或る策者の作り話
黄泉比良坂へようこそ!
珍しい客人だ。
この本が気になるのかい。黒い表紙の古書『件』。ほら、みてごらん。黒猫の栞が本に挟まれている。九十九分率では、ちょうど七十七だ。真っ黒だね。ここだけ、モノクロが反転しような記述になっている。
君がここを訪れることも、この書の記述に刻まれているのさ。これは『存在してはいけない書物』。
ただ、山田九十九の『観測』の力も、小谷間まどかの『箱庭』の力もまだまだ未熟だから、この『物語』の外側の語り部となれるのはわたししかいない。
黄泉比良坂の『宮』の管理人、山田 穢見ル。
それじゃあ、行こう。
「えみるんぱわー!」
※
『作り話』をしよう。
あれは今から36万……、いや、1万4000日前だったかな。まぁいいや、わたしにとってはつい昨日の出来事だけど、多くの者にとっては多分『観測』する前の出来事。
この黒い表紙の古書の七十七話に刻まれている物語は、有史以来の数多の記録。ある種の整合性を持つ 歴然とした年代記。これを史実と認めるならば、わたしたちの識っている歴史とは何なのだろう?
さて、この世界は滅んでる。
それは多岐に渡る固有名詞で呼ばれる終末だけれど、起こったことはたったひとつ。決定的な終わり。この惑星は、ヒトとという種が積み上げてきたものは、非常に中途半端なところで終わってしまった。
この惑星も死の星となってしまった。一部、この圧倒的な環境でも生き延びて独自の発展を遂げている種があるみたいだけれど、いずれにせよヒトと呼べる範疇の生き物はここでは生きられない。
「ヒトはすべて滅んだのかって?」
そんなことはない。
たいへん幸運な人々がわずかに生き残っていた。ヒトという種がようやく『意志』の力を解析し始めたときに、その技術を応用して開かれた魔法の遊園地。
世界各地から子どもたちを募り、魔法のバスでその遊園地に向う。すでにアトラクションは始まっており、バスの中はそれぞれ個性的なひとつの都市のようになっている。
「名を弩級自律式六脚移動都市『ガルガンチュア』という」
それは甲虫のような外見をしていて、背中に都市を背負っている。何があっても事故があってはならないという理念のもと、非常に頑強に造られたそれは、この惑星のあらゆるものを破壊し尽くした終末をも乗り越えた。もちろん無事ではなかったけれど、自己修復できる程度の損傷だった。
さて、ガルガンチュアは遊園地を目指す。が、その座標には破壊された次元ゲートがあるだけで、いつまで経っても目的に到着しない。そうして、この死の惑星の表面には、行き場を喪ったガルガンチュアががしょんがしょんと歩き続けているのさ。
ガルガンチュアは、数十日に及ぶ遊園地へのバスとしての機能のため、基本的にその都市内で完全循環を実現している。これも初歩的とはいえ、魔法のおかげだ。単純な元素変換だけどね。ただしこれは、『意志』による『法則改変』をもとにしているから、その現象を『観測』するものがいなければ発動しない。
「つまり、中の住民が全滅するか、何らかの理由で世界を『観測』しなくなれば、ガルガンチュアは死ぬというわけ」
唯一物理的に必要なものは、ガルガンチュア自身の核融合炉の維持。海から燃料の水素を補給しないといけないから、ガルガンチュアは定期的に海に赴いて海水を飲んでいる。
さて、中に遺された子どもたちは大慌てだ。魔法の都市で夢のような生活を送っていたけれど、一ヶ月たっても二ヶ月たっても、目的地には到着しない。パニックだ。それで崩壊した都市も多々あったようだけど、一部の賢明な都市は、それを受け止め、未来を紡ぐことができた。
方舟? いい表現だね。ガルガンチュアをそう表現する者もいる。だけど、これにはたどり着くべき楽園は存在しない。だから、わたしはこう呼ぶのさ、『箱庭』と。
「ここらで、都市のスタッフの話をしないとね。ガルガンチュア内の『法則』にアクセスできる特権を持ったふたりの上級スタッフ。すなわちガルガンチュアの維持管理を行う『箱庭の魔女』と、都市の内部管理を行う『観測の魔女』」
彼女たちがいたおかげで無事にパニックを乗り切った都市もあれば、彼女たちがいたせいで内部から崩壊した都市もあったようだね。派閥に別れて、(都市内部に住む者達の目線で言えば)世界戦争を行ったところもあるようだ。
そんなことがあって、約36万日――、一千年弱の旅が続いた。孤立当初のトラブルを解決できたところは、それぞれに社会を形成していった。ガルガンチュア内のデータベースをもとに、歴史を学び、さまざまな知識を再発見していく。そんな中で、人々の中に溶け込んで活躍していったスタッフたちもいた。
彼らはヒトに似たかたちを取りながら、住民からの報酬でかたちづくられていた。住民たちが彼らに感謝することがポイント化され、ガルガンチュアのシステムに還元されていく。
住民から高く評価されているような優秀なスタッフは、ガルガンチュアの限られたリソースを割くに値し、より強大な力を行使できるようになっていく。『都市機能を管理するべきスタッフが、それを暴走させて住民に危害を与えたり』、『全体への奉仕をしなければならないスタッフが、それを忘れて特定の住民へのサービスを行う』とリソースを割くには値しない。
「彼らを処罰するために、住民側、あるいは他のスタッフが行使するためのアイテムが存在した。何のことかはわかるよね。時代の経過とともに本数は失われていった、再生産はできないシロモノ。あの命を刈り取るようなデザインは、『わるいやつらをたおすため』には最適だろう?」
ただし、この『意志量子評価システム』には導入されたばかりの技術だったから欠陥があって、評価――、『信仰』と言い直そうか。『畏れ』と『怖れ』の区別がついていないんだ。
「だから、『信仰』を喪ったスタッフが抹消されるより先に、『恐怖』に相転移できれば、強大な力を行使することができる。それどころか、『恐怖』が一点集中するものだから、他のスタッフに与えられていた『信仰』もごりごり減っていく。となると、イレギュラーを止められるものはいなくなる」
それは致命的な欠陥であったけれど、システム側からそれを無力化するための特別な措置がなされることになったんだ。君たちにはあの太刀が馴染み深いかな。
イレギュラーを執行するための存在もデザインされることになったけど、それは必要なとき以外、システムに封印されることになった。どうやらアクセスは出来るようだけどね。
「さて、ヒトは『物語』で理解するいきものだそうだ。魔法の遊園地へ向う『箱庭世界』、その後千年のあいだに構築された社会体制、さまざまなことを合理的に解釈するために神話化されていった」
ガルガンチュアの都市デザインにはテーマが定められている。それは西洋ファンタジーのようなドラゴンが息づく世界もあれば、ジャングルのような大自然の中で生き抜く世界もあった。
まさに『箱庭』だ。
『精霊中核市という名で法則改変の力を一箇所にまとめあげようとした世界』もあっただろうし、『蒸気と歯車の動力を巧みに利用して、独自の技術体系を完成させた世界』もあったと聞く。『いわゆる21世紀の現代のままの世界』もあっただろう。
「中には評価ポイントを独占することを目論んで、2人の魔女を排除し、人々を統治するような政府が生まれてもおかしくはないよね」
この惑星の惨状に絶望して、外宇宙へ飛んでいったガルガンチュアもいたそうだけど。
さて、この滅びた惑星の表面を歩きまわっているガルガンチュアも、たまに他のガルガンチュアと出逢うことがある。その際、お互いに蓄積されたデータのやりとりをおこなうのだけど、見た目には交配に見えるかも。
そのとき、中の住人が転移するということがある。世界と世界が交わる瞬間だ。ガルガンチュアの固有時間はヒトに比べて非常に長い。それに誰かと出逢うということはめったにないことだから、交配は長く続く。けれども、いつかは終わる。
「ガルガンチュアが離れて物理的距離が生じれば、もう転移(帰還)はできなくなる。誰かさんにはそれまでに『観測』をして、『選択』をしてもらわないとね」
※
『物語』の外側のお話はこれでおしまいだ。
ま、『作り話』だから気にしないでくれたまえ。
この黄泉比良坂――、ガルガンチュアの基幹システムに、君は長くは居られない。お別れだ、『観測者』。願わくばこの『件』のページを捲り終わるまで、もう少しだけ付き合ってほしい。
「えみるんぱわー!」
風呂敷を畳もうとしているアトモスフィア




