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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第六章:『箱庭』と『観測』の物語
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死がふたりを分かつまで

 「どうしました、ヒトーさん。眠れないみたいですね?」

 「ああ、まどかさん」


 自室の布団の上で何度も寝返りを繰り返していたデュラハンリーマン、ヒトー=ヴァン=フェッセンデンは、同僚の小谷間まどかの声を聞いた。時計は丑三つ時を指している。


 「あの、天井から話しかけるの、やめてもらえませんか」

 「じゃあ、ヒトーさんのお部屋に行ってもいいですか!?」


 魑魅魍魎が棲まう魑魅魍寮。ヒトーは103号室に入居しており、小谷間まどかは204号室。階段がひとつあるため、彼女の部屋はヒトーの部屋の直上にあることになり、彼女はよく覗き穴から想い人ならぬ想いヒトーを覗いていた。


 「おじゃましまーす!」

 「静かにしてください」


 ヒトーさんのお部屋に出入りすることは何度もあったが、そのたびにわたしは胸の鼓動を隠せずにいた。ダサダサな寝る用ジャージから、それなりに見えるパジャマに着替えて、缶チューハイを持って向う。わたしだって、24歳のOLなのだ。大人なところを見せてやろうと思ったけれど、さすがにこの時間に想いヒトーとふたりきりは処女にはきついものがあった。


 ヒトーさんは布団の上で正座をしていた。寝るときにはよく外してある頭部もかぽっと嵌められている。胸には複雑な紋章が輝いている。死者の魂であった彼を鎧に定着させた『箱庭フェッセンデンの魔女』の紋章から始まる複雑に多重に編まれた想い。


 籠目のヘキサグラムをかたちづくるのは、秋の四季姫、ひさぎのものだった。


 『もしかしたら百年後も千年後も、あるいは人類が滅んだとしても、生き続けなくちゃいけなくて恨みに思うだろうが、そんときゃ俺はいないから勝手に苦しんでくれ』


 術者が死んでも紋章の力は残る。それは言葉を文字に起こすのに似ている。この世界の法則への説得は、その紋章が紋章である限り、有効なのだ。わたしがおばあちゃんになっても、死んでも、ヒトーさんは動き続ける。


 「寝れないんなんて意外です。いつもは就寝して15分以内には寝付いているんじゃないか」

 「どこまで見ているんですか」

 「歯軋りならぬ、鎧ぎしりがけっこう響いてますよ」

 「……まじですか」


 いままでまったく気づかなかったのか、表情こそ変わらないものの、正座をしているヒトーさんは絶対に顔を赤らめたんだと思う。両手ガントレットで顔を覆っている。


 かーわーいーいー。


 「ときどき、自分がわからなくなるのです」

 「ヒトーさん?」

 「私には記憶が欠けているところがあるのです。魑魅魍寮に来た時より前の記憶が曖昧で……。まどかさんが私の鎧内なか挿入はいると、自分のものとは思えない力が発動して怖いのです」


 天網恢恢相談支援事業所として、特異生物のトラブル解決に向う際、何の技も使えないわたしはよくヒトーさんの鎧の中に入ることがあった。ヒトーさんの防御力と攻撃力、わたしの山田教授譲りの知識のナビゲーションを活かせる戦闘形態で、『鎧殻装着ヒトーナイズ!』という。


 さらに、ヒトーさんの胸の紋章を起動させることがわたしには何故か出来て、それを発動することによって、神性存在すらも超越する能力を発揮する。わたしに『箱庭フェッセンデンの魔女』の力が何故あるかわからないが、おそらくこの状態では、ヒトーさんが本来の状態に戻るのだろう。


 さらに、楸から聞かされていた真実。ヒトーさんには2つの魔女の呪いがかけられている。ひとつは死者の魂を昇華させずに、魂として存在させること。もうひとつは、鎧に死者の魂を定着させること。


 わたしの知識を持ってしても、ヒトーさんのことはわからないことが多い。こののほほんと正座をしている鎧の大男が秘めている力は、この世界を滅ぼして余るものかもしれない。


 「紋章が発動しているとき、私の身体はもっと根源的な原理で動いているのがわかります。少しだけ意識は残っているのですが、神性存在にすら戦えるこの力」

 「すごいじゃないですか。かっこいいですよ」

 「いえ、いつかあなたを傷つけそうな気がして、怖いのです」


 わたしは手に持っていた缶チューハイを畳に落としてしまった。慌てて二人がかりで拭う。そのときにも手が触れてしまって、どきりとした。


 「わ、わわわわ、わたしは――」


 メガネを直し、髪を直し、深呼吸。息を止めて、ヒトーさんの胸にもたれかかる。……硬い。冷たい。でも、暖かい。


 「わたしは、小さな頃、虐待されてました」


 最低な父親。そしてその父親が去ってから、わたしのせいであの人はいなくなったのだと暴力を振るうようになった母親。あの世界にはいるはずのない八百万たちが見えていたわたし。気味悪がる母親。ひょんなことで殺されそうになったところを、座敷童の『ぬらり』に助けられたこと。


 「ということは、まどか、あなたは……」

 「はい。この世界じゃないところから来ました。九十九さんと同じです。みんなには内緒ですよ」


 それから特異生物に興味を持って勉強に邁進した。この世界の両親は優しかったが、わたしはほんとうのところで信頼することはできなかった。どころか、高校、大学と、怖くて誰にも心を開くことはできなかった。


 唯一、安心してコミュニケーションを取れたのは、人間離れした山田教授くらいだ。あの人はわたしを虐めるなんて程度の低いことに興味を持たないことはわかっていた。ヘタしたら、わたしにすら興味を持っていないかもしれない。


 「でも、ヒトーさんは違いました」


 無表情で。どんなことにも動じなくて。硬くて。どんなことにも負けないで。辛いことがあっても、飄々と生真面目に生きているヒトーさんが、そんなヒトーさんが、


 「好きになったんです」


 弱いわたしのあこがれから始まって、いつしか彼を目で追うようになっていた。天網恢恢に入社した当初は彼は大変な労働をさせられていたけれど、弱音ひとつ吐かずに、誰よりも早くから、誰よりも遅くまで働いていた。


 「……まどか」

 「いまでもちょっとだけ怖いんです。わたしが何かヘマをしたら、ものを投げてくるんじゃないかって。でも、ヒトーさんはそんなことをしないって、何故か思えたんです」


 ああ、このヒトは護ってくれる。この人は裏切らずにわたしのそばに居てくれる。殴ったりしない。酷い言葉で罵ったりしない。まだ未成熟の性器を壊すようなことはしない。


 だから、好きになったのかもしれない。

 鎧に恋するOLはこの世界でも珍しいのだろうか。


 初めてのキスは、なんだか鉄の味がした。


 「ヒトーさんが暴走してもわたしが全力で止めます。その結果、わたしが傷ついてもいいんです。たくさん護ってもらいましたから」

 「しかし、化物のような力で――」

 「ヒトーさんは化物なんかじゃありません。ヒトですよ。優しい無口な、ヒト。そんなことはしないって、わたし、信じています。だから、ヒトーさんもヒトーさんを信じてください」


 二回目のキスは、さっきほど冷たくはなかった。


 「だから、一緒にいてくださいね」

 「ええ。死がふたりを分かつまで」

次回:朝までチェリーブロッサム!

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