第九十六幕
姫が呟いた。窓の外を見れば珍しく太陽が雲に飲まれていた。雨でも降るのだろうか。姫は、悪夢でも見た様に息を荒くした。
「あーあー 今日は寝ないつもりだったんだけど…… むしろ、こんな状況でぐっすり寝られるなんて大したものじゃないかしら……」
「……姫様? 起きられたのですか?」
扉の向こうから聞きなれた声が聞こえてくる。その声は、いつになく落ち着いているように感じた。男は、軽く扉をノックすると続けて応えた。
「アロッサが着付けに参りました。扉を開けてもよろしいでしょうか?」
「……アロッサ? ミリアは来てないの?」
姫の言葉に、男は言葉を詰まらせた。
「ミリアは、現在ミーシャ様の着付けへ向かわれております。申し訳ありません」
「そう………… 構わないわよ。入ってちょうだい」
すると扉から、俯いた表情でアロッサが顔を覗かせた。最後くらい来てくれても良かったのに……
「し、失礼します………… 本日、着付けに参りましたアロッサです。こんな日に私なんかが来てしまって、申し訳ありません……」
「良いのよ。貴方だって、もう一人前なんだから」
姫がそう言うとアロッサは嬉しそうに笑みを浮かべた。アロッサは、間髪入れずに作業へと取り掛かる。いつも以上に時間はかかっていたが、とても丁寧に感じた。
"トンッ トンッ"
再び、扉を叩く音がした。姫は、咄嗟に視線を向けた。
「アロッサ…… 着付けは終わったか……」
「お、オルディボ様? た、ただいま終わりましたが、どうかなさいましたか?」
すると男は、僅かに言葉を詰まらせた。
「"皇帝陛下のお越しだ"」
突如と扉が開いく。
「"おはよう。リアナ…… 良い朝だ……"」
冷気が込み上げる。姿は見えなくとも、ただそれだけで誰が来たのか手に取るように理解できる。恐怖は、扉の前にそびえ立つと、こちらを見下ろすように応えた。
「お父様…… もう、戻られたのですか……」
「リアナ、あまり部屋から出ていなかっただろう。少し外で話さないか」
皇帝の口調は、どこか柔らかいものに感じた。姫は、ゆっくりとした面持ちで部屋を後にする。アロッサも、遅れんと言わんばかり姫の後を追うため扉へと詰め寄る。
"バンッ"
アロッサが視界から消えた。
「リアナ…… なぜ、私がここに戻って来たか、分かるか……」
閉ざされた扉。皇帝は、扉を押さえたまま姫に視線を向けた。
「分かりません……」
「お前の処遇が決まった。明日、移動になる。支度しておけ」
「移動………… 何処へ、ですか…………」
皇帝は、視線を変えた。
「今、それを知る必要はない。すぐに分かる。……話はお終いだ。部屋へ戻れ」
皇帝は、そう言うと扉から手を離した。終わり? 話は終わったの? ミーシャは? まだ、ミーシャが来てない。
姫は、辺りを見渡した。ミーシャが来るまで時間を稼がないと……
「何をしている。オルディボ、リアナを部屋の中へ連れて行け」
どうする…… どうする…… なんとかしないと…… 全部無駄になる。ミーシャが、来てさえくれれば後はどうにでもなる…… いや……
「姫様、部屋へお戻り下さい…… 姫様っ!」
男が、声を大にした。もしかしたら、ミーシャはもう…… 来ないかもしれない。先に手を打たれた? なら…… 私が一人で……
姫は、ゆっくりと腕を伸ばした。
「"お姉様ッ?"」
お久しぶりです。カクヨムでも連載を始めました。良かったら見て行って下さい!




