それで解決するなら、どうしてわたしはこんな化物の姿に成り果てているの?
「姦姦蛇螺……」
「なぁに。鎧の中になんて挿入っちゃって、あなた、見かけによらずやらしいね」
「照れる」
「……そ、そう」
冗談のようなやりとりをしているが、姦姦蛇螺はヒトーさんごと、その異様に長い大蛇のごとくたくましい下半身で締め付けてくる。ヒトーさんを。たくましい下半身で。無理やり。締め付けて。
わたしからの紋章へのエネルギー供給は途絶えてはいないものの、さすがにその体制を取られてしまっては、ヒトーさんがばらばらにならない限り、物理的に抜け出せない。鎧の中に入っているわたしの耳には、みしみしという恐ろしい音が響いている。ヒトーさんの硬い鎧が砕け散ろうものなら、わたしなんて一瞬で潰されてしまうだろう。
「それで――」
稲荷いのが視界の隅でぐるる、と呻いた。完全には獣化していないものの、百鬼夜高の制服から見える腕には金色の毛並みがたなびいている。『鬼』相手ではないから、まだ『小谷間ともえ』の外見を保ってはいるものの、それは明らかに『神性存在』としての能力の発露だった。
その大蛇の尾と六本の腕でわたし(ヒトーさん)を羽交い締めにしている姦姦蛇螺の背後から、拳を構えている。
「完全に隙あり、なんじゃが?」
「いの、ダメだよ!」
わたしはヒトーさんの中からありったけの声を上げる。はぁ?という稲荷いのの怪訝そうな眼がつきささる。
「わたしたちは天網恢恢相談事業所。たしかに正当防衛かもしれないけど、あなたのその力は傷つけすぎる。魑魅魍魎たちのトラブルを解決するのが仕事であって、ぎたぎたに懲らしめるのが目的ではないの!」
「よくそんな体制でそんなことがいえるのぅ」
「お仕事だからね」
みしみしと羽交い締めにされる中で、わたしはかろうじてそう強がることができた。ねえ、ヒトーさん。あなたがボロボロになっていつも帰ってくるのも、余計なお節介をしてミスだと怒られるのも、きっと彼もそう思っているから。いのは、そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、とりあえず獣化は収めて、姦姦蛇螺の様子を見ている。
「話し合い?」
「そう、話し合い」
ヒトーさんのバイザーを通して、わたしと姦姦蛇螺は見つめ合う。
「それで解決するなら、どうしてわたしはこんな化物の姿に成り果てているの?」
少女の顔に、六本の腕、下半身は完全に大蛇のそれ。魑魅魍魎の研究に携わったわたしでさえ、その人外というべき風貌に、『化物』という形容を使ってしまった。姦姦蛇螺。彼女が都市伝説でうたわれるその個体かどうかわからないが、村を脅かす大蛇という脅威を沈めるために、生け贄にされた少女。
「こんな姿で死ねないまま。もう何十年経つのか忘れたけどさ。ねえ、あなたって大蛇に食われたことはある? 脱皮したことは? 四本追加で生えてしまった腕を当たり前のように動かせてしまったことは? 村のために捧げられたのに、村の人々から『化物』と罵られたことは?」
彼女が受けた仕打ちは想像するに余りある。数十年前、まだ魑魅魍魎が魑魅魍魎として畏れられていた時代。学問としての研究もなされておらず、生け贄、人柱といった行為が平気で行われていた時代。一度それでうまくいってしまうと、人間は学習する動物なので同じ方法を取ってしまう。それがいくら残酷な方法であっても。
「あなたがそうなってしまった経緯はわかった。わたしが謝って済む話ではないけれど、ごめんなさい。でも、ヒトはそんな過ちをもう繰り返さないように、特異生物自立支援法に差別解消法まで整備されようとして――」
「そんな話し合いで解決しようとするあなたも、わたしをヒトとして扱ってはくれないんだね」
「……、ごめんなさい」
――かつてヒトだった、特異生物。
ハッとした。それを無意識に思ってしまったわたしが情けない。対岸の存在。ヒトとは異なるもの。それは多くの場合迫害を受けることがあるから、ヒトが保護し、ヒトが権利を保証して『あげなければならない』。なんて傲慢な施策なんだろうか。もちろんそれで救われる面もあるのだろうが、わたしはその法律に則って仕事をしているため、足元を掬われたような気持ちになってしまった。
身体から力が抜けていく。
「くだらない。あなた、殺すよ」
わたしの中でふたつの意見が相剋していた。これほどまでに凶暴な生物を街に解き放つのは、社会全体の損害であるため、この聖域に封印されたままにしなければならない。もうひとりのわたしが反論する。ならば、この子の権利はどうなるのか。望まざる経緯を経て特異生物となったヒト、という存在は。
天網恢恢相談事業所の名のもとに、このトラブルを解決するためには。
両手で顔を覆う。わからない。わからなくなってしまった。
「ごめんなさい」
「……それ、誰に言ってるの? 自分にだよね」
姦姦蛇螺の言うとおりだった。
「諦めないでください、まどかさん」
急に懐かしいヒトーさんの声がして、ハッとした。わたしはいま両手で顔を覆っている。だから、腹部の裏側を通じて紋章を起動させていたヒトーナイズが解除されたのだ。もともとのヒトーさんの人格が解放され、その結果として魔女の力を使って引き出していた力も失われる。
「一番大変なのはクライアントですから。わたしたちは胸を張らなくては」
「……ヒトーさん」
ぐずっと鼻を啜る。そういえば、魔女の力が失われたのに、みしみしという音は止んでいるようだった。おかしいと思って、顔をあげると、ヒトーさんのバイザー越しに姦姦蛇螺が真っ赤になっているのがわかった。
「ひひひひひ、ヒトー!?」
「お久しぶりです。少し苦しいので離れていただければ」
「だ、抱きつきたくてこうしてるわけじゃない!」
あの締め付けが嘘だったのかように解かれて、その勢いのまま姦姦蛇螺はわたしたちから10メートルは離れた。六本の腕をモヤを払うように動かして、顔からは蒸気が出るんじゃないかというほどに真っ赤だった。
「お久しぶり? ヒトーさん、知り合いなんですか?」
「ええ、彼女は――」
「お前、そんな鎧ピカピカじゃなったじゃん!」
「ああ、それはこの人に丸洗いされたので」
「お前ー! わたしがしたくてもできなかった丸洗いを、お前ー! しかも中に挿入って、お前ー!」
六本の人差し指でわたしを指さされる。んん? どうやらこれは。あの拘束が解放されたのと、彼女が元気そうになったのはいいけれど、これは、ちょっと、わたし的にはあまり歓迎すべき状況ではないような気がする。
「わたしが封印されてるあいだに、何なのよ、その女!」
「同僚です」
「ほんとうにただの同僚!?」
「ただの同僚です」
それはちょっとつらい。
「あの、ヒトーさん、その人は?」
「もともと魑魅魍寮の二階に住んでいた女性です。ちょっとしたことから、今回のように暴れて、取り押さえられました。天網恢恢相談事業所も介入しようとしたんですが、出雲政府の意向によってこの鎮守の森に封印されたというわけです」
「あの寮の……」
そのキャラクターの濃さは若干納得のいく部分はある。魂絶されたはずの鬼に、座敷わらし、山田流封印術の使い手に、魔女の精製物であるらしいデュラハンリーマン、冬の八百万。それとダメ管理人。たしか二階は女性用のフロアだと言っていて、住んでいるのは柊さんだけ。わたしが使わせてもらった部屋とは別に、いまはいない住人の部屋があるとは聞いていた。
「それで、今回は何があったんですか?」
もう大丈夫だろうと、ヒトーさんは頭を外してわたしを外に出させた。ファイナルヒトーナイズされるのがよほど嫌だったのだろう。わたしだってやりたくてやったわけじゃないもん。筆舌に尽くしがたい方法でわたしは外に脱出し、ヒトーさんは頭部をかぽっと嵌める。
姦姦蛇螺は頬をかいている。
「このわたしの聖域で、あの子たちがエロいことを……」
次回:姦姦蛇はだらだらだよ!_(:3」[_]
ところで姦姦蛇螺の漢字の構成ってすごいよね。




