【第9回:父のマイグレーション — グループホーム入所と「仕様共有」】
1. 「共倒れ」を回避するための、苦渋のシステム分離
第5回で綴った、母による父への物理的な攻撃。あの事件は、我が家の介護システムが決定的な破綻を迎えた瞬間でした。母の認知症による暴走から父の命を守るためには、もはや「在宅」という一つのサーバーで二人を運用し続けることは不可能でした。
私は、父を施設へ移設するという決断を下しました。しかし、現実は非情でした。
2. 2019年12月17日。凍える夜の「緊急デプロイ」
特養は数年待ち、有料老人ホームには認知症を理由に難色を示される。絶望的な状況の中、救いとなったのは父の担当者の方の尽力でした。新設されるグループホームの予約を取り付け、それまでの「繋ぎ」としてリハビリ施設との根回しに奔走してくれたのです。
運命の日、2019年12月17日。 冬の寒空の下、徘徊していた父が保護されました。その連絡を受けた担当者の方は、勤務時間外であったにもかかわらず、保護されたその足で父を施設へと導いてくださいました。18時を回り、夜の静寂が広がる中での緊急入所。私は職場からタクシーで実家へと急行し、そのまま入所手続きを行いました。
あの時、あの場所で、担当者の方が手を差し伸べてくれなければ、父は冬の夜に消えていたかもしれません。プロフェッショナルとしての献身的なサポートに、今でも感謝の念に堪えません。
3. 「安全」と引き換えの、見えないコスト負担
父の入所によって、物理的な「命の危機」は去りました。しかし、それは新たな、そして終わりの見えない戦いの始まりでもありました。
入所したグループホームは非常に素晴らしい環境でしたが、そのコストは父の年金を上回るものでした。毎月、貯金を切り崩していく日々。エンジニアとして常に「残リソース(貯金)」を計算し、父の寿命と資金の枯渇、どちらが先に訪れるかをシミュレーションし続ける。
物理的な安全を確保した代償として、私は「父が他界するまで続く経済的な時限爆弾」という、精神を蝕む巨大なストレスを抱え込むことになったのです。
4. 2020年4月4日。激変する世界での「オーバークロック」な日々
リハビリ施設での待機を経て、2020年4月4日、父はようやく本契約のグループホームへと移動しました。しかし、その時期は奇しくも新型コロナウイルスの感染が急速に拡大し始めたタイミングでした。
移動直後から始まった「面会禁止」。唯一のコミュニケーション手段が断たれる中、私は父のために衣服、お菓子、洗剤、漂白剤、野菜ジュース、ポカリといった「必要な物の持ち込み」を繰り返しました。独居となった母の徘徊対応や食事準備、そして自身の家庭の役割。
仕事、家庭、介護。さらにコロナ禍という予測不能な変数。すべてを同時に回し続ける日々は、まさに脳が「オーバークロック状態」でした。今振り返れば、自分のことながら他人事のように思えるほどのパワーで、火事場の馬鹿力を数年間出し続けていたのだと思います。
5. 2020年の「ログ」が、未来のバトンになる
今、当時のGoogleカレンダーや記録を紐解いて、私は驚いています。これほどの極限状態にありながら、私は「いつかこれが誰かの役に立つはずだ」と、対応状況を淡々と記録し続けていたのです。2020年の私は、未来に生きる私へ、そして今この記事を読んでいるあなたへ、希望のバトンを渡そうとしていました。
6. 【提言】「安全」にはコストがかかる。だからこそシビアな試算を
介護において「安全」を確保することは、時に経済的な痛みを伴います。もし、あなたが今、親を施設に預けることに罪悪感を感じているなら、まずは「命の安全」を最優先した自分を肯定してください。
その上で、施設選びの際は以下の「見えないコスト」を具体的に確認することをお勧めします。
基本料金以外に積み重なる費用: 医療費、散髪代、おむつ、嗜好品、日用品(洗剤等)など、施設によって負担範囲は大きく変わります。
将来的な値上げのバッファ: 提示される金額はあくまで「最低ライン」です。物価高騰による値上げも念頭に置き、数十年単位でのシミュレーションが必要です。
記録を残し、現状を把握すること。それが、暗闇の中を歩き続けるための唯一の「明かり」になります。
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