第七十七幕
生きとし生けるもの全てが寝静まり、空虚な静寂が流れる闇夜に、一点の灯りが蠢く。その兵士は、ランプを手に一人、廊下を徘徊する。
兵士は、鍵を握らしめながら、目的も明かさず、闇を警戒する。
"トンッ トンッ"
突如鳴り響いた足音に、兵士は、颯爽と背負っていた銃に手をかけた。
「誰だ……」
兵士の問いかけに、音は平然と存在を主張する。
「警告する。夜間に宮殿内を歩き回ることは禁じられている。直ちに正体を明かせ。出なければ、誰であろうと、この場で処理する」
兵士は、ランプを地面に置くと、咄嗟に銃を構えた。
「誰であろうと、ですか。随分と物騒なのですね。レナード中将……」
「ミリア…… か……」
中将は、ゆっくりと武装を解除すると、闇から現れたメイドに視線を向ける。
「何をしている……」
「貴方こそ、何をしているのですかレナード中将。撃つつもりも無いのに、なぜ銃など構えたのですか」
「なに……?」
中将は、僅かに眉を顰めるた。
「そうでしょう。本当に、撃つ気があったのなら、侵入者を見つけ次第、威嚇射撃を行い宮殿内に危険を知らせていたはずです。なのに貴方は、それをしなかった。私の正体が分かるまで撃つことを躊躇った。それが出来ないほど、貴方も無能では無いはずです」
「何が言いたいんだ。ミリア……」
「こんな夜中に、隠れて何をしているのですか。最後の見回りの時間は終わりました。全ての兵士は、宮殿外にいなくてはならない時間です。何をされているのですか」
中将は、持っていた銃を再び背にかけた。
「皇帝陛下からの極秘任務だ。お前には関係無い……」
「奇遇ですね。私も、リアナ様からの極秘任務で、今ここにおります」
ミリアの応えに兵士は、帽子のつばを押さえた。
「そうか…… 大変だな……」
「確かめないのですか。私が言っている事が嘘であるなら、私は夜間に宮殿内を徘徊した罪人です。野放しにするべきではないでしょう」
「もちろんだ。しかし、今それを確かめる術は無い。それに、極秘任務であるなら互いに干渉しない方がいい。……失礼する」
中将は、ランプを手に取るとミリアに背を向け歩みを始めた。
「仕方ありませんね。では、今から鐘を鳴らして皆を起こしましょう。皇帝陛下もリアナ様も、すぐに駆けつけるでしょう。そうすれば…… どちらが嘘をついているか、ハッキリしますからッ……」
「"駄目だ!"」
突如、ミリアの視界に銃口が映る。どこから取り出したのか、中将は、携帯式の拳銃を片手にミリアを凝視する。
「この件が他者に知られることは、皇帝陛下の望むところではない。良いか? ここで"見たもの"、"聞いたもの"全て私達だけの秘密だ。お前も私も、今夜、会うことは無かった。良いな?」
「…………」
ミリアは、しばらく無言のまま中将を見つめる。
「……すっかり変わってしまいましたね。昔は、もっと優しい目をしていたのに」
「変わった? 私が? …………それは違うな。"俺"は昔から何も変わってなんかいない。ミリア、お前が勝手に変わったんだ……」
中将は、腕を下ろすと、再び背を向けた。
「そうですか。次に、貴方が笑っている所を見れるのは、いつになるんでしょうね」
「……さあ、どうだろうな。次に、笑う時が有るとすれば、それは、"俺"が死ぬ時だろうなミリア」
中将が応えると、ミリアは背を向け反対側の闇へと姿を消した。
「ッ!」
中将は、咄嗟に振り返ると目を見開いた。




