奇想天街(きそうてんがい)――、わたしたちの住む街
奇想天街――、わたしたちの住む街は大きく分けて三つのエリアにわかれている。まずは街の中央、基幹駅もある五穀豊商店街。街の東側には大きな川が通っていて、そのライン上に北から、魑魅魍寮、わたしたちのオフィス『天網恢恢相談事業所』、わたしとともえが暮らすアパート『アベノセイメゾン』が並んでいる。一方、商店街の向こう側にはともえとはじめ君が通う百鬼夜高校があり、さらにその向こうには鎮守の森が広がっている。
尾裂課長に渡されたメモには一見不規則に見える数列が並んでおり、わたしはスマホで業務用のアプリを立ち上げる。出雲政府謹製の特異生物相談事業所用アプリだ。ここにその数列を打ち込むとその鎮守の森にピンが立ったため、妹のともえとはじめくん、そしてデュラハンリーマンヒトーさん(の中のわたし)が向かっているところだった。
「鎮守の森って立入禁止ではありませんでしたか?」
ヒトーさんの言葉に、はじめくんが頷いた。
「たしかに百鬼夜高の裏にあるのはわかっていたけど、入学式のその日から立入禁止が強く言い渡されていたな。でも中には小さな神社があるだけでしょ?」
「この魑魅魍魎が跋扈する世界で、そんな何でもない神社があるわけないでしょう。それにその神社だけでなくても、あの鎮守の森は多くの存在を封じているんです。特異生物絡みとなると厄介です。単にお馬鹿な特異生物が脚を踏み入れただけならいいんですが」
とヒトーさんの中のわたしがそう解説をすると、先を走るともえがこちらを向いた。
「ねーさん、まるで特異生物がいない世界から転移してきたみたいないい振り――じゃの」
というものだから、わたしは激しく咳込んだ。
「まどかさん、あまり喋らないほうが良いかもしれません。舌を噛みますよ」
と鎧全体を震わせるような声がして、わたしは頷いた。手元のスマホを見ると、相変わらず通報のあったピンは鎮守の森の外苑に位置している。わたしたちを表す◯の中に鎧のマークが、じわじわと近づいていく。
「ところでわらわの『鬼斬り』はどうしたのじゃ?」
「あれは対鬼じゃないと効果を発揮しないでしょう」
「あれがないとかっこつかないし、落ち着かないのじゃ」
「危ないからさらに厳重に封印して、山田教授に渡しました。いまはどこにあるのか、わたしにだってわかりません」
「あれは――」
百鬼夜高を抜けて鎮守の森の入口までたどり着くと、鳥居の影で小さな子どもが二人震えていた。近くの小学校の子だろうか、黒と赤のランドセルをそれぞれ背負っていて、男の子の方のランドセルからは防犯ブザーのような音が鳴っている。これも出雲政府が配布している通報装置だった。特異生物に関するトラブルに巻き込まれたときに鳴らすと、緊急性に応じて全国の事業所に連絡が入る仕組みになっている。
「大丈夫?」
二人は抱き合うようにガタガタ震えている。ともえがそう声をかけると、かろうじて男の子が顔を上げたが、涙や鼻水でぐしゃぐしゃで歯の根が合わないような状態だった。服には泥や雑草がついている。命からがら逃げ出してきたような印象を受ける。
「……ごめんなさいごめんなさい」
「ちょ、何があったの」
男の子は謝りつづけるばかり、女の子はうずくまっているばかりで話にならない。
がしょんがしょんとヒトーさんは鳥居をくぐり、その奥に広がる昏い森を見据えた。わたしもここに入るのは久しぶりであるが、外からの見かけの大きさとちがって、中に入ればかなりの深さを感じる。『意志』の力が物理法則を説き伏せて捻じ曲げる世界だ。『意志』はつまり、『信仰』というかたちでも発揮される。もしかしたらその作用で、空間が歪んでいるのかも知れない。
「はじめさん、とりあえずその子たちを安全な場所へ。ともえ――いのは一緒に来て」
「「了解」なのじゃ」
ヒトーさんは昏い森を前に立ち尽くしたままだ。
「ヒトーさん? どうしました?」
「昏い、森、魔女――、いえ、なんでもありません。行きましょうか。まどかさん、あなたは事務方だ。気をつけてください。いざというときは逃げ出してでも――」
「何をおっしゃいます、ヒトーさん。いざというときは紋章の力で」
ヒトーさんを丸洗いした理由は、わたしの欲望を満たすための他にそれもあった。中世から使われているんじゃないかと思えてしまうような年季の入った鎧に、ヒトーさんは宿っている。毎日汚れは布で拭っているらしいが、それではどうしようもないほど埃や色々なものが堆積しているのだ。おそらく、あの『魔女』の紋章がぎりぎりまで機能しなかったのは、その汚れの下に埋もれていたから。いまのこの状態であれば、もっと効率よくヒトーさんの力を引き出せるはずだ。
「……それは、できればやめていただきたく」
「どうしてです?」
「どうやら失っていた記憶を断片的に思い出してあの力が出せるのでしょうが、私が私でないような気がして――。それに、稲荷いののような存在と戦うことなんて、この仕事柄滅多にありません。私本来の仕事の仕方で大丈夫なはずです」
確かにわたしはあまり現場には出ないが、ヒトーさんの報告書を読む限り、百目が「どこに目ぇつけてんだこのやろー」と近隣住民とトラブルになったのの仲裁であったり、鳴き声が近所迷惑と通報があったバンシーに対して注意をしたら「わたしの泣き声を否定するなど万死に値します」と喧嘩をふっかけられたりとか、そのレベルだ。街のチンピラレベル。ヒトーさんなら、押し負けることはない。
「わかりました。でも、本当にぎりぎりになったら使いますから。ヒトーさんのために」
「……はい」
もはや御伽噺とされている二人の魔女の戦い――、その魔女の力の証である紋章を刻まれたヒトーさん。∇(ナブラ)の二乗にf。そしてそれを起動できる、異世界から来たわたし。思うところがないでもなかったが、忙しない毎日になかなか考察できずにいた。
「おや、なんかおるぞ」
いのの言葉で、彼女とヒトーさんが脚を止める。
「……ひっく、うえぇ」
少女が一人泣き腫らしている。鎮守の森の天を覆う木々も何故かそこだけは開けており、天からの光が宗教画のように降りている。さっきの二人から逃げ遅れてしまったのだろうか、独りでぽつんと地面に座っている。
次回:書き溜めがなくなってので、無限の可能性が広がっているよ。




