第七十二幕
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「さあ、着替えるわよ。私も、少し入りたい気分だっから」
姫は、そう言うと、脱衣室で着ていたドレスを脱ぎ捨てた。
「あの、お姉様…… ちょっと良いですか?」
ご令嬢は、そんな姫を他所に、モジモジした様子で、その場に立ち尽くした。
「どうしたの? 早く脱ぎなさいよ。先に行くわよ?」
「いえ…… その…… やっぱりアロッサだけでも中に入れるのはダメですかね? せっかく、すぐ外に待機してもらっていますし…… 脱衣室までなら……」
「駄目よ。ここは、私達たち貴族専用の浴場よ。許可無しに他の人は立ち入れない。あまり、リスクは犯したくないの。何かあったの?」
「何かあったと言うか…… その…… どうやって脱ぐんですか?」
姫は、思わず言葉を失った。何言ってるの、この子?
「……ちょっと何言ってか分からないんだけど。どういう意味?」
「えっ? あっ! ごめんなさい、お姉様。その…… どうしたら、この服をミーシャの身体から外せるのか、と言う意味です……」
ご令嬢は、申し訳なさそうに応える。
「は? そのくらい知ってるわよ。私が言ってるのは、そういうことじゃなくて、どんな意図があって、そんな質問してるのかってことよ。なにが、『ごめんなさい』よ。馬鹿にしてるの?」
「いえ…… そんなことは…… ただ、ミーシャは普段から、お召し物は全て使用人に任せておりましたので。一人ではとても…… それに、このお姉様の服、何処にも紐が見当たらないんですよ」
「無いもの。見つかるわけないでしょ。着る時に気づかなかったの?」
「はぁ…………」
困惑した様子のご令嬢を前に、姫は、ため息を吐いた。側に詰め寄り、手を伸ばす。
「ほら、手伝ってあげるから腕上げなさい。この服は、頭から脱ぐものよ。貴方達が普段着てるドレスと違って着脱し易いはずよ」
「そうなんですか?」
ご令嬢は、言われるがままに腕を伸ばした。
「あれ? 待って。もしかしてだけど、貴方。下着は?」
「着けてませんよ? 着けないと駄目でしたか?」
姫は、心配そうに、ご令嬢の胴体に視線を向けた。
「当たり前でしょ。ブラぐらい着けないと胸が………… あら、失礼。やっぱり、問題無いわ。気にしないで? 貴方には貴方なりのスタイルがあると思うの」
姫は、満面の笑みを浮かべた。
「……ミーシャ的には、かなりの問題発言ですよ、お姉様」
ご令嬢は、いつになく冷たい視線を送った。
「あっ。一応聞いておくけど下は着てるわよね?」
「下くらいならミーシャ一人で出来ますから。お姉様は、先に入っててください」
「 …………着てないの?」
「着てます」
ご令嬢は、喰い気味に応えた。
「冗談よ。着替え終わるまで私も待ってるから。そんなに怒らないで? それに貴方を一人にするわけにはいかないのよ。心配なの。分かるでしょ?」
そう言うと、姫は真剣な面持ちで脱衣室の扉を見つめた。その扉の、すぐ外にアロッサと中将が待機していることを思い出す、ご令嬢。その姿を他所に、姫は、そっと髪留めを取り外した。
「はやく。身体が冷えたら風邪引くわよ」
「そうですね。でも、タオルがどこにも……」
姫が、ご令嬢の腕を掴む。
「そんなの後で良いでしょ? 何? 今更、恥ずかしがってるの? 昔は良く一緒に入ってたじゃない。ほら、行くわよ」
咄嗟に局部を抑える、ご令嬢。姫は、気にする事なく、その腕を握り、浴場へと続く扉を開けた。姫の視線が、ご令嬢の表情をとらえる。
「アッ!」
"ドンッ"
入室後、すぐに姫が足を滑らせる。巻き添えになるように転ぶご令嬢。仰向けに倒れた、ご令嬢に覆い被さるように姫が、ご令嬢を見下ろす。
「どうしたんですか、お姉様。いきなり転んで。痛いじゃないですか……」
「ミーシャ……」
姫は、自信の髪を、僅かにご令嬢の顔に垂らすと、悲壮な表情を浮かべた。
「お願いがあるの…… 私のために………… "死んでくれない?"」




