尾裂課長、私たちは冬神の居所を知っています
「もう、課長のばかー!」
「稲荷いの、ですら……」
五穀豊商店街の裏路地で、尾裂課長を追いかける大きな影と小さな影があった。ひとつはデュラハン。デュラハンリーマン、ヒトー=ヴァン=フェッセンデン。もうひとりはただの人間、小谷間まどか。
彼らはふよふよと漂っていた管狐の最後の一匹を追い、尾裂課長に追いついたはいいが、一歩及ばず、その戦いを止めることはできなかった。稲荷いのの宿っている小谷間ともえには嗅覚という最大の武器がある、そのせいで遅れを取ってしまったかたちだった。
「君たちも、私の邪魔をするのか」
振り返った尾裂課長には、どこかやつれてみえた。顔色も青白く、鬼気迫る表情をしている。この猛暑のまっただ中で、汗一つかいていなかった。彼はスーツのベルトに手をヤる、管狐、彼の武器。課長はわたしたちとすら戦う意志を見せていた。
「課長、ちょ、ちょっと待って下さい」
「私はいま、忙しいんだ」
魑魅魍寮で冬神、柊憂姫から聞いた真実。それは数年前に起こった大雪害の悲劇。ヒトと交わった四季姫が処刑され、その子であった憂姫の力が暴走。街は大惨事に見舞われた。
そのときに妻子を喪ったのが、尾裂課長だ。さらに彼をその災禍から救い、事業所を立ち上げるまで援助をした女性が、榎夏姫。彼はまだそうと気づいてはいないが、冬神の親友であり、この奇想天街の夏神に他ならない。
冬神を憎む尾裂課長は、この奇想天街に『ヒトと交わった四季姫がいる』という通報を受け、復讐を果たすべく動きはじめた。それは暴走と表現してもいいのかもしれない。
その矛先が、夏姫に向いているとも知らずに。
魑魅魍寮は出雲中央政府に対するステルスになっているから、彼はまだ仇である憂姫の居場所をしらない。そして鎮守の森の四季社ではなく、こんな五穀豊商店街にいるということは、あのラジオ放送をしていた春神の居場所を掴んだのだろう。尋問をする気だ。そして冬神の居場所、魑魅魍寮を吐かせ、そこを襲撃する。
――あそこには最大の禁忌『鬼』もいるのに。
まずい。これはまずい。
「ヒトーさん、課長を止めないと」
「ええ」
背を向けていた尾裂課長が振り返る。
「どうやって止めるというのです」
小谷間まどかには秘策があった。わたしは普通の女性よりも力が弱くて、戦闘となればなんの役にも立てれない。が、山田教授のもとに培った特異生物の知識なら誰にも負けない。当然、狐狗里に伝わる狐の術も押さえてある。ヒトーさんの鎧内なら。鉄壁の要塞の中で、タイムラグなく彼に指示を出すことができる。
「ヒトーさん、ひとつになりましょう。そして課長をこてんぱんに懲らしめて真実を伝えるのです! 鎧殻装着!」
「いえ、無理です」
「なんで!?」
かっこよく決めたつもりだったのに、ヒトーさんに一蹴されてしまった。ここに来てフラレてしまったかとがっくし肩を落としているわたしに、ヒトーさんは自分のクビを外してみせる。
「この猛暑で灼熱地獄です。挿入ったら、蒸し焼きですよ?」
たしかに……。外したクビの胴体からは、陽炎が発生している。この真夏の猛暑の中で、ずっと走り回っていたのだ。これくらいの熱は篭っていてもおかしくはない。
「暇ではないと言っているでしょう」
背を向けてすたすた歩いて行こうとする尾裂課長に、わたしが取れる行動はあまりなかった。夏姫さんのことをここで伝える? それとも。それとも? 他にどうするというんだ。もっともこんな状態の尾裂課長にそれを伝えても、信じてもらえるかどうかわからないが。
「あ、あの、課長――」
「尾裂課長、私たちは冬神の居所を知っています」
「ヒトーさん!?」
わたしの言葉を遮ったヒトーさんの発言。さすがにそれには尾裂課長も脚を止めざるを得なかったようだ。腰の管狐には手をおいたまま、剣呑な表情で振り返った。
「いまなんと言いました?」
「冬神の居所を知っていると言ったのです。春神に尋問するまでもありません」
「……私が、何年も探し求めてきたものを、何故君たちが知っているのです?」
ヒトーさんが魑魅魍寮の面々を売ろうとしているとは考えにくいけれど、どうするつもりなのかわたしには読めなかった。よりによって、彼はこの上ない無表情だ。
「教えられません。が、私はバケモノです。課長のようなヒトとはちがう。冬神、ヒトと交わった結果生まれた、この街に大災害を引き起こした彼女も、また、バケモノですから」
「どうやって知ったのかと聞いている」
「それを知ったところで、あなたがすべきことは変わらない。もし私が嘘を言っているのだと思っているのならば、私がそうしなければならない理由を教えて下さい。なんなら、その指し示す場所にいなかったら、私を解体してくれていい」
逡巡の末、課長はひとつ舌打ちをした。
「どこだ」
「鎮守の森です」
「四季社か」
「ええ、あそこは聖なる領域。夏神は冬神とも信仰があったようで、いま、そこに匿っているようです。鎮守の森の姦姦蛇螺からのLINNEでの報告もあります」
ヒトーさんの無表情がメリットに働いていた。淡々と嘘を並べていく。そうして魑魅魍寮から課長を遠ざけ、夏姫さんと引き合わせようとしているのだろう。
「……なるほど。だから四季裁は鎮守の森に向かったのか」
「四季裁が動いているのですか?」
それは初耳だった。出雲中央政府から任命される、信仰を損なうおそれのある八百万の神々を裁く権限を持った人間の役職だ。
「当然だろう。そのための四季裁だ」
魑魅魍寮を出るときにヒトーさんは姦姦蛇螺にLINNEを送っていた。このタイミングで鎮守の森に近づくのは、四季裁に違いない。入り口から轍で罠をしかけて、可能であれば捕縛、それでなくても連絡をしてくれというメッセージを残していた。
して、返って来たLINNEは『1』という数字のみ。まちがえて送信してしまったのか、理由はわからないけれど、それ以降どれだけ連絡を取ろうと思っても、姦姦蛇螺は反応しなかった。
もしこれが、四季裁に出逢い、交戦し、まともな連絡を送ることができなかった彼女の意味あるメッセージだとしたら。1。ワン。あ。たてぼう。エル……。
「……はじめ?」
もといた世界で『金田一少年の事件簿』を知らなければ連想できなかったそれは、わたしの中で論理が飛躍する。山と田という、この島国のすべてを意味するその苗字は、出雲中央政府と密接な関わりがあると言われている。山田、はじめ。
――でも、憂姫さんは四季裁は女性だと言っていた。
継承された? だとしたら先代は血縁関係者に限られる。九十九さんは最近転移してきたばかりだから外すとして、……山田教授?
まさか。飛躍しすぎだ。とはいえ、ひとつの手がかりを得ることができた。この推論が正しいならば、鎮守の森に四季裁が向うという危機的状況は覆される。なにしろ、その四季裁と夏神が見知っている仲だからだ。おそらく尾裂課長を止めるより早く、夏姫さんに事情を伝えようとして――。
「……なるほど」
小さく呻くような声だったが、ヒトーさんはそう呟いた。たとえ彼が無表情でも、いまの心境はわかる。伊達にひとつ屋根の下で過ごしちゃいない。
わたしは頷く。彼も頷く。
「課長、鎮守の森まで同行します。まどかさん、あなたはともえさんを連れて魑魅魍寮に帰ってください。手当を。それと――」
「わかりました。ヒトーさん。ご無事で」
それと、憂姫を頼みますよ。
わたしにはそれがたしかに聴こえた。
ふたりが無言で鎮守の森の方向に歩を進めるのを見て、わたしは座り込んでしまうくらい安心をしていた。四季裁がはじめさんなら安心だ、彼はいつだってしっかりしていて、冷静に判断が出来る子だから。
「ともえ、大丈夫?」
「……ぃぁ」
「油揚げ食べる?」
「……のじゃ」
尾裂課長の管狐と交戦することになったときのためにコンビニで買っていた油揚げを、ぐったりしている妹の口にはむと咥えさせる。
「尾裂のあほー、なのじゃ」
収束していく物語。




