表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第五章:四季神の物語
56/99

文福(ぶんぶく)刑部卿(ぎょうぶきょう)だ、奇想天街の管轄はこちらでよろしいか

 完全に酔いが醒めた。


 奇想天街きそうてんがいの秋の神様、ひさぎは自身のスマホから伸びているイヤホンを耳から外してうなだれた。ここは五穀豊商店街の外れ、八尺様が経営している『居酒屋ぽっぽ』の裏口のそば。灯台下暗しとはこのことで、いくつか銘酒を拝借した楸は、満月を見上げて飲んだくれていた。


 お気に入りの『朝までちぇりーぶろっさむ!』を聴きながら。

 「……しっかし、こんな話題から始まるとは。椿つばきちゃんも毎度毎度驚かせてくれるね」


 スマホの画面には、ひいらぎ憂姫ゆきが数年前に書いたという可愛らしいアイコンが表示されており、そこをいくつかの視聴者のコメントが流れていく。大切な友人、赦されざる恋。四季神ならば、その言葉が意図するところは一目瞭然だし、椿がそのことを暗に伝えたくて、ボクが聞いているとわかって、そういうことを喋ったのだということもわかる。


 「憂姫、なわけないから、えのきか、想像できないな」


 憂姫は身に沁みて知っているから、間違ってもそんなことはしない。八百万の神が人間が交わりを持つなど、出雲中央政府が赦さない。この国の信仰を一手に集める出雲中央政府が赦さないということは、信仰によって形造られている八百万の神々にとって反抗はできないということだ。


 『ヒトと交わった神の行く末を、知らないとは言わせませんよ』


 憂姫の母親を殺した四季官しきかんはそう言っていた。有無をいわさず。憂姫を仕留められなかったのは、力が暴走したことと、シェルターたる魑魅魍寮に引きこもっているからであって、おそらく何もなければそのまま忌み子である憂姫も殺されていただろう。

 しかし、ああ、完全に酔いが醒めた。


 「……おっと」


 yamada99:さっきの荒らしの人、真面目な話になると喋らなくなるのね。

 コメントが流れてきて、ボクは月明かりのもとでスマホをぽちぽちと操作する。

 Autumn-Hisagi:呼んだ?ᕕ(´ ω` )ᕗ

 『呼んでません』 


 ※


 天網恢恢相談支援事業所にとって、その日は過去最大の事件が舞い込んでくる日だった。


 いつものように出勤をして事務作業をしているヒトーさんと小谷間まどか。この日は学校がある平日だったため、最近雇ったアルバイトの二人は居ない。朝、何気なく電話をとった尾裂おさき課長は、手に持ったペンを取り落としそうになっていた。


 「出雲、中央政府の――?」

 『文福ぶんぶく刑部卿ぎょうぶきょうだ、奇想天街の管轄はこちらでよろしいか』

 「はっ、そうでありますが……」


 ヒトーが小谷間まどかが訝しむような目で見ている。尾裂課長は心のなかで深い深呼吸をしながら、何かしら大きなミスをしでかしてしまったのではないかと、過去を振り返っていた。姦姦蛇螺かんかんだらの聖地暴走? いや、あれは結果的に押さえ込めたわけだし、被害もそれほど大きくはなかった。八尺様のところの食い逃げ事件? たしかにあれは未解決のままだが、出雲中央政府が出しゃばるようなことでもない。


 なにしろ、文福たぬきといえば、出雲中央政府八省のうちのひとつ、刑部省の長官。主な職掌は、四方世界の八百万の神々にかかる司法全般を管轄し、重大事件の裁判や監獄の管理、刑罰の執行を行うことだ。特異生物自立支援法が施行されてからは、それにかかる事業所の監査の任も受け取っている。


 すなわち、これは非常にまずい。国家レベルにまずいことなのだ。


 「何か、うちの者が問題でも……?」

 『ひとつ捜査をして欲しいことがある。内密にな』

 「捜査、ですか」


 出雲中央政府と人間社会の折り合いのひとつが警察権だと言われている。出雲中央政府がどれほど力をつけようと、いまだ警察権はヒトの手の中にある。理屈は単純で、純粋な力比べで負ける可能性が非常に高い人間サイドが、秩序の最後の砦として権利を主張しているのだ。だから、八百万の関係の、それも身内の恥のような事件は、ヒトに知られることなく、相談支援事業所に依頼されることが多いと聞く――。


 『奇想天街の秋の神を知っているか』

 「あまり見たことはありませんが」

 『普段は出雲におる。遊んでばっかりじゃがな。ふらふらと飲み歩いておるんじゃが、このあいだ面白い話をしていてな。なんでも八百万動画に投稿されているアマチュアラジオ、『朝までハロウィン』じゃったか……』

 「ラジオ、でありますか」

 『四季神がヒトと交わっておるようだ』

 「なんですって!?」


 文福刑部卿の顔が目に浮かぶ。のほほんとした刑部たぬきでありながら、その瞳の奥の漆黒は窺い知れない。出雲中央政府に従わない神々は気まぐれゆえに多いと聞くが、この国の律令による秩序が保たれているのは、他ならぬ刑部卿の御業に他ならない。


 『早急に捜査せよ。信仰の損失を避けねばならぬから、ヒトに知られてはならぬ』

 「……動画はあとで見ましょう。しかし、八百万の神々への執行は、四季官が行うのでは?」

 『代替りしたようじゃが、何故か連絡が取れん』

 「そ、そうでありましたか」


 手元のディスプレイにはピコンとひとつメールが届いたことを知らせるアイコンが立ち上がっていた。刑部卿からのメールにはURLが貼られており、クリックをすると、『朝までちぇりーぶろっさむ!』というタイトルの閲覧数の少ない動画が開いた。


 「あー、課長、仕事中に八百万動画とかダメですよー!」


 事情を知らない小谷間まどかが声をあげたが、無視をする。

 喋っているのは女性で、よくあるアマチュア放送なのだろう。タイトルからして、春神。『Autumn-Hisagi』、わかりやすいコテハンだ。これが文福卿が言っていた、秋神だとして――。


 「残るは、冬と夏……」

 『ところで数年前の大雪害。忌み子の行方が知れぬようじゃが』

 「……そういうことですか」

 『そういうことじゃろうな』


 売女の子は売女か。思いがけない文福刑部卿からの電話だったけれど、これは僥倖だった。むしろそのためにこの天網恢恢相談支援事業所を立ち上げたと言っても過言ではない。天網はどこに隠れようとお前を赦さない、四季神としての義務を放棄し、この街に大雪害をもたらした冬神を。私の妻子を殺した――。


 奥歯がぎりりと軋る。


 「ありがとうございます、刑部卿。必ずや仕留めてみせましょう。ちょうど先代の四季官は顔見知りゆえ、連絡をとってみようと思います」

 『期待をしておる』


 ツーツー、と鳴る受話器を握りしめて立ち尽くす私の顔には、どんな表情が刻まれているだろうか。

次回:先代の四季官

まさかの新キャラ『文福刑部卿』

あとそろそろ四季官は辞書登録すべき。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ