退魔士は死神と……
最終話です。
今日の朝もいつも通り、何かが変なわけもなく日が昇った。
下ではお袋が朝食の準備をする音が聞こえてくる。
とりわけ、何の変化もない。
(俺の)世界の終わりだというのに、本当に何も変化がない。
着替えて、リビングに向かう。
食卓だけは葬式のように黙って出された朝食をもくもくと食べ続ける家族。
勿論、俺も含めだ。
だから、今日俺が死ぬことも両親には言わない、言えない。
『何でそんなに暗いんですぅか!? 朝からお葬式は勘弁ですぅ~』
かつて、向かいに座っていたやつならそういうと思った。
だが、そんなわけがないのだ。
「ごちそうさま」
鞄を手にして黙って家を飛び出した。
いや、これだけは言っておこう。
「我が家族と我が住処、今までありがとう」
学校への通学路もいつもと変わらぬ生徒諸君の声が響く。
『えへへ~、捕まえましたよぉ~。もう広貴さんたら~、置いてくなんてひどいじゃないですぅ~か!』
「……」
そこには誰もいない。
やつは今日、俺の命を取るためにやってくる。ただそれだけ。
もうやつの悪ふざけを見ることはない。
昨日の戦闘で、俺は確信した。やつは本当の死神なのだ。
変な言動でドジでピーピーうるさくて、お袋と仲がよくて、家庭を明るくする。
それがあの死神だった。
だからどうというわけもない。
あいつを封印すれば、俺ははれて立派な『退魔士』。
しかし、死神の封印法は一つだけ。
それは技術や才能ではない。
それは…………
教室に入ると、あちこち絆創膏をはった東がぼぅーっとしていた。
そして珍しく話しかけてくる様子が無い。
そりゃそうだ、昨日はいろいろあった。
寝不足でいつもの元気もだせないだろう。
俺だって、今日が命日でなくともそうだったにちがいない。
チャイムがなって、いつものように先生が入ってきてHRが始まる。
そのあと、授業があって、昼食をとって、午後からの授業、HR、放課後。
部活には入っていないので、このまま帰宅になるが、俺はもうあそこに帰ることはない。
もしかしたらと思い、屋上に上ってみる。
案の定、給水タンクの上に山渕がいた。
右足にギブスをつけて、頬に大きなガーゼを貼っていた。
大怪我しているのにどうやって上ったのだろうか。
器用なやつだ。
山渕は俺を見るやいなや、
「……私、戦う」
短く、しかし、以前より人間らしい言葉で喋る彼女は見ていて少し面白い。
「そうかい」
「死神、この手で滅却」
「……気持ちだけ受け取っておく」
こいつはこいつなりに気をつかってくれているのだろう。
そういう意味じゃ不器用なやつだ。
「じゃあな、昨日はいいフォーメーションだったぜ?」
「……あ」
彼女が答える間もなく、俺は屋上を後にした。
階段を下りる間際にすれ違った東にも同じような言葉を遺し、俺は仲間に別れの挨拶をすませた。
「……来たか」
時刻は夜の7時。
季節は夏であるため、外はまだ明るい。
俺は自分の席に座って瞑想していた。
席を立ち、窓を見る。
音も無く現れた黒いローブの人影がそこにいた。
フードを目深にかぶり、表情は見えない。
彼女は巨大な鍵を構え、静かに口を開いた。
「……契約に従い、その命、もらいうけ」
「最後に顔、見せてくれないか?」
堅苦しい文句を言い切る前に強引に会話を切り出した。
「……」
死神女は黙ってこちらを見ている。
黒いフードが邪魔して表情をうかがうことはできないが、迷っているようだ。
そして、それは却下されたようだ。
鍵を構え直し、一気に間合いを詰めてきた。
俺は避けもせず、身構えもせず、それをまばたきせずに見ていた。
振り上げたれた鍵を静かに見て言った。
「お前がいなくなってからさ、お袋、親父もだけど、すっかり人が変わってよ、今じゃ一言も喋りゃしない」
「……」
「頼みがある。俺を消したら、あの家にいてくれないか?」
「……」
「俺は家出した、そういうことでいい」
「……ど」
「いや、できたらでいいんだ。お前が迷惑でなければ……な?」
「……どう」
「正直、俺もお前が」
「どうして……」
「お前がいなくなって寂しかったんだ」
「そん……なに」
「幻聴が朝からとまらなくてよ、たかが数日だってのにお前ってさ、存在感ありすぎなんだよ」
「どうしてそんなに冷静でいられるんですぅか!!!!」
誰もいない校舎に少女の声だけが響いた。
俺はそれに答えず、ただ見つめていた。
「変わってないなその口調、こういうシリアスな場面でもよ」
「……いつもそうでしたね。私の予想を裏切ってばかり」
「気づかなかったのか? 俺って女を困らすのが大好きなんだ」
結構本当のことだ。
「そ、それは……困った人ですぅ……ね」
声が震えているがわかった。
いつの間にか、振り下ろされた鍵もどこかに消えていた。
「……どうした、職務怠慢だな? 死神がそんなんでどうすんだよ?」
死神女はうつむいて、肩を震わせていた。
「……ったく、本当に馬鹿なやつだな」
フードを持ち上げて顔を見る。
泣いていた。あどけない少女の顔がそこにあった。
「そんな顔じゃあ、死神失格だな? どうすんだ?」
「……ふわぁぁあああああああああ~~~~~~~」
大声で泣き出した。
手のつけられないガキが泣き出したように、それはそれは大声で泣く。
俺はそいつを抱き寄せて頭もぐしゃぐしゃと撫でてやった。
本当にしょうがないやつだ。
俺の視界までぐしゃぐしゃだ、まったく。
「契約ですぅか?」
「あぁ、そうだ」
死神女が泣きやんでから、これからのことを話した。
「お前の“しょーもない”行動で契約が破棄された。本来、こういった“魔”絡みの契約破棄の反動で変則的に“魔”が発生することがある。しかし、別の契約を上書きしてしまえばそれを防ぐことができる」
「なるほどですぅ。それで、内容はなんですぅか?」
「俺は“いずれ”お前を封印する!!」
「ん?う~ん……はっ、それってつまり」
こいつ、どうでもいい時だけカンが働くな。
「俺、いや、我が家とはこれから長々と付き合ってもらうぞ」
俺が死ぬまでにこの死神女を封印するということ。
「あ、でもそれって……」
「これからよろしく頼む、ファディ」
「は、初めてその呼び方で……!!」
半ば信じられない表情と嬉しげな表情とが入り混じったファディの顔は実に気持ちのいいものだった。
そうと決まれ善は急げだ。とっとと家に帰ろう。
親父とお袋の機嫌を元に戻さなければ。
それとこの死神女と信頼関係を築きつつ、もう少し困らせてやるかな!
「あぁ~! 今すごくイヤなこと考えてましたですぅね!?」
「……なんのことだ?」
「とぼけないでくださいですぅよ!? また私を困らせようと企んでたんですぅね!?」
「なんのことだかさっぱり」
「う、嘘つくの下手なんですぅよ、広貴さ、んん!!」
五月蝿いガキにはこれでいい。
初めてだったが、これは上手くいったと自負する。
親密になる=封印するための第一歩だ。
「う……広貴さん? い、いま何……を?」
「キッスだ。日本語でいう接吻というやつだ。お前がいた時代にそんな習慣があったか知らんが……」
「あぅ……そ、その~、もう一回お願いしますですぅ~!!」
にぱっと笑顔で返される。
「げっ」
まさかこんな反応がくるとは思わなかった。
予外な展開に思わず俺は駆け出す。
「あ、待ってくださいですぅ~、広貴さぁ~ん! もう一回だけでいいですぅからぁ~」
「知らん! もう二度とするものか、してやるものかぁ~~~!!」
一人前の退魔士になるには、まだまだ時間がかかりそうだ。
~完~
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。
本作で登場した人物は別作品でも活躍させる予定です。
公開したあかつきにはよろしくお願い致します。




