第七十四幕
ご令嬢が、目を見開いた。
「まず、明日の昼頃から抜き打ちの一斉清掃があるのは知ってるわよね?」
「はい。確かに本に書いてありました」
「そう。本来、貴方は昨日に死ぬ予定だった。そして、二日後の明日に、その死亡が確認される。おそらくだけど、この一斉清掃は貴方の死を想定して予定されたものだと思う。貴方が宮殿内に残した私物、そして生きていた証拠、全てを消すためにね」
姫は、腕を組み、思考を巡らせる。
「ただ、今回は貴方が生きてるわ。だから、お父様は明日の一斉清掃で最後の準備にかかると思うわ。だから、明日手を打つ必要があるの。でないと、もう助けられなくなるから」
「そうですね…… でも、どうやって?」
「簡単よ。お父様は多忙なの。特別な事情がなければ簡単に公務を休めない。そして、今お父様は、その特別な事情に、あの本の喪失をあげた。確かに今後の予定を細かにまとめた本を無くしたのであれば公務に支障をきたすからね。逆に言えば、本が手元に戻れば、即座に公務に復帰する必要がある。だから、本をお父様の元に戻すのよ」
「なるほど。直接渡すのは駄目ですよね……」
「当たり前でしょ。そんなことしたら、即監禁されてお終いよ。それに、仮に渡せたとしても駄目ね。お父様の手元にいったとしても、お父様がそれを黙認する可能性がある。そうなったら、もう手がつけられない。だから、お父様が、目的の本を手にしたと証言出来る人が必要よ」
ご令嬢は、僅かに眉を顰めた。
「となると、その人物は皇帝陛下の探し物が、その本であると知っていて、それでいて皇帝陛下に助言が出来る人間でないといけませんね。いったい……」
「ミーシャ? 貴方、この宮殿に来てから、何度お母様にあった?」
「皇后陛下ですか? そうですね。食事の時と会談の時ぐらいじゃないですか? あと、さっき一度会ったぐらいじゃ……」
「そう。私も同じぐらいよ。でも、知ってるかしら? お母様は、お父様と違ってあまり公務をなさらないの。だから、宮殿内にいる間は殆どの時間、暇にしてるはずよ。それなのに、私達はここ数日、ティータイムに話す事は愚か、廊下ですれ違うことすら無かった。……お母様は、いったい何処にいたのかしら?」
「それって……」
ご令嬢が何かに気づいたように応えた。
「お母様はずっと、本が置いてあった、お父様の部屋にいたのよ。部屋の鍵も持ってたわ。きっと今でも馬鹿真面目に本を探してるんじゃないかしら」
「そうだったんですね。でも、皇后陛下に直接渡すことも出来ないのなら、どうやって本を……」
「それなんだけど。良い手があるわ。本を、元あった、お父様の部屋に戻すの。もちろん、お母様がいない隙をついてね。そうすれば、いずれお母様が勝手に見つけてくれるわ」
姫は、一息吐くと湯船の縁に腰掛けた。
「でも、お姉様! 部屋に入るにはまず鍵がないと……」
「大丈夫よ。鍵なら私が持ってるから」
ご令嬢は、分かりやすく唖然とした表情を浮かべた。
「さっき、お母様が来た時に確かめたのよ。部屋の鍵は、良くかさばるから、みんな特徴的な文様が付いてるわ。だから分かったの。間違いないわ。お父様が私に渡した鍵の最後の一本は、あの部屋の鍵よ」
「えっ…… 鍵があるなら後は皇后陛下がいない隙に本を置くだけで何の問題も無いじゃないですか!」
「残念。大問題よ」
姫は、考え込む様に天井を見つめた。
「おかしいと思わない? なんで、お父様は、この鍵を私に渡したの。普通に考えれば自分の首を絞めてるだけよ」
「確かに言われてみれば……」
「そう。でも、少し考えれば分かることよ」




