第1話:捨てられた開拓者(前編)
王国の中央裁判所から下された判決は、慈悲のかけらすらない、事実上の死刑宣告に等しかった。
重々しい石造りの大法廷に、冷徹な高位判事の声が容赦なく響き渡る。
高窓のステンドグラスから差し込む薄暗い光が、被告席にぽつんと立たされたひとりの少年の影を長く、そして孤独に引き延ばしていた。周囲の傍聴席には、王国の高名な貴族たちや、純白の法衣に身を包んだ聖都の聖職者たちが陣取っている。彼らの視線には、罪人を裁く厳粛さなど微塵もなく、ただ厄介払いが済んだことへの軽蔑と冷ややかな嘲笑だけが浮かんでいた。
「――よって、被告セト・ロウエルをすべての貴族籍、および王国民としての市民権より永久に剥奪する。送付先は、魔力汚染が極まり、いかなる作物も、いかなる生命も育たぬ呪われた死の絶壁――『灰のヴェール・ガルド』。二度と王国の土を踏むことは許されぬ。神の御許でその罪を深く悔い改めるがいい」
バァンッ! と、大理石の机を叩く木槌の音が、重苦しい静寂を切り裂いた。
それが、セトのこれまでの人生を完全に断ち切り、社会の表舞台から永遠に抹殺することを告げる最後通告だった。
周囲を取り囲む貴族や聖職者たちの目は、冷ややかで、そして底意地の悪い侮蔑の色に満ちている。彼らにとってセトは、若くして独自の農業魔術の理論を確立し、旧弊な権威や教会の独占していた魔導経済の仕組みを脅かしつつあった「厄介な異端児」にすぎなかったのだ。かつて実家であったロウエル男爵家も、権力争いに敗れたセトを切り捨てることで自分たちの保身を図り、裁判の場において誰一人として弁護の声を上げる者はいなかった。血の繋がった肉親すら、保身のために我が子を売り渡したのだ。
「……ふっ」
静まり返った法廷の中、セトは乾いた笑みを小さく漏らした。
怒りや絶望に身体を震わせているわけではない。ただ、あまりにも分かりやすい権力者たちの醜い保身と、腐敗しきった世界の縮図を目の当たりにして、深い軽蔑と冷めた哄笑がこみ上げてきただけだ。
「罪人セト、連行しろ」
衛兵長の荒々しい号令とともに、冷たい鉄の枷がセトの両手首にガタリと打ち付けられた。魔力の流れを完全に封じる魔導封印の枷だ。
セトは抵抗することなく、その冷たい石床を引くようにして法廷の外へと連れ出されていった。背後で、まるで厄介なゴミが片付けられたと言わばかりの安堵のざわめきが小さく聞こえていた。
法廷の外に出ると、そこには古びた鉄格子の嵌った護送用の囚人馬車が待っていた。
御者台に座る二人の衛兵は、まるで伝染病患者を扱うかのように露骨に顔をしかめ、セトを乱暴に荷台の奥底へと押し込んだ。
「さっさと乗れ、罪人風情が。お前の行く先は地獄の底だ。せいぜい、冷たい風に凍えながら、一晩で野垂れ死にしないことだな」
ガシャン、と重い鉄扉が乱暴に閉ざされ、分厚い錠前が下ろされる。
馬車が激しくきしむ音を立てて動き出し、セトは固い木板の床に背中を預けて天井を見上げた。
王都の美しい石畳、綺麗に整備された街並み、人々の賑わう活気ある声が、馬車の速度とともに急速に遠ざかっていく。
窓の鉄格子の向こう側に見える景色は、ほんの数時間移動しただけで、次第に鮮やかな緑を失っていった。代わりに目に付くのは、どんよりと淀んだ鉛色の空と、煤けたように黒ずみ、完全に枯れ果てた樹木の不気味なシルエットばかりだ。王国が血眼になって築き上げた繁栄の境界線を越え、一般の人間が足を踏み入れることのない禁忌の領域へと、荷馬車は容赦なく車輪を進めていく。
どれほどの時間が経っただろうか。
窓の外の光がさらに暗くなり、周囲の空気が肌を刺すように冷たくなった頃、馬車が急激に減速した。ガクンと大きな衝撃とともに、車体が完全に停止する。
「おい、終点だ。降りろ」
乱暴に鉄扉が開き、無愛想な衛兵が魔導枷の鍵を雑に放り投げるようにして外した。
自由になった手首を軽く揉みながら、セトはゆっくりと荷馬車から足下を下ろし、荒涼とした大地へと自分の足で降り立った。
(――ここが、灰のヴェール・ガルド……)
視界のすべてを覆うのは、人間の常識が微塵も通用しない、圧倒的な「絶望の景色」だった。




