【第8回:仮想現実という名の「外部OS」 — 肉体の制約を越えて精神を解放する技術】
1. 二拠点生活の「オンコール待機」と、唯一のセーフモード
当時の私は、自宅と実家を往復する二拠点生活の中で、24時間365日の「オンコール待機」状態にありました。いつ警察から電話が来るか、いつ母が事件を起こすか。その緊張感から、実家に泊まり込んでいる夜以外、私は一滴のお酒を飲むことすら自分に許せませんでした。
そんな私にとって、母が寝静まった後の実家の一室は、唯一「鎖」を解いて自分自身のOSをリブート(再起動)できる、至福のセーフモードの時間でした。
2. VR:旅の再開と、精神リソースの「デフラグ」
その晩酌の相棒が、VR(VRChat)でした。HMDを被れば、そこには世界中の仲間が集う酒場があり、何より、目を見張るほど素晴らしい世界の景色が広がっていました。
もともと旅人として各地を巡っていた私にとって、介護による行動制限は耐え難い「仕様バグ」のようなものでした。しかしVRは、私を一瞬で異国の地や幻想的な風景の中へと「転送」してくれたのです。実家の狭い一室にいながら、再び「旅人」としてのアイデンティティを取り戻す。この空間がもたらす旅の体験こそが、乾ききった私の精神リソースを整理し、潤してくれる最大の恩恵でした。
3. 「聖域」ゆえの過負荷と、QoS(サービス品質)の破綻
正直に告白します。そこが唯一の安らぎの場所であったからこそ、当時の私は仮想世界での人間関係に過度な重さを懸けてしまいました。現実世界(介護)の処理負荷が限界を超え、余裕を失った私の「負の感情」が、仮想世界の通信帯域までをも圧迫してしまったのです。
その結果、大切な関係性を壊してしまったこともあります。これはVRの欠陥ではなく、私自身の「壊れかかった心」の脆さが引き起こしたエラーでした。今振り返ると、相手への配慮を欠いた当時の振る舞いには、申し訳なさと共に深い後悔の念が消えることはありません。
4. 「間に合わなかった」というログを、未来の仕様書へ
コロナ禍での入院中、身体拘束によって左手の自由を失った父の姿が、今も脳裏に焼き付いています。肉体が不自由になっていく父と、介護という環境に縛られる私。その両者を救える「代替パス」はVRだと確信していましたが、私の両親にはその実装は間に合いませんでした。
父の左手は固まり、母の認識は霧の中に消えていきました。「もし、もっと早くこの技術を届けていたら……」。その消えない後悔こそが、現在の私の「VR推進」というプロジェクトを突き動かす、最大の推進力になっています。
5. 【提言】肉体という「ハードウェア」の限界を越えるために
介護を受ける側も、する側も、どちらも肉体と環境という「物理レイヤーの制約」に縛られた囚人です。私はVRを単なる遊びとは思っていません。それは、肉体というハードウェアの寿命が来る前に、精神というソフトウェアを自由な仮想空間へとマイグレーション(移行)させ、死ぬ直前まで「自分らしく」あり続けるための解放技術なのです。
「間に合う」人には、今すぐこのOSを手に入れてほしい。
【お知らせ】「VRが救いになるかもしれない。でも、どう導入すればいいか分からない」という方がいらっしゃれば、遠慮なくDMをください。 私が過去の体験から学んだ「VRという新しいOSへの移行手順」を、共に作り上げていければと願っています。
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