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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第五章:四季神の物語
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魑魅魍寮へようこそ!

 眼を醒ましたら、すべてが解決していた。


 山田九十九は『神憑』に囚われた山田はじめとの対決に破れて、気絶をさせられたまま、気がついたら、魑魅魍寮の共同食堂で倒れていた。


 共同食堂はきっと憂姫が凍らせたんだろうけど、ほとんど水浸しで、溶け残ったつららからぴちょんぴちょんと水が滴っていた。


 管理人室を覗いてみれば、なんだか凄いことになっていた。どんな強盗が入ればこんな感じになるのだろうか。あるラインを境として、その衝撃波めいた痕跡が消えている。まるで下手にカットペーストしたか、『八咫の鏡』みたいな技を発動したかって感じだった(さすがに中二過ぎるネーミングか。てへへ)。あと、おうま君が極めて平和に昼寝をしてた。


 101号室(管理人室)と102号室(空き部屋)との薄い壁が、その逸らされた衝撃波で破壊されており、ぶちぬきになっていた。ちょうどこの狭い部屋に三人ぐらしはきつかったので、少し管理人室を拡大することにしようと思った。


 「みんなは――」


 そこまでいって、ようやく山田九十九が気絶する前のことを思い出した。あるきっかけで仲良くなった夏の神様、夏姫さんに差し入れをしようと鎮守の森に入って行ったら、大鎌を持っていたはじめ君に出逢ったのだ。


 「……罪深き八百万」


 『神憑』に乗っ取られていたはじめ君は感情のない言葉でそう言っていた。そしてそんな存在が、夏の季節に鎮守の森にいた事。それは間違いなく夏姫さんのことを指していた。


 「ヒトと交わった、罪深き四季姫……」


 それで『観測の魔女』の力と山田穢見ルの力も借りて、『神憑』を封じようとしたのだが、返り討ちにあってしまった。アンチ八百万というべきあの能力、わたしが負けてしまうのであれば、夏姫さんに勝つすべはまったくない。


 ――ひょん君に続いて、夏姫さんまで。


 魑魅魍寮の管理人に半ば強制的に就任させられたのだが、その責任は持っているつもりだった。屋根の修繕も行ったし、家電も少しずつ最新のものに変えていっている。住民たちのために頑張っているつもりだったけど、こういったトラブルにはいつだって対処ができない。


 ダメだ、わたしは。

 「……えぐ、えぐっ。おろろろろろr」


 あまりの不甲斐なさに玄関で吐いていると、ガラリと引き戸が開かれて、そこにはみんなが勢揃いしていた。というか、それ以上だった。


 ヒトーさんはよくわからない紅葉色の女性を担いでいるし、若干紋章も書き換わっている。小谷間まどか、小谷間ともえ、(大鎌を持っていない)はじめ君はいいのだけど、それに加えて夏姫さんまでここに帰ってきていた。しかも知らない男性と恋人つなぎで。そしてそれを絶対零度の瞳で睨んでいる憂姫さん。


 呆然としながら、吐き続けているわたしに、ヒトーさんが声をあげた。


 「あの、大丈夫ですか、管理人」

 「安心してください、吐いてますよ」


 それぞれが認識している状況と、それに基づいた行動が複雑に絡み合った事件だった。端的に結果だけを記述するなら、『過去の怨みに囚われた尾裂課長が、憂姫を殺そうとしたのだが、恋人である夏姫が身を呈して庇ったので、復讐を辞めることとした』なのだろうが、きちんと説明するならば、おそらく二十五話くらいかかってしまうんじゃないだろうか。


 「なにはともあれ、犠牲が出なくてよかったわ」


 お茶を啜る。


 とりあえず共同食堂で情報共有をしているわたしとヒトーさん、小谷間まどかさんに尾裂課長だった。憂姫と夏姫さんはおうまくんと一緒に遊んでいるし、小谷間ともえはボロボロのはじめ君の世話を見ている。楸というらしい秋神はとりあえず、憂姫の部屋で日本酒を抱いてイビキをかいている。

 それにしてもいつにない、賑わいだった。


 「管理人は無事でしたか。それにしても四季社にいて、はじめと交戦したとは。気づきませんでしたが」

 「穢見ルが助けてくれたんだと思う」

 「えみる?」

 「山田穢見ル、やっぱり知らない?」


 あの少女はいったいなんなのだろうか。夢のなかのような世界でしか逢ったことがない(リアルで声は聞こえるけれど、姿は見たことがない)。それに『山田』という姓。わたしがいた世界ではありふれた苗字だったが、この世界ではそれなりに意味があるようだけど……。


 怪訝な顔をする三人に「何でもないの、忘れて」とわたしは誤魔化した。予感があった。ここまで魑魅魍寮に絡む人物が増えてなお正体不明のあの少女、その正体が語られるときがいつか来るのだという、確信があった。すべてはそのときのために、あの少女の意味深な言動はあるのだということも。


 「あの、ヒトーさんそろそろ休んだほうがいいんじゃ……」


 と小谷間まどかがおずおずと手を上げた。聞けば、『神憑』の能力でほとんど死にかけたらしい。


 「死にかけた? ヒトーさんが?」

 「そうなんです。ただの鎧同然になってしまって。どうやらもともとは死んだヒトで……。あ。あ! ヒトーで! ヒトーさんで!」

 「いいよ。『観測』した。そういうことだったのね」

 「そうなのです。だから、少し休ませてもらったほうが」


 わたし程度の『観測』の力ではそのルーツまでは伺えないが、どうやら大昔にはヒトの死者であり、魔女によって魂を拾い上げられたらしい(そのことを小谷間まどかが隠し通したいことはわかった)。もう一人の魔女も彼に力を化し、子孫の守護を頼んだ。


 その後、子孫を守るために各地を放浪する先々で、様々な協力者の力を得て、今回、秋の神様の紋章まで得て、『籠目かごめ』を完成させた。


 わたしたちの魔法――、法則改変は、この宇宙を支配する法則を説得し、説き伏せること。術者の意志が消えたとしても、その紋章に『法則改変を起こした意志』の痕跡は残る。


 部屋へ帰ろうとするまどかさんに声をかけた。


 「あんまりいちゃいちゃしないでね。なんでも夜中によくヒトーさんの部屋に通っているみたいじゃない」

 「お、お仕事の打ち合わせで……。つくもさん、そんなにやにやしなくても……」

 「変な想像はしてないわよ。淫猥なシミュレートをしてるだけ」

 「もぉ!」


 かくして、わたしと尾裂課長とか言うヒトだけが残された。わたしはもともと人見知りなところがあったから、この一対一にはかなり緊張してしまった。魑魅魍魎なら、この世界に越してきた時のように接することが出来るのかもしれないが、ただの、普通の、大人の、男の人だ。


 「あ、あの、ヒトーさんやまどかさんがお世話になっています。あ、いまははじめ君やともえちゃんもいるんでしたっけ」

 「いい、ところですね、ここは」


 狐を想起させるような鋭さを持った男性だったが、そのときの表情はどこかやらわかなものだった。社交辞令のようにも思えるが、どこか疲れきった末にようやく居場所を見つけたような、そんな顔だった。


 「ありがとうございます。あ、わたし、ここの管理人をやっている山田九十九っていいます」

 「申し遅れました、私は尾裂と申します」


 胸ポケットから名刺入れを取り出して、名刺をわたしを呈示した。出雲中央政府のマークが特徴的な『天網恢恢相談支援事業所』のロゴ。そこには『尾裂課長 課長』と書かれている。KUWANAGA OSAKIと書かれているあたり、まさか課長というのは本名なんだろうか。


 「折り入ってお話があります、管理人」

 「なんでしょう」

 「今回は私の早とちりでご迷惑をおかけし、申し訳ありません。おかげさまで四季裁を止めることには成功しましたが、『罪深い四季姫』がこの奇想天街にいることは、出雲中央政府に筒抜けです」

 「……たしかに」


 身の回りのごたごたが一段落しただけで、状況はほとんど改善されていない。命がけの戦闘の末に、適切な情報共有がされただけだ。出雲中央政府がどういうところかは知らないが、いわゆる指名手配のような状態なんだろう。

 ――憂姫のような。


 「そこでしばらく夏姫をここに匿って欲しいのです」


 頭を下げられた。

 ううむ。わたしは困ってしまう。たしかに夏姫さんをこのまま放っておくことはできない。魑魅魍寮は政府に対してステルスであり、『鬼』の末裔や『天災を起こした四季姫』を匿っている。ここ以上の場所はなく、ここ以外ではありえない。


 「……でも、部屋が」


 いま一階の男性フロアはすべて埋まっている。二階の女性フロアは姦姦蛇螺の部屋を含めて全部埋まっている。姦姦蛇螺を追い出せばいいのだろうけど、彼女は拘留中も家賃を払ってくれている優良なお客さんだ。あまり無碍にもできない。


 「憂姫さんと同室だと難しいですか? 家賃は普通に取りますけど」

 「相変わらずがめついですね、つくもは」


 突然、テーブルにひょこっと顔を出したのは、この魑魅魍寮の座敷童『ひょん』だった。いままでどこに潜んでいたのかわからないが、まるで空き室がまだあるかのように、チッチッチとドヤ顔で指を振っている。


 「あのとききっちり説明をしたじゃないですか。ほんの六十七話前のことなんですが」

 「憶えているわけないでしょう」


 ――ちなみに三階はまるまる空いているそうだが、半分はベランダというかバルコニーになっており、残りの二部屋はぶちぬきで、宴会用に取ってあるらしい。


 管理人室が一階にあり、二階に用事がなかったことと、集まるときには共同食堂で集まっているので、まったく気にかけていなかった。ああ、たしかにそういうことを言われた気がする。


 「お願いできますか」


 尾裂が真剣な顔でそういい、『二部屋分のお家賃になりますが、よろしいですよね』と頷こうとしたところ、おうま君を抱き上げた夏姫さんの声が後ろから聴こえた。


 「あなたも、だよ。尾裂。しばらくは出雲中央政府に回答保留にすればいいだろうけど、いずれあなたもお尋ね者になるときがくる」

 「……しかし」

 「それに何かがあったときには、そばに居て欲しいんだけどな〜?」


 そう言いながら、彼女はおうま君を降ろして、まだ目立たない下腹部を撫でる。尾裂はさきほどまでのクールな雰囲気はどこへやら、耳まで赤くなって、「私も三階でお願いできるだろうか」と言ってきた。


 「まいどあり」


 それにしてもここまで綺麗に魑魅魍寮が満室になるとは思わなかった。それぞれ人間も居れば、特異生物もおり、神様もいる。みんな事情がバラバラだったのに、2つの事件を通じて、こうして集った。男性フロア、女性フロア、夫婦は3階と、まるで定められていたように。


 一つのあまり部屋もなく。


 『すべては策者わたしの手のひらの上』


 穢見ルの声だった。


 『そしてあなたを除く住民たちは、経緯はそれぞれ別だったけれど、ひとつだけ共通点を持っているの』


 ――教えてくれないんでしょう?


 『いずれ明らかになるからね』


 あの穢見ルの悪戯げな顔が浮かんだが、とりあえずは考えないことにした。いまは不労所得が二人分増えたことを喜ぼう。


 目の前の夏の神様とその愛したヒトに祝福を。


 「魑魅魍寮へようこそ!」


 ※


◯『観測の魔女にして転移者』山田九十九&『神に抗う鬼の末裔』すめらぎおうま&『座敷童』ひょん@101・102号室(管理人室)

◯『デュラハンリーマン』ヒトー@103号室

◯『神憑を身に宿す百鬼夜高生』山田はじめ@104号室


◯『働かない冬の神様』柊憂姫@201号室

◯『狐神を身に宿す百鬼夜高生』小谷間ともえ@202号室

◯『生け贄にされた村娘』姦姦蛇螺@203号室(不在)

◯『箱庭の魔女にして転移者』小谷間まどか@204号室


◯『働く夏の神様』榎夏姫&『狐狗里こっくりの狐遣い』@301・302号室


※ただし、1階と2階は階段がある関係で番号がひとつズレている。そのため、小谷間まどか(204)はヒトー(103)の部屋を上から覗ける。稲荷いのがおうまのいる管理人室に向かおうものなら、山田はじめ(104)が階段を降りてすぐの部屋なので気付ける仕組み。


 ※


 「尾裂の『狐』に、わたしの『夏』でどうかな?」

 「『狐夏』か……、いいんじゃないか」

 「この子が胸を張って生きられる世界を作らないとね」

 「そうだな。それで考えがあるんだが――」

次回:或る策者の戯れ言

えみるんぱわー!

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