鎧殻装着(ヒトーナイズ)!
「あれほど電話したでしょう。来れないなら来れないで一報頂いてもいいんじゃないですか」
「……すみません」
ヒトーさんの誘いにホイホイ乗ってきたわたしがやってきたのは、職場だった。『天網恢恢相談事業所』。この現実がもし文章になっているのならば、もう忘れている読者もいるのかもしれないが、ゴールデンウィーク初日、デート中のわたしたちの携帯電話にガンガン会社から電話がかかっていたのだ。わたしの張り手でどうにかヒトーさんの意識をデートに向けることに成功したが、それがなければ、社畜デュラハンのヒトーさんは普通にデートをほっぽかして休日出勤していたことだろう。
恐ろしや。
さて、尾裂課長にぺこぺこと頭を下げる二人である。
「それにしてもまどかさんはともかく、ヒトーさんまで……。もしかして休日に二人でいたんじゃないですか?」
「そ、そそそそ、そんなことは!」
「ええ、二人で映画を見ていました」
「ヒトーさぁん!?」
今日はぎりぎり休日で、他の職員がいなくてほんとに助かった。尾裂課長は三十代後半のベテラン男性職員なのだが、驚いたような顔をして眼鏡を直す。慌てるわたしに、ヒトーさんは飄々とした顔で(いつもそうだけど)まっすぐ尾裂課長を見下ろしている。
そういう感覚がないのか、それともわたしは恥じらうべき対象となっていないのか……。
「若い子と遊ぶのは勝手ですが、職業柄エマージェンシーの多い職場だということをしっかり理解してだね――」
「ええ、浅慮だったと思いますが」
「君の処分も考えなければならないね、これは」
『どうかクビだけはご勘弁を!』というのが、ヒトーさんの決まり文句でそれが飛び出すものだとわたしは思っていた。おそらく尾裂課長もそう思っていたことだろう。わたしとしてはちょっと残念だけれど、職場からの電話を無視したのはわたしのせいだし、職場に向かおうとするヒトーさんを止めたのもわたしのだ。ぎゅっと眼をつむっていると、ヒトーさんの思いがけない一言が聞こえた。
「ですが、後悔はしておりませんので」
「……、あのねえ」
「なにか?」
ヘコヘコしていなければ、その巨体も相まって威圧感のあるヒトーさんである。さしもの尾裂課長も汗を拭いながら、言葉を探している。助け舟を出すわけではないが、場の空気を繋ぐためにわたしは口を開いた。終始無言の空気に耐えられるヒトーさんの真似はできない。
「あの、課長、今回は何があったんですか?」
「これだよ」
トントン、と事務机の上の書類を叩く。わたしたち以外の職員(おそらくゴールデンウィーク中二呼びだされたのだろう)が作った報告書のように見える。どこか見憶えのある街並みの写真が映っており、通報者と対応者、報告結果が文書になっている。
「妖狐の目撃記録だよ、最悪の場合、受肉された『神性存在』かもしれ――」
「あー」
わたしとヒトーさんが目線を合わせる。めっちゃ心当たりがあった。
我が社は、魑魅魍魎すなわち特異生物のトラブル解決のための相談事業所だ。話し合いで解決できればそれがベストだけれど、そういった例はあまりなく、中にはパワーに訴える系の特異生物も少なくはない。そういったときにヒトーさんをはじめ制圧系の職員が出張して、事態を収めていく。わたしはといえば、大学時代の特異生物研究が役に立つかと思えば案外そういうわけもなく、こうして旅費や備品関係の事務を行っているというわけだ。体系立てて学んだ学問では、個別の、半ばクレーマーのような対応はできなかったというわけ。
おおかた、『鬼斬り』の太刀を持った稲荷いのの姿を誰かが目撃して、危険人物(特異生物)として通報してきたのだろう。通報を受理後どうするかは相談事業所が判断することだが、少なくとも市民には通報義務があるのだから、仕方がない。特異生物という得体のしれない存在に人権を与えてしまった政府の、これは譲れない条件だった。
「結局、職員が着いた頃には見失ってしまったんだが。残念だったな、ヒトー。これが対応できれば昇進も昇給も確定だったというのに」
「……課長、いいましたね」
「は?」
「その妖狐はわたしたちが退治しましたので!」
「はぁ!?」
※
翌日。
「えー、こちらが妖狐をその身に宿した、小谷間ともえさん。わたしの妹ですね」
「は、はじめまして」
「そしてこちらが妖狐をその業で封じた、山田流封印術継承者、山田はじめくん」
「どーも」
というわけで、課長の言葉はわたしがボイスレコーダーにしっかり取っていたので、ヒトーさんの階級が一つ上がる結果となった。が、やっぱり前線で動きたいのが彼の希望だったらしく、しばらくはいままでと変わらなそうだ。
それと、もうひとつ。
「課長、彼らは即戦力となります。高校生なので時間の制約はありますが、アルバイトとして雇ってみるのはいかがでしょうか」
これがわたしの、わたしにできるやり方だった。この世界に解き放ってしまった稲荷いのの有効活用。そのためには封印術の継承者である山田はじめ君がセットの運用となる。そうすれば、妹は想い人といられる時間も増えるし、トラブル解決に奔走する中でお金の大切さや、なにしろ彼女に圧倒的に欠けている対人関係の能力が養われるだろう。そしてもうひとつ、わたしの個人的な計画の足がかりにもなる。
「「よろしくおねがいします」」
それぞれ頭を下げる、妹とはじめ君。
「だが、現状で人には困っていないしな」と尾裂課長。「妖狐絡みの事件の話は納得するとして、高校生がどこまで対処できるのかわからん。出雲中央政府からの給付単価も下がる中で、これ以上、人件費は――」
「現状で人に困っていないですって?」
課長のその一言は、わたしにとって許しがたいものだった。
「ヒトーさんが毎日毎日どれほどの実働と事務をしていると思っているんですか。これで人に困っていないだとか、人件費に余裕がないというなら、それは単にヒトーさんの善意に甘えているだけですよ。あれだけの仕事をこなせば、そりゃヒトーさんのミスだって増えます。この二人で対応できる案件は、この二人で処理させようというわけです」
わたしは仕事用のかばんから書類を複数取り出した。
「これが契約書(案)です。今年度の予算配当額の旅費・役務費の執行予定はこちらのとおり。このふたりの学校のスケジュールも考慮したうえで、ヒトーさんの負担を減らします。通報件数は読めないので、過去三年平均の20%増しまでは許容範囲内で――」
「ふむ……」
尾裂課長のことは好きになれないところが多いが、いいところは、頭ごなしに否定はしないところだ。だから、妖狐の対峙報告も証拠を持ってくれば納得をしてくれた。わたしが昨日徹夜で仕上げた資料に目を通してくれた。
「見込みが甘い。来年度からの特異生物差別解消法に、特異生物支援法が3年後の見直しを迎える。いずれは収束するものの、適用されたばかりでは混乱も大きく、トラブルも絶えないだろう。まして差別解消なんて謳っている法律だ、中身を理解せずに権利ばかり主張する奴も多いだろう」
「う……」
もともとは本社で財政をやっていた課長だ。このあたりのダメ出しは本当にきつい。それにわたしは特異生物の学術的な性質については一日の長があるものの、行政的な知識となると課長に勝てるものはいない。
「出雲政府が給付単価を下げたのは、緊迫した財政状況の中で、増大するトラブルを見越したものだ。今回の見直しで、八百万の神々に対する給付金も打ち切られるって話もあるしな。小谷間くん、君は20%の増と言った。本当に現行単価における20%増で済むかね」
「あ、あの……ええとですね」
わたしがまごついていると、ヒトーさんがゆっくりこちらを向いた。彼は現場主義の人間だからこういう話には疎い。だからこそ、昨日寝ずに魑魅魍寮で資料を仕上げていたのだ。ともえやはじめくんもわたしを見つめている。何か、言い返さなければ。何か――。
「か、課長――」
わたしの言葉を遮るようにして、電話が鳴り課長が無言でそれを取った。「うぅ」と情けない声をだすしかないわたしに、ヒトーさんは優しく背中をガントレットな手で叩いてくれた。課長は何度か相槌を打ちながら、手元のメモに万年筆を走らせる。がちゃんと、受話器が置かれる。
「とはいえ、当事業所の職員が強大な力で問題を解決できるなら、それが抑止力となって、未然に防がれるものもあるだろう。それだけのリターンがあれば、バイトを雇うことも吝かではない。この場所でトラブルの通報だ、行って来い」
「は、はい!」
妹とはじめ君はいち早く駆け出していき、ヒトーさんもそれに続く。わたしは鎧殻装着をするつもりで、ヒトーさんを追いかけようとしたが、扉のところでふと気づいたことがことがあって立ち止まった。
「でもトラブルが抑止されると給付金減るんじゃ?」
「無駄口叩いてないで、早く行け」
※
「鎧殻装着!」
「ねーさん、うるさい」
次回:「ねーさん、まるで特異生物がいない世界から転移してきたみたいないい振り――じゃの」




