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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第六章:『箱庭』と『観測』の物語
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はじめましょう。わたしとあなたの――、最終章を。

 「それでは、行ってきます」

 「わたしもついてく」

 「ダメです」「ダメって言ったでしょう」「馬鹿なんですか」「忘れちゃったんですか」「あなたがいってどうするっていうんですか」「だらだら寝て美味しいものを食べてりゃいいんです」「のじゃ」


 鬼にはじまり、忌み子、神性存在、狐遣い、二人の魔女の片割れ、ヒトーさん、と、ひとりひとりがこの世界を覆しうる可能性を秘めた者たちが旅立った。


 それぞれに目的は異なるが、過程は一致している。出雲中央政府の現体制を覆し、平穏な日々を手に入れるため。おうま君の皇流『八尺瓊勾玉』でぱしゅんと転送されてしまって、旅立ちの感慨もなにもないのだが。


 ――あ、いってらっしゃいって言い忘れた。


 一人、取り残される。

 寮の管理人という立場なのかもしれないが、妙に老婆心が沸き起こる。特におうま君も憂姫もほとんどこの寮から外に出たことはない。おにぎりは持たせたものの、「九十九、鬼におにぎりって……」って言われた件。


 ハンカチは持ったかな。特におうま君は外に慣れていないから、何か忘れ物をしていそう。あ、うちで使ってる枕持って行かなくても大丈夫なのかな、枕変わると寝れなくなる人もいるし。


 玄関の戸を閉めて、共同食堂でお茶を淹れる。


 なにしろ旅立っていった人たちは個性豊かだったから、心配することに事欠かなかった。あの2人はちゃんとゴムを持っていたんだろうか、とか。夏姫さんに万が一のことがあると嫌だな、とか。あ、でも最強の使い魔を手に入れた王子様がいるのだから、問題ないか、とか。


 ――ほんの半日前を思い返す。


 「わたしだって『観測ラプラスの魔女』です。最近は調子もいいんですよ。RPGの最終ダンジョンにいくのに、wikiが見れるようなものですよ!」

 「ダメです。お腹の中に子どもがいるのを忘れたんですか。万が一のことがあったらどうするんですか!」


 ぷりぷりとそう怒ってくれたのは、小谷間まどかだった。同じ、対の魔女の片割れにして、この箱庭の外側から来た者。


 「だってー、夏姫さんだって状況は一緒じゃん?」

 「あの人は四季姫なんですから、自分の身は自分で守れるでしょう? それに胎児の『信仰』もカウントするそうですから、下手な四季姫より戦力になりますって」

 「じゃあ、あなただって状況は一緒じゃーん、『箱庭フェッセンデンの魔女』さん? 『観測』みたいなわかりやすい能力もなくて、ただの人間なうえに、そらなきの反感を買うじゃーん?」

 「わたしは、ほら、ヒトーさんが居りますので」


 内心で爆発しろとは思ったものの、ぐうの音も出ない。ヒトーさんの隠された力を解放できるのは、『箱庭の魔女』だけなのだから、結局、戦力して考えると、彼女がヒトーさんの中に入って駆動させているのがベストである。そして、彼女にとってそれ以上に安全な場所もないだろう。


 「ぐぬぬ」

 「だから、ここにいてくださいな」


 なんてことを言われたし、他に四季姫代表として憂姫を頼ってみると。


 「ねーねー、わたしも一緒に行ってもいいでしょー?」

 「バカなの?」

 「なんでー?」

 「あなたが外に出て行ったら、魑魅魍寮誰もいなくなっちゃうじゃない。わたしたちが戻ってくる場所を誰が守るのよ。出雲政府にバレた以上、ここは以前みたいに安全な場所じゃないんだからね」


 たしかにそれもごもっともだ。ここが全員留守のあいだに全焼していたり、そらなきの能力で抉られていたりしたら、修繕費がかさんでしまう。住民から募ろうにも、ほとんど金を持っていない貧乏人ばかりだし……。


 「むー」

 「だから、ここでだらだらしていなさい。すぐ帰ってくるから」


 なんてことを言われた。管理人室でごそごそ出発の準備をしているおうま君に抱きつきながら、猫なで声で頼んだこともあった。


 「ねー、おねーさんが一緒にじゃないと寂しいよねー?」

 「遊びに行くんじゃないです」


 即答だった。このあいだのそらなき戦、そらなきの『畏怖』を食べて成長したおうま君は、もう、おうまさんって感じだった。外見としては12,13歳くらいで、うん、そうだね、ちょうど食べごろ。……なんてことを言ったら、怒られるんだろうなあ。


 「ぷー」

 「つくものことは好き。大好き。だから、ぼくがここに帰ってくる理由になっていて。ここでのほほんと待っていてくれれば、それでいい」


 なんてことを言われた。次ははじめ君を当たろうと思ったのだけど、十中八九正論で論破されるし、なんだか小谷間ともえさんと真剣な話をしていて、割って入る空気ではなかった。


 「はじめ君、帰ったら結婚しようとか絶対言っちゃダメだからね」

 「割って入ってくるなよ!」


 尾裂課長にも他の四季姫たちにもヒトーさんにも似たようなことを言われて、もはやわがままをいう気力もなくなった山田九十九さんだった。


 そして、一夜を経て、出発を見送ったのだ。

 「結局、足手まといか」


 外の世界の住人――、それがわたしのこころの片隅にずっと重くのしかかっていることだった。わたしの中に期せずして『観測の魔女』のちからがあるとわかってからは、この魑魅魍寮を守ってやるぜ!と意気込んでいたのだけど、この有様である。


 明らかに最終決戦なアトモスフィアが漂っていた。ここで『俺たちの戦いはこれからだ』って表示されそうな空気を感じる。が、わたしはそれにも加われずに、こうして、魑魅魍寮でひとりお茶を淹れている。


 「脇役は舞台袖に引っ込みますよー、だ」


 本当のところは連れて行って欲しかった。それがどんな危険なところであっても、一緒に戦うことができればよかった。それが魑魅魍寮の管理人としての責務だと思っていたし、なにより、この大きな魑魅魍寮に一人で残されるのはとても怖かったからだ。


 ――考えなくていいことを、考えてしまう。

 いや、考えなくていいことなんてない。考えなくちゃいけないことだ。ずっと眼をそらし続けて、わたしは今日まで来た。生かすも殺すもわたし次第。わたしのわがままで、すべてが決まってしまう。それが、とてつもなく怖かった。


 ちくたく、ちくたく。


 普段は大騒ぎで気にならない時計の秒針の音が妙に耳に残る。冷蔵庫のモーター音も。


 今日からは、憂姫がゲームを抱えて管理人室に飛び込んではこないし、はじめ君が料理を作ってくれることもない。ヒトーさんの歯軋りならぬ『鎧きしり』も聴こえないし、はじめ君とともえさんの微妙な距離感ににやにやすることもない。


 ひとり、だ。


 『そう?』


 声がした。

 顔を上げると、山田 穢見えみルが共同食堂の反対側の椅子に腰掛けていた。黄泉比良坂の『宮』の管理人にして、『くだん』と命名された黒い表紙の古書を持つ少女。ときおりザザッと、彼女の像が歪むのは、実体としての肉体を持たないためだろうか。


 『こんにちは。九十九』

 「穢見ル……」


 少女は『件』の古書を机の上に置いて、頬杖をついてこちらを見つめている。無邪気そうな表情だったが、この穢見ルがそれで終わるわけがないことは十分に知っている。


 「『物語』は紡がれ、ようやくここまで辿り着いた。わたしはずっとこの瞬間が来るのを待っていたの。随分と序盤で、あなたと黄泉比良坂で邂逅したときから。そして、そのずっと前から」

 「……この、タイミング? どうして。そらなきはあなたに因縁があるんでしょう。行かなくていいの?」

 「行けないの。それにわたしが行っても何の役にも立たないわ。『ぬらりひょん』を放った以上ね。ひとつだけ仕事が残っているけれど、いまではない」


 山田穢見ルは顔を傾げながら、こちらを見つめる。わたしの知っている彼女の情報は、ひどく限られている。わたしを何故か気にかけている、この『箱庭』のシステムそのもの。実体はなく、未来を見通す、わたしをここに招いたモノ。


 『観測』すれば――、と何度か思ったことはあるのだが、わたしの中の何かがそれを躊躇わせた。彼女のことは、彼女の口から語られるべきだという、謎の直感があった。


 「ということは、わたしのためにここにいるの?」

 「そう。いろいろ端折ったわたしの目的はただひとつ。このタイミング。『脇役は舞台袖に引っ込んだ』、この瞬間」


 急な毒舌にわたしは苦笑してしまう。そんなわたしに穢見ルは眼を丸くした。


 「あら、勘違いしてもらっては困るわ、主人公つくも。脇役は彼ら。舞台袖は出雲。あなたが主人公で、ここが舞台ちみもうりょう


 ぞくりと、背筋が凍るのを感じた。穢見ルの瞳が、猫の瞳孔のように引き絞られる。


 「はじめましょう。わたしとあなたの――」


 穢見ルは、微笑む。


 「最終章を」

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