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退魔士は仲間たちと立ち向かうことになった

若干の鬱展開(?)

結局昨夜、奴は帰ってこなかった。

朝、食卓の向かい側の席にいつも五月蝿い紫髪の女はいない。

お袋様は元気がない。

親父にいたっては俺を睨めつける始末。

全く、なんだってこんなに雰囲気かわっちまうんだよ!?

あいつが家に来たのはたった5日前だろ!?

まるで、家族が1人いなくなったみたいじゃねえかよ……




「いってきまーす」

「……いってらっしゃい」

玄関先でのいつもの会話も今日はこれだけ。

いつもは、今日は何時に帰る?とか、夕飯は何がいい?のような話になるのに。

ったく、腹立たしいにもほどがある。

いつもの登校路。

いつも隣でぴーぴーうるさいあいつは今日はいない。

だからまわりを気にする必要がない。

そう、俺は今、朝の空気がこんなにも美味しいものだと初めて実感した。




学校に着いた。

いつもの如く、東がこちらに寄ってくる。

「おや? 今日はお一人かい?」

「……一人で悪いのか?」

「あっ、いやいや。今日も格好いいよ、十三河くん!」

「……いつもはそんなこと言ってないだろ?」

こいつは俺に気をつかってくれているのか、はたまた、俺にかまってほしいだけなのか、謎だ。

「今日はいいのか? 愛しの山渕さんとデートしなくて……」

「い、愛しのだなんてぇ~~~、今日はまだ来てないだけっすよぉ~」

「だといいがな」

「なんだよぉ~、その言い方?」

東は口を膨らませて怒る。

こいつはたまに女みたいな素振りを見せる。

それは呪術士の慣わしなのか、それともそういう趣味があるのかは不明。

いや、知りたくないだけだ。

「……聞かないんだな?」

本当はこんな会話などしたくない。

だが、なんか気持ち悪い。

いっそ、しつこく聞いてくれたほうが楽だ。

不自然な笑顔の東をみるより、あいつのことでムカついているほうが気持ちいい。

変な気分だ。

昨日はあんなにも自分の生き方や命について嘆いていたのに、今日はいつもと違う環境がきにかかる。

「ん? あぁ……大方、喧嘩でもしたんだろ? それによ、よく言うじゃん? “喧嘩するほど仲がいい”ってさ」

「……俺とあいつはそんな仲がいいように見えたか?」

「はぁ~、なんだよ!? 話をふってきたのは君じゃないか? それほど気にかかっていて、仲が悪いとはとても思えないなぁ~」

「……そうか」

東の言っていることは正論……なのかもしれない。

だからといって、俺ができることはない。

ただ、時間の経過を噛み締める程度だ。

生きていれば誰だってできること。そんな最低限度のことしか俺にはできない。

実に無力だ。

人間とはこうも無力な生き物だと改めて実感する。

俺の残された命も今日と明日。

何かが変わるわけもなく、気づけば今日の学校は終わっていた。




別に意識していたわけでもない。

ものもとあいつのせいで、俺の人生設計が台無しになっただけ。

俺がこの世から消えても、この世界は何の変哲もなく動き続けるのだろう。

もし、この世界が俺にしか感じることのない世界だったとしても、消えるだけ。

誰も苦しまない。

俺すら苦しまない。

ただ消えるだけ。

陰鬱な気分の下、俺はいつもの下校路で家を目指す。

街をぶらぶらするもいいが……いや、やめておこう。

気分転換どころか、余計に暗い気持ちになるだけだ。

いつもの世界でゆっくり過ごし、それから死ぬのも悪くない。

俺の存在を示したいと言ったが、どうでもよくなった。

“あいつ”がいなくなってから、俺はどうかしている。

死は怖いが、もう本当にどうでもよくなった。

ただ、“あいつ”が俺の世界から消えただけ。ただそれだけでどうしてこうも変わるのか。

変わる? それは違う。

変わったのは俺であって、世界ではない。

だったら、どうして俺が変わった。

決まっている、“あいつ”が消えたからだ。

本当に消えたかというと、断言できないが、少なくとも俺の前からは消えた。

だから俺が変わった。

……違う。何が違う? そもそも俺にとって“あいつ”はなんだったのだ?

試験課題、厄介者、期間限定の家族=居候、お袋と仲がよすぎてうるさい、クラスメイト……戦友。

それ以外に答えはない。

だったらこれ以上考えるのは無意味だ、ナンセンスだ!

思考モードから現実に意識を戻して自分の部屋に入る。

こんなにも自分の部屋が広く感じたことはない。

うんざりするくらい広くて寒いくらいだ。

いつもそこに誰かがいた感じがして、今日それがいない。

引越し前でタンスやらMDコンポやらが部屋から出されたような物寂しげな自分の部屋。

全く、こんな感傷的になるなんて俺も末期だな。

当たらずとも遠からず、いや、実際当たっている。

ぼぅーと過ごすのも勿体無い。

『退魔士』の勉強でもしていよう。

そうだな、死神の封印術でも勉強しよう。

枕元に無造作においてあった死神封印の書2巻を取り上げて最初のページから読む。

『死神の特質を1巻では学習しました。この2巻では実際、魔の根本的特質をマスターし、死神に応用させようという内容になっています。』

これでは1巻が存在する意味がない。

この本の題名は死神封印の書なのだ。

書き方から見て、1巻は封印の事項は一切記されていないことになる。

ちなみに、この家に1巻は存在していない。

きっとぼったくられたと思い、誰かが捨てたのだろう。

それがじいさまなのか、ばあさまなのか、ひぃじいさまなのか、ひぃばあさまなのかを俺の知ったこっちゃない。

20ページくらいまで読んだ後、夕飯に呼ばれた。

やはり重い空気が漂っていた。

朝とまるきり同じだ。

だが、俺には関係ない。

俺は明日、この世から消える。

俺のミスで封印から解放された、この前まで俺の向かいの席に座っていた死神に魂を取られるからだ。

親父もお袋もそれは知らない。知らなくていい。




部屋に戻り、さっき読んでいた本を取り上げた。

別に今更無様に足掻こうとは思わない。

ただ、俺という世界の崩壊を目前に控え、改めて何かをする気がおきないだけ。

ぼぅーっと過ごすのもありだろうし、やりかけのゲームをできるだけ進めるというのもありだな。

時計を見ると、まだ8時にもなっていない。

長い夜になりそうだ。

とそのとき、遠くの方から雄たけびが聞こえてきた。

この前、学校の屋上に現れた大魔鬼と似たような気配がする。

「半人前だが、『退魔士』、十三河広貴の最後の大仕事ってわけか。悪くないな」

口では冷静さを装っていたが、半分ヤケクソだった。

本当はどうでもよかった。

俺が行っても行かなくても、誰かが“魔”を倒しに行くだろう。

だが、俺の本能がそんな甘えを許してはくれなかった。

家を飛び出し、気配のする方角……学校に向かった。




「はぁはぁはぁ……」

学校についた頃にはグラウンドに結界が張られていた。

これは周りの関係のない人間に危害を加えないための処置。

そして誰かが既に戦闘中ということだ。

中に入ると、2人が大魔鬼と戦っていた。

東と山渕だった。

東は怪しい紫の光弾を無数に放ち、山渕は長剣を振り回していた。

どちらも大したダメージを与えることができないでいるようだ。

大人たちを呼ぶ必要があるかもしれない。

対する大魔鬼があまりにも強大な“魔”を放っている。

結界を出ようとして足がとまった。

いや、正確には足がここから出ることを拒んでいるようだった。

つまり、ここは俺たち3人でなんとかしなければならない。

それは愚かで、自惚れている。

だがそれも悪くないと思う。

仲間を呼ぶことが今できる精一杯だと思っていたが、それもまた怠けているとも思った。

OK、俺。とことん付き合ってもらうぞ?

戦闘している2人に加勢する。

懐から紙を一枚取り出す。

今、自分のできることを精一杯する。

何も書かずに大魔鬼に投げつけた。

「喝っ!!」

魔を払う術を放つ。

大魔鬼は咆哮をあげてのけぞったが、それまで。

やはり、大してダメージを与えられたように見えない。

今の攻撃で東と山渕がこちらの存在に気づいた。

「おい、何そんなしょぼい技使ってんだよ~?」

「弱攻撃、死」

余裕の表情の2人を見て、少し苦笑する。

そう言う割にはかなりボロボロだったからだ。

「……やろうか、3人力合わせて」

「へぇ、十三河くんの口からそんな言葉が聞けるとはねぇ~」

「勝算?」

作戦はあった。

たがとてもシンプル。

3人の得意分野をフルに活用する攻撃である。

そろそろ痺れを切らした大魔鬼がこちらにむかって突進してくる。

時間はない。

残りの力と体力を計算……するまでもなく、チャンスは一度。

「いくぞ!!」

3人一列に並ぶ。

前から山渕、俺、東の順だ。

まず、東が呪術で俺の札の力を増強する。

俺はその札を山渕の刀に何枚も貼り付ける。

俺はその間、力を放出し続けなければならない。

チャンスは本当に一度きりだ。

大魔鬼はもうすぐそこまで近づいていた。

「よし、今だー!!!」

俺の合図で、呪術の力で妖しく発光している刀を振りかざし、山渕が大魔鬼に飛び掛る。

高さにしてビル5階分を軽く跳躍し、一気に刀を振り下ろす。

しかし、大魔鬼もそんな馬鹿ではなかった。刀をその巨大な片手で防いでいるのだ。

「ちっ、あの野郎……」

「東、集中しろ! 札の力が弱まっている!!」

今も俺は札の力を持続して放出している。

おそらく、俺の体力が尽きるときが終わりだ。

そう言っている間に体力が尽きた。

案の定、山渕はいとも簡単にグラウンドの端のネットまで吹っ飛ばされ、そのまま地面に落下した。

「灯ぃーーーーーーー!!!」

東が咆哮する。

もう終わりだ、何もかも。

だが、やるべきことは全てやったつもりだ。

悔いは無い。

ただ、あの2人を巻き込んでしまうというのは残念だ。

大魔鬼は怒りの咆哮を上げて、こちらに近づいてくる。

もう、ここまでのようだ……


「―――――」


声が聞こえた。

いや、正確には聞こえたような気がした。

刹那、頭上の結界が割られ、何かが降りてきた。

黒いローブに身を包んだ、人間のようなシルエット。

それは背中に担いでいた馬鹿でかい黄金の鍵を構えて頭上に向ける。


「―――――」


何かを口にした。

鍵は霧散し、銀色の花びらが無数に現れる。

それは砂嵐の如く吹き荒れ、あっという間に大魔鬼を包んでいった。

やがて、銀に輝く大きなシルエットが完成すると同時に大魔鬼の動きが止まった。

黒いローブの人影がこちらをちらっと見る。

「―――――」

何かを言った気がした。

銀色のシルエットが霧散すると同時に、大魔鬼は消えていた。

布を被せて物を消す手品のようだ。

銀の花びらが鍵の形に収束し、持ち主の手に戻る。

「……ファーディアス」

黒い人影は、一瞬にして破れた結界の外へ飛んでいった。

俺は助けられた。よりにもよって明日、命を取られる相手に。

次回、最終話です。

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