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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第六章:『箱庭』と『観測』の物語
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わたしは魑魅魍寮の管理人であり、こんなにも暖かな人外たちに囲まれて暮らしている。


 かくして、神の無い月が始まる。


 ※


 山田 九十九つくも、22歳。


 普通に大学を卒業して、普通に地方公務員となろうとしていたわたしは、ビールの缶を片手に夜の街を彷徨っていた。今日は三月三十一日。わたしが学生という身分でいられる最後の日であり、明日からは地元の役所での勤務が決まっている。これを期に一人暮らしを始めようと思い、すでに新居に荷物は送ってあるのだが、それどころではない事件が起こってしまったのである。


 「あ゛ぁ~」


 わたしは公園の適当なベンチに倒れこむ。ただでさえお酒を飲めない体質のわたしが、今日に限ってはもう思い出せないほどのアルコールを摂取している。働くのが嫌だからというわけではない――、いや、その理由もちょっとはあるけどさ。


 『わりぃ、職場の子と飲み会終わりにもにょもにょしてさ……、デキちゃったみたいなんだよねえ』

 「死ね!」


 ※


 わたしがこの魑魅魍魎が跋扈する異世界に飛ばされる前。ほんの5ヶ月前とは思えないほど、わたしはこの世界で、この魑魅魍寮で多くのことを経験した。


 山田九十九、22歳。


 魑魅魍寮の管理人となったわたしが最初に遭遇した事件は、稲荷いのという狐神の襲撃。ここにいてはならない存在である『鬼』おうま君を狙って、魑魅魍寮に太刀を片手に襲ってきた。わたしも魔女の力の片鱗を使って迎撃をしたが、ぎりぎりのところで破れてしまった。


 結果的には、従兄弟であるはじめ君の『山田流封印術』なる技でことなきを得た。


 次に遭遇した事件は、四季神にまつわる騒動だった。『ヒトと交わった罪深き四季姫』である夏姫さんと、天網恢恢相談支援事業所の尾裂課長がしでかした事件だ。


 あとでまとめて話を整理してみれば、ほんの些細なすれ違いと勘違いから多くの者達を巻き込んでいった事件だった。わたしは、『神憑』に乗っ取られた四季裁はじめ君と遭遇し、魔女の力の片鱗を使って迎撃したが、ぎりぎりのところで破れてしまった。


 ――じっと手を見る。

 ひょんなことから魑魅魍寮の管理人になってみたものの、案外この仕事は向いているかもしれないと思ってはいるのだ。わたしなりに、わたしの力で、ここの個性豊かな住民たちと仲良く暮らしていきたい。そして不労所得が欲しい。


 もし、住民たちに困っていることがあるのなら、相談に乗ってやりたいし、前の2つの事件のようなことがあれば、戦って守ってやりたい。そして不労所得が欲しいのだ。


 「……なのに、わたしには何も出来ない」


 『観測ラプラスの魔女』。わたしの持つ力はそういうものらしい。知らないけど、使える、そういう力。この世界を支配する法則に語りかけ、説き伏せ、服従させる力。


 『観測』し、『選択』をする力だ。


 わたしはまだこの力を意のままには使えないが、もし完璧に使えることができたのなら、きっと裁判官のような役割があるのだろう。なんらかの住民同士のトラブルがあったとき、基幹システムに記録された意志を読み取り、裁きを下す。


 ――って、わたし、なにを。

 自分のものではない知識に戸惑う。


 「『観測』し、『選択』をする」


 わたしの中の山田 穢見えみルが口を開く。前は夢でしか逢えなかったのに、最近は特に干渉が強くなってきた気がする。となりにいるみたいに、声もクリアに聞こえる。

 黒い表紙の古書『くだん』を携えた和装の少女。


 「ねえ、山田九十九。別の『箱庭』の『観測の魔女』の末裔さん。あなたはここで何を見、何を学び、何を選びとるのでしょうね」

 「なに、を――」


 わたしはいわば脇役だ。

 わたしがあの世界で入り浸っていたSNSではやっていた『異世界転生もの』になぞらえれば、わたしは主人公なのかもしれないが、それにしたってやっていることが中途半端過ぎる。ハーレムは要求しないが、もっとチートな能力もあってよかろうものなのに、稲荷の襲撃も四季神事件も半端なところで退場している。


 これを『物語』になぞらえるならば、きっと主人公はおうま君であり、ヒトーさんであり、尾裂課長なのだろう。だから、わたしは彼らを支えるものになりたいと、魑魅魍寮の良い管理人であろうとしている――。


 「あなたにしか出来ないことがあるのに」

 「わたしにしか出来ないこと?」

 「そう。この『物語』の主人公は、山田九十九なのだから」


 まさか穢見ルが『人生誰しも主人公』みたいなことを言うとは思えなくて、その意外さに吹き出してしまった。見えないがそばにいる穢見ルがムスッと頬を膨らませる。


 「もう。知らない」


 それっきり穢見ルの声は聴こえなくなってしまった。ひとりきりの管理人室に、静寂が戻る。わたしはクッションに身体をゆだねながら、チクタクという時計の音に身を浸す。


 「……9月」


 この奇想天街の、大雪が舞った夏が終わりを告げ、秋が訪れることになった。あの四季神事件は、尾裂課長が出雲中央政府に対して『行方をくらませていた冬神の妨害にあい、夏姫ともども取り逃がした』ということになっていた。


 鎮守の森の四季社には誰もいない期間が続き、『なんでもない季節』が二週間ほど。出雲中央政府の監視網に対してシェルターの役割があるという魑魅魍寮に、夏姫さんは引きこもるかたちになった。とはいえ、旦那さんも居れば憂姫もいるため、退屈はしてなさそう。


 そして、少しだけ早くひさぎが四季社に入り、気の早い秋が訪れることになった。あれだけ汗をかいた日差しも、なんだか居心地の悪かった『なんでもない季節』もなんだか懐かしく、街の木々は紅葉し、鼻をくすぐる秋の風の冷たさを感じる毎日だ。


 「よん、ごー、ろく、なな、はち」


 20週。

 目立つようになってしまった下腹部を撫でる。ここまでくればもう黙ってはいられないので、魑魅魍寮のみんなにはすべてを告白した。


 わたしが異世界からひょんによって召喚されたこと。もといた世界のこと。寝取られたこと。そしてお腹の中に、その彼との新しい生命が宿っていること。


 みんなの反応はそれぞれ異なっていたけれど、わたしはようやくすっきりすることができた。色々なことを隠していた、その枷が外れたような気がした。


 夏姫さんは、尾裂課長との子を生むことを決意していた。それがたとえ憂姫のように、忌み子と呼ばれる力を宿すとしても。ちなみに小谷間まどかさんは、わたしと夏姫さんを見つめたのちに、ヒトーさんのほうをじっと見つめていたけれど、どうするつもりなんだろうか。


 「胎児よ、胎児よ、何故踊る。母親の心がわかって、おそろしいのか」


 母体に負荷をかけずに『なかったことにする』期限は、22週。もうそこまで迫っていた。なんならもう半歩くらいはみ出している。この誰にも望まれない生命に、わたしがずっと迷っていた結果だった。


 「ねーさん、ご飯できたよ。食べれる?」

 「うん、ありがと。はじめ君」


 はじめ君はわたしが本来の意味での『九十九ねーさん』ではないことを知りながらも、こう呼んでくれる。共同食堂からはいい匂いが漂ってくるし、一段と賑やかさを増した面々のざわめきが聴こえる。


 わたしは体重を預けていたクッションから身を起こし、息を吸って、大きく吐いた。居心地が良かった。わたしは魑魅魍寮の管理人であり、こんなにも暖かな人外たちに囲まれて暮らしている。


 「……ここで、生きていくんだ」


 共同食堂でははじめ君に小谷間ともえ、まどかさんに夏姫さんが配膳を手伝っており、働かない冬の神様の憂姫さんは芋ジャージに身を包んで、カップ麺をかっこんでいた。その隣ではおうま君とひょん君が『おにぎり』を頬張っており、楸が日本酒をらっぱ飲みし、ヒトーさんは筆舌には尽くしがたい方法で漬物をポリポリ言わせていた。


 「って、なんで楸さんまで」

 「いーじゃねーかよー。少しくらい四季社空けたってかまやしないって。秋なんてあってないような季節なんだしさー」


 自分の仕事というかアイデンティティを水素のように軽んじる紅葉くれはだった。


 「楸、これ食べ終わったらすぐカードゲームに戻るからね」

 「おー、受けて立つぜー。それにしても、お前、負けず嫌いだよな。酔っぱらいに負けて懲りないの、柊」

 「うるさい! なんでみんなそんな強いのよ!」

 「憂姫、強くおなりなさい」


 四季神がくだらないことで盛り上がっている中、冬神と夏神を見つめる怪しい眼差しがあった。山田はじめ君である。


 「……罪深き四季神」


 一度取り憑かれた『神憑』のかけらが残っているらしく、たまに、こうなる。明らかに人体の構造を無視した動きで、彼女たちに振り返り、手に持っていた焼き魚の皿は水平を保てずに床に落ちそうになる。


 「おっと」


 それを受け止めたのは小谷間まどかさんで、


 「小谷間流封印術!」


 首筋にチョップを食らわせたのは、小谷間ともえさんだった。見事なコンビネーションといえる。正気に戻ったはじめ君だったが、今度はともえさんがおうま君を見つめている。


 「『鬼』ぃィ……」


 頭頂部に二点、獣耳のように髪が盛り上がって、黒髪が狐色に近づいていく。その瞳孔がきゅっと細まり、犬歯が覗く。手に持っていたお味噌汁をこぼしそうになり、「おっと」と小谷間まどかさんが取り上げて、


 「山田流封印術!」


 首筋にチョップを食らわせる、はじめ君だった。


 「……罪深き四季神」

 「小谷間流封印術!」

 「『鬼』ぃィ……」

 「山田流封印術!」


 「……なんだこれ」


 こんなよくわからない日常だったが、わたしにとってはかけがえのない『居場所』だった。この『居場所』は裏切らない。この『居場所』はわたしを置いていくことはない。


 お腹を撫でる。

 『観測』をしたら、『選択』をしなければならない。


 ※


 黄泉比良坂の『宮』で、山田穢見ルはいつか夏姫に告げた言葉を思い返していた。黒い表紙の古書を閉じ、鳥居の上で不敵に微笑む。


 「『観測』し、『選択』をした。それは素晴らしいこと。でも、あなたの『観測』は間違っていたの。だからその『結果』は収束しない」

桜姫「でばん……(´・ω・`)」

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