退魔士はクールでいることをやめることになった
起承転結でいう「転」の話のつもりです……
よくわからんご時勢である。
朝から満面の笑みで食事をしている(短期限定の)家族がいるだろうか。
いや、そもそもこいつを家族と認めてしまうのはいかんともしがたい。
なぜなら、それは表面上の話であって、俺としてはさっさと追い出したい気持ちでいっぱいだからだ。
「(はむはむ)おいしいですぅ~♪」
「あらぁ~、ファディちゃんはご飯が好きなのねぇ~」
お袋さんが娘のように可愛がっている紫髪の少女は死神である。
事情を理解している親ならではの冷静ぶりだ。
退魔士とはまったく縁のないお袋がどうしてここに嫁いできたのかがなんとなくわかった。
「……ようは天然なのか」
「何かいいましたですぅか?」
「いや」
短く答えて朝食を食べ終わる。
あとは歯を磨いて家を出るだけだ。
「あ、広貴?」
「なんだ、お袋?」
珍しく真面目な顔をして話しかけてくるお袋さんはどうにも奇妙だ。
ここでいきなり破顔して「何でもないわ(はあと)」と言われた日には、反抗期というものがどういうものか教えてやらねばなるまい。
「ファディちゃんのこと、待ってあげてね」
なんだ、そんなことか。
「……理由は?」
「だって、まだ慣れてない感じだし」
「ご心配には及びませんよ、彼女は馬鹿すぎるほど普通ですから」
そう言って洗面台のほうに向かう。
どうにも新しい物好きのお袋さんは死神女のことを気に入っているらしい。
別に嫉妬という勘定が芽生えているわけではない。
ただ、家が少しばかり騒がしくなったのが気にくわないだけだ。
本当だぞ?
いつもの通学路。
こいつと肩を並べて歩くのも今日で3回目になる。
やはり視線が痛い。
いや、この視線は俺に向けられているのではない。
俺の隣にいる“こいつ”に向けられているのだ。
「学校にいるときぐらいはその髪の色をなんとかできんのか?」
「あうぅ~、この髪、染料を受け付けてくれないんですぅよ」
だったらカツラでもかぶればいい。
だが、高校生がカツラとは……何処かの仮想パーティーになってしまうな。
そもそも、あだ名が浸透してしまった奴に今更髪の色をどうこう言うのは遅過ぎたというオチだ。
「さて、今日も睡眠時間をけずって頑張るか」
とっとと封印してしまえばこんなメンドーなことを考える必要などないのだ。
「あ、そういえば言い忘れてたですぅ~」
声が少し裏返りながら死神女は話をふってくる。
「なんだ?」
「あのぉ~……大変申しにくいのですぅけどぉ……」
前にも言ったが、こういういじっかしいのはかなり嫌いだ。
「いいから、とっとと言え!」
「はひっ、え~と、実は13日じゃなくて……7日だったんですぅ」
「……は?」
こいつの言っていることは全く理解できない。
何が13日じゃくて7日なんだ?
こいつの誕生日か? いや、そもそも死神に誕生日なんて存在するのか?
「じつは13日は『吸血鬼』の契約でして、死神は7日だったんですぅ」
「だから話が見えん」
「契約のことですぅよ!!」
むっとした顔で詰め寄ってくる死神女。
いやいや、さっきの申し訳ない表情はどこに消えたのだ?
まるで、俺がおやつに残しておいたプリンをうっかり食べてしまった顔から、実はそのプリンの賞味期限が1週間も前だったという事実が判明したみたいな顔だな、おい!
死神女は一旦深呼吸をしてから、
「“13日後に命頂きます”じゃなくて、“7日後に命頂きます”だったんですぅよ!」
周囲が固まる。それも真白にだ。
だが決して氷点下まで気温が下がったというわけではない。
俺の思考回路がいきなり働くことをやめたのだ。
そして、10秒くらい経ってからだろうか、ギュイーンと再び動き出した。
そして
状況整理に勤めようと、いつもの3倍~5倍くらい頭を回転させる。
そして行き着く先は…………
「ちょっと待たんかぁーーーーーー!!!!」
ご近所さんなんか知るもものか。
俺は精一杯の怨恨を込めて死神女に怒りをぶつける。
「あぅ……もうしわけありませんですぅ~」
「あぁ、申し訳なんかあってもなくても許すつもりはねぇ!!」
死神女はうつむいて、何かに意を決したように。
「はい、そうですぅね。仕方ありません、私も一緒に死んで差し上げますですぅ」
「どんな理屈だ、それは!!」
どうでもいが、こいつはこの世の生き物ではない。心中したところでどうにでもならないと思う。
それより……
「どうすんだよ!? 後今日入れても」
「4日もありますですぅねぇ~。あ~よかっ」
「よかねぇよ!?」
とんでもないことになった。
こんな試験、早いとこ終わらせるつもりではあったものの、あと4日しかないとなると、話は全くの別だ。
命がかかっている。
今日はこのまま学校を休んでもバチは当たらないのではないだろうか?
とりあえず、家の地下の書庫を荒らすに荒らさなければなるまい。
「とにかく、今日は学校を休む! 親父に事情を話せばちょっとは手を貸してくれるかもしれん。とにかくお前も道ずれだぁ!!」
死神女の首根っこを引っつかんで急いで家に戻る。
「あ~の~……」
「うるさい、黙れ!! こうなったのもお前の責任だろ!?」
現在、封印蔵にいる。
親父はこんなときに限って家にいない。
一応、働いてはいるのだが、とび職なため普段は家にいる。だがこの顛末だ。
死神女には申し訳程度に封印と書かれた札を額に貼りつけておいた。
アゴまである長い札で、前が見えないのは知ったことではない。
とにかく、急いでをなんとかしなければならない。
「まぁまぁ、あと4日もあるんですぅから」
「たっただ! たった4日しかないんだぞ!? どうしてくれるんじゃ、わりゃー!!」
「はぅ……」
ライオンが小動物を威嚇しているみたいだが、別に相手がライオンだったら人間でもビクビクするわというツッコミはいらん、このさい。
「え~と……これじゃねぇ!!!」
重要古文書なんてしったこっちゃない!
これでもない、これでもないと漁りに漁ってこの書庫にはないとわかった時には日が沈んでいた。
「はぁ、はぁ、はぁ……開かずの書庫だ。もうそこしかねぇ!!」
「あ~の~……」
死神女は結局、札を顔に貼られたままぼーっと突っ立ったままだった。
「うるせぇ!!」
今こいつに命乞いしたら助かるかも……と一瞬血迷った俺に喝をいれつつ、親父を探す。
あそこの鍵は頭首である親父が持っているのだ。
まずはリビング。
「親父ぃ~~~~~~!!!」
「あらぁ、帰ってたの、広貴?」
「親父は何処!?」
お袋さんはう~んと考えてポンと手を叩く。
「書斎かしら?」
書斎。
ノックする。
返事なんて待っていられるか!!
「親父ぃーーー!!」
ドバンと戸を開けて中の親父の胸倉を掴む勢いでせま……るはずだったが、
「いねえのかよ!?」
部屋はもぬけの空。
あとは……
「庭だな」
たまに盆栽をいじる爺くさい趣味もあったけか?
「親父っ!! 開かずの書庫の鍵ーー!!」
そこに親父はいた。
「おぉ、どうした? やはり手に負えなくなったのか?」
「敢えて言い返さん! しのごの言わずさっさと渡してくれ!!」
親父は懐から鍵を取り出すと同時に俺はそれをかっさらって書庫に急ぐ。
鍵を開けると、やはりというか、埃くさい。
いや、これは埃ではなく、書物を腐らせないように機械が放っている薬の臭いである。
手前の本から順に探す。
とにかく、項目が死神に関することはそこだけ注視しながら、これも違う、あれも違うと散らかしまくるのは全く気にかからなかった。
そしてついに、
「おっしゃー、これだこれだこれだぁ~~~~~~~~!!!!」
見つけたのは『死神のSUBETE』という本。
“すべて”の部分がローマ字表記なのは敢えてツッコむまい。
そしてこの項目、『死神の封印』。
俺はほっと胸を撫で下ろし、その一行目から凝視しながら読んでいく。
と、
「…………………………なっ、なんじゃこらぁ~~~~~!!!」
おそらく、近所にも聞こえるであろう俺の絶叫がこだました。
主人公の性格が崩壊しかけています。
いや、崩壊しました。




