第七十三幕
「えっ…………」
ご令嬢は、思わず呆気に取られる。互いの地肌が触れ合い、視線が互いを見つめる。突然のことに、互いが静寂を感じる。
「なんで………… ミーシャを助けて…………」
「……冗談よ。驚いた?」
姫は、先程までとは打って変わって安らかに微笑んだ。
「どういうことですか?」
「ほら、私があんな事言ったら、皆んな驚くでしょ? 誰かが盗み聞きしてたなら、飛んで助けに来るんじゃないかなって思ったのよ。でも…… 良かった…… 誰にも聞かれてないみたいね」
姫は、身体を起こすと、自身の髪を掻き上げた。
「冗談…… だったんですか……」
「当たり前でしょ。貴方に死なれたら私が困るのよ? 冗談に決まってるでしょ」
姫の、言葉に、ご令嬢は僅かに機嫌を取り戻した。…………半分はね。
「良かった……」
ご令嬢も、姫に続いて、ゆっくりと身体を起こす。その様子を横目に姫は、徐に大浴場の湯に脚を通し、浴槽の縁に腰を下ろした。
「さあ、ミーシャ? ……ようやく二人っきりになれたわね。ほら、何か聞きたいことがあるなら聞いてもらって構わないわよ?」
そう言うと、自身の隣が空いていることを暗示する。
「何でもですか?」
「ええそうよ。別に何も無いなら、それでも良いのよ。私の話すことを聞いてくれれば、それで良いから」
ご令嬢は、しばらくなんだ様子で姫を見つめた。
「あの本は…… 何なのですか……」
「お父様の本よ。貴方が来る前日に、お父様の部屋で見つけたの」
「勝手に持ち出したのですか!?」
「そうよ。別に、最初は持ち出すつもりは無かったんだけど、中を読んだら居ても立っても居られなくなったの。それで、咄嗟にね」
「それって…… バレたら大変なんじゃ……」
「大変どころの騒ぎじゃ無いわよ。悪くて監獄、良くても、しばらく部屋に監禁されるでしょうね。お父様が、宮殿に滞在してるのも、その本を探すためよ」
「なるほど…… 珍しく宮殿に滞在されているとは思いましたけど……」
「そう言うこと。ほら、早く来なさいよ。風邪引くわよ?」
姫の身体が湯船に沈む。それを眼前に、ご令嬢が後に続いた。
「はあ…… 良い湯ね。落ち着くわ……」
「お姉様。あの本に書いてあることは……」
「全部事実よ。と言うより事実になるって言った方が良いかしら。あの本の通りに、この国は動くわ。実際に何度か確かめたから間違いないわよ」
ご令嬢は、分かりやすく顔を顰めた。
「では、なぜミーシャはまだ生きてるのでしょうか」
「そんなの決まってるでしょ? 私が、そうさせないからよ」
その言葉に、ご令嬢の瞳が輝く。
「確かに、お父様の権力は絶大よ。でも、絶対じゃない。僅かなズレで、計画は失敗する。ほら、現に今、貴方は生きてるでしょ? 絶対に死なせない。だから、私に協力しなさい。二人なら、絶対に出来るわ」
姫は、突如立ち上がると、ご令嬢の正面に立ち塞がる。
「でも…… 皇帝陛下に逆らうみたいで……」
「ミーシャ? 良いこと教えてある。明日、何もしなかったら貴方、殺されるわよ。絶対にね。断言できるわ」
姫の言葉に、ご令嬢は口を詰まらせる。
「何? 怖いの?」
「いえ…… 別にそういうわけでは……」
「私を誰だと思ってるの? ディグニス帝国皇位継承権第一位べニート・リアナ。未来の…… 貴方の主よ?」
姫は、手を差し出すと、不適にも笑みを浮かべた。
「ミーシャ? 私を信じて。そして、私に従いなさい。必ず、貴方を未来に導くわ」
「お姉様……」
ご令嬢は、そっと姫の手を取った。
「それじゃ、作戦を伝えるわよ」




