第5章 星を織る者たち
その夜。
佐伯は自宅の書斎で、古い万年筆を手に取っていた。
ペン先から漏れる青い光が、闇を照らす。
それは、エイドリアンからの最後の通信装置。
観測評議会に向けて、新たなメッセージを記す。
『K-617の覚醒、完了』
『予想を超える可能性を確認』
『実験の見直しを、強く提案』
送信ボタンに触れる前、佐伯は深く息を吸い込んだ。
この提案は、実験の根本を揺るがすものになるかもしれない。
しかし。
窓の外に広がる夜空を見上げる。
その星々の中に、かつての同僚たちがいる。
人類という存在を、単なる実験対象として見つめ続ける者たち。
彼らには、まだ分かっていない。
この地球という実験場で、予想外の化学反応が起きていることを。
実験者と被験者の境界が、少しずつ曖昧になっていることを。
万年筆が、かすかに震える。
送信ボタンが、青く光を放つ。
そして。
「送信」
佐伯は、決断を下した。
今はもう、エイドリアンではない。
しかし、完全な人間でもない。
その中間にいる存在として、両者を繋ぐ架け橋として。
メッセージは、闇の中へと消えていった。
やがて、この決断が何をもたらすのか。
それは、誰にも分からない。
ただ、確かなことが一つある。
人類には、無限の可能性がある。
それは、実験では測れない何か。
魂の、計り知れない輝きがある。
書斎の窓から、満月が静かに昇っていく。
その光は、地球という惑星を、優しく包み込んでいた。




