第2話:獣人の少女と黄金の土(後編)
「……っ……、あ……」
セトの胸元に顔をうずめ、細く震えていたミリアの体温が、徐々に落ち着きを取り戻していく。
極度の飢えと寒さで硬直していた彼女の筋肉が、セトの放つ『聖地創生』の微弱なマナの余波によって心地よくほぐされていくのがわかった。
「……もう大丈夫だ。ここでなら、誰にも怯える必要はない」
セトは優しくそう言いながら、ぐったりと力尽きて眠りかけたミリアを抱き上げ、先ほど急造したばかりの仮小屋の中へとそっと運んだ。
藁を敷き詰めただけの簡素な寝床だが、外を吹き抜ける死の荒野の冷気からは完全に遮断されている。
セトは自身の古い上着をミリアの肩にかけてやり、その傍らに腰を下ろした。
(……それにしても、この荒野の環境は異常だな)
外に目を向けると、先ほどまでセトが魔力を通した一帯を除いて、あたり一面は相変わらず死に絶えた灰色の泥と乾燥した黒土がどこまでも広がっていた。
通常の流刑地であれば魔力汚染が自然に浄化されることはない。
だが、セトの血筋に伝わる禁忌の農法と、祖父から託された「星の種子」が合わさったとき、この死の土地の理そのものを書き換えることができる。
「俺の農業魔術は、ただ作物を育てるためのものじゃない……この世界そのものを新たに耕し、創生するための力だ」
セトは自らの手のひらをじっと見つめた。
王国の貴族や聖職者たちは、この力の真の脅威に気づくことなく、自分を厄介払いしたつもりでいる。
だが、彼らが気づいたときには、この『灰のヴェール・ガルド』は王国ですら手を出せない、圧倒的な富と武力を誇る一大独立領地へと変貌していることだろう。
――ふと、背後で小さなどんたく音がした。
「……ん……ぁ……」
寝台の隅で、ミリアがうわ言のように小さく呟きながら、苦しそうに眉をひそめた。
悪夢にうなされているのか、彼女の小さな獣耳がピクピクと不安そうに逆立っている。
セトは迷うことなく彼女の隣に寄り添い、その冷え切った小さな両手をそっと包み込むように自分の両手で握り締めた。
「……っ……あたたかい……」
ミリアは夢うつつの中でセトの体温を感じ取ったのか、安心したようにふっと表情を緩め、再び穏やかな寝息を立て始めた。
その寝顔を見つめながら、セトは静かに決意を固める。
この荒野で最初に手に入れた小さな温もり。
それを守り抜くためにも、そして自分を切り捨てた王国への復讐と新たな王国の建設を成し遂げるためにも、明日はさらに開拓の規模を拡大しなければならない。
夜の闇が深まり、冷たい風が小屋の外壁を激しく叩く。
しかし、かつては絶望の墓場だったこの場所には、いまや確かな命の灯火と、未来へ向かう二人の息吹が満ちていた。




