魑魅魍寮の面々も待っているんですから、おとなしくしてくださいね
「それで、今回は何があったんですか?」
もう大丈夫だろうと、ヒトーさんは頭を外してわたしを外に出させた。ファイナルヒトーナイズされるのがよほど嫌だったのだろう。わたしだってやりたくてやったわけじゃないもん。筆舌に尽くしがたい方法でわたしは外に脱出し、ヒトーさんは頭部をかぽっと嵌める。
姦姦蛇螺は頬をかいている。
「このわたしの聖域で、あの子たちがエロいことを……」
「エロいこと? 小学生でしたよね?」
わたしはびっくりして声を荒げてしまう。たしかに鎮守の森の外側で震えていたのは、小学生の男女だった。たしかに中~高学年といった感じだったから物理的に不可能ではないだろうが、この街はそんなに性に対して低年齢化が進んでいるのだろうか。うらやま――、いやいや、わたしなんて、まだなのに……。
色々とパニクっているわたしをよそに、姦姦蛇螺が口を開く。
「その、手を、繋いだりとか……」
「とか?」
「楽しくおしゃべりしたりとか……」
「とか」
「それくらいだけどさ……、エロいでしょ!?」
「はぁ」
姦姦蛇螺なんて性的に凄まじい漢字を使った名前の癖して、そのウブさは何なのだろうか。顔を真っ赤にしているぞ、この少女は。ああ、処女のまま食われたと言っていた。だから、きっとそういう知識に乏しいのかもしれない。蛇と融合したことによって、人としての性感覚にも影響が出たのかもしれないし……。
「そんなことで刑期を無駄に伸ばさないでください。今回のことはこちらでうまくやっておきますから。もともとあの子たちがいけなかったことでもありますし」
「……ごめん」
「魑魅魍寮の面々も待っているんですから、おとなしくしてくださいね」
「はぁい」
なんだろう。
なんだろう、この感じは。ヒトーさんってこんなに喋る人だっけ? むむむむ。さっきまでこの少女の経緯に同情をしていたけれど、だんだんとむかむかしてきた。よくよく考えれば、さっきの状況はヒトーさんと知ってか知らずか、全力で大好きホールドをしていたわけで。わたしの体格では挿入されることはできても、そんなことはできないわけで。
それに、わたしとヒトーさんの思い出はこの一ヶ月しかなくて、彼と姦姦蛇螺のやり取りは、どこか日々の積み重ねを思わせるようななにがしかが、こう、思わせぶりであって――。
「まどかさん?」
「は、はい!?」
「帰りますよ。彼女もわかってくれたようですし、とりあえずあの子たちには厳重注意をするこということで」
「はい!」
指を咥えてヒトーさんの後ろ姿を見つめている姦姦蛇螺に見せつけるように、わたしはヒトーさんの腕を取ってこの結界を後にすることにした。ここから出てしまえば、わたしのものだ。魑魅魍寮の住人かなにか知らないが、帰ったら刑期を調べてやろう。こんな狭いところから出られないようでは、わたしの恋敵にすらなれないでしょうよ!
「ふふん」
「ぐぬぬ」
神域を出るまであと数歩というところで優越感から彼女を振り返ると、蛇の眼がぎらりと輝くのがわかった。ヒトーさんの後ろ姿を見ながら咥えていた指をゆっくりと口から出し、隠微な糸が唇と指とを繋ぐ。にやりと笑ったその奥には、毒蛇らしい牙が見えて。たっぷりとその毒が塗られているであろう指を思いっきり振りかぶった彼女は――
「そっちの女は殺す!」
「ひぇ!?」
と、特異生物の腕力で毒液を飛ばしてきたのだ。当然、普通の非戦闘民であるわたしは脚が竦んでしまって動けないし、ヒトーさんだって気づいていない。どく!? ヒトーさんへの対応から見るに、彼女もやっぱり女の子なのだなあと思ったわたしが間違いだった!? と様々な想いが頭のなかを駆け巡る中で、その致死性らしい透明な液体は目前まで迫ってきていた。
「まったくあなたたちはいつも世話が焼けますね」
それをぎりぎりで弾いてくれたのは、小さな細長い狐だった。尻尾が二つに裂けており、まるで空間を泳ぐかのような感じでふよふよと飛んで行く。わたしに向かってその狐は手を振り、近くの背の高い山の或る樹の枝のところまで飛んでいった。その高みからわたしたちを見下ろしているスーツの男性、彼の手の内にある竹筒の中にするっと入る。
「尾裂課長!」
管狐。
噂でしか聞いたことはなかったが、課長もかつて前線で仕事をしていたときは、バリバリの狐使いだったという。もっとも特異生物そのものではなくて、狐憑きというカテゴライズをされているだけのヒトそのもの。管狐だって、大層な修行で身につけた術らしい。
「……ちッ、余計なことを」
「姦姦蛇螺、あなたのことは出雲政府に報告しておきますからね」
斯くして姦姦蛇螺に纏わる一連の事件は終結をしたわけだが、わたしたちはひとつ、大きな忘れ物をしていることにこの時点では気がついていなかった。課長の運転する車で相談事業所に帰ったあたりで、わたしたちはようやくそれを思い出した。
「アルバイト候補の二人はどうしたのです?」
「あ」
子どもたちのところに向かわせた山田はじめ君は置いておいて、稲荷いのはこのどさくさでいつのまにかいなくなっていた。『神性存在』ということで鎮守の森になにか用事があったのか、理由はわからないけれど、わたしたちのアパートにも魑魅魍寮にも帰ってこないようだったら、探しに行かないといけない。
※
「隙あり、と言ったのはじゃな、つまるところ監視の眼を緩めていいのかということだったんじゃ。姦姦蛇螺など知らぬわ。『鬼』のところまで一直線に――」
「あ、いのだ。山田流封印術を打つけど」
「ひぇっ!?」
「ぼくから離れられると思わないでよね」
次回:狐といえば。




