気絶をされているあいだにお風呂場で丸々洗わさせていただきました。隅から隅までぴんぴかぴんです!
――追憶は焔より冷たく、氷よりも暖かい。
ゴールデンウィーク初日、小谷間まどかと映画を見にいったわたしは、帰り道に鬼を求める狐神を見かけ、魑魅魍寮に走って帰った。小谷間まどかがわたしの身体の中に挿入るとの提案があり、魑魅魍寮の玄関で管理人を守ることに成功した。そこから先のことは、あまり憶えていない……。
ヒトー=ヴァン=フェッセンデン。
わたしの記憶はいまだに霧に包まれたまま。
「ヒトーさん、おはようございます」
起床して、ネクタイを巻いていると、コンコンと扉をノックされた。生ける鎧、デュラハンリーマンである私はネクタイをきゅっと巻き、頭部を載せて、返事をする。扉が開くと、一昨日の私服姿そのままの小谷間まどかが顔を覗かせた。大きな眼鏡、黒髪、生真面目な新人OL。
「おはようございます」
「気分はいかがですか?」
「なんか……、新鮮ですね。爽やかな朝です」
ドヤッとまどかは眼鏡を直した。
「気絶をされているあいだにお風呂場で丸々洗わさせていただきました。隅から隅までぴんぴかぴんです!」
普段、会社から帰ってくるのは日付が変わった後で、仕事に出かけるのは朝日が昇る前だ。生ける鎧、ただの金属体である私はお風呂に入るようなこともなく、タオルで簡単に拭うだけだった。いったい丸々洗われたのは何年ぶりのことだろう。胸元の、紋章痕に手をやる。
「あの……、お気に召しませんでしたか?」
不安げな小谷間まどかの表情に、ないはずの心臓がずきりと痛む。何故だろうか。
「いえ。清々しくてありがたいです」
「よかった……。朝食は用意してあるので食べてくださいね」
魑魅魍寮。
座敷童、鬼の子、冬の娘、人の子でずっと暮らしていたこの生活に、新たな風が吹き込んだかのような、非日常感。小谷間まどか。彼女が持ち込んだ火種は看過できないものであるけれど、彼女たちがいる日常というのも悪くないのかも知れない。
「あ、まどかさん、今日、少し時間ありますか?」
「はい、はいはい! あります、死ぬほど暇ですけどなにか!?」
喰らいつかんばかりに駆け寄ってきた小谷間まどかに、私はある場所の名前を告げた。
※
「あれほど電話したでしょう。来れないなら来れないで一報頂いてもいいんじゃないですか」
「……すみません」
ヒトーさんの誘いにホイホイ乗ってきたわたしがやってきたのは、職場だった。『天網恢恢相談事務所』。この現実がもし文章になっているのならば、もう忘れている読者もいるのかもしれないが、ゴールデンウィーク初日、デート中のわたしたちの携帯電話にガンガン会社から電話がかかっていたのだ。わたしの張り手でどうにかヒトーさんの意識をデートに向けることに成功したが、それがなければ、社畜デュラハンのヒトーさんは普通にデートをほっぽかして休日出勤していたことだろう。
恐ろしや。
さて、尾裂課長にぺこぺこと頭を下げる二人である。
「それにしてもまどかさんはともかく、ヒトーさんまで……。もしかして休日に二人でいたんじゃないですか?」
次回:「出雲政府が給付単価を下げたのは、緊迫した財政状況の中で、増大するトラブルを見越したものだ。今回の見直しで、八百万の神々に対する給付金も打ち切られるって話もあるしな。小谷間くん、君は20%の増と言った。本当に現行単価における20%増で済むかね」




