法。休んでから帰ってくることもできたのに、おうまはそうせず、倒れている魑魅魍寮の面々全員を背負ったまま、魑魅魍寮の玄関を開け放った。


 「九十九? ……ねえ、帰ってきたんだよ、ぼくたち」

姦姦蛇螺「間に合った!ε-(´∀`*)ホッ」

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