第五十二幕
「図書館の鍵だリアナ皇女。いや〜 すっかり返すのを忘れとったものでな。図書館は閉鎖されとるというのに、自由に出入りしているとバレたら大変だ。まったく、危うく図書館内で朝を迎えるところだった。いや、それどころか最後を迎えるところだったかもしれん……」
司書は、そう言うと姫に鍵を手渡した。
「そう…… ところで、貴方部屋はどうするの? 図書館が開いてないのなら、どこで寝るつもりなの?」
「そうか…… 考えてなかったな。以前は、図書館の門前で寝転んでいたが…… 懐かしいな。朝、目を覚ませば、毛布がかかっていてな、仕舞いにはオルディボ殿が隣で壁にもたれかかりながら寝とったわ。偶には良いことも出来るのだなと感心したものだ、まったく!」
「そう…… 良かったわね……」
初めて聞いた。そう言えば、今まで一度もオルディボの寝顔なんて見たこと無い。
「とりあえず、ありがとう。助かったわ……」
「んん?? なんだ、喧嘩でもしとったのか?」
「別に………… そう言えば、貴方、寝るところが無くて困ってるのよね?」
「ああ、そうだな。だが、別に地べたでも構わんがな」
姫は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ちょうど、この真下にミーシャの部屋があるんだけど、一緒に寝てあげてくれないかしら? あの子、一人じゃ寝られないから。貴方が行ってあげたら、きっと喜ぶわよ? それに、オルディボもいるから話は通るはずよ」
「なんだと! オルディボ殿、部屋におらんと思ったら、そんな所におったのか。こうしてはおれん! 今こそ、姉としての威厳を見せねばならん! さらばだ。リアナ皇女!」
司書は、そう言うと勢いよくベットを飛び出した。
「ねぇ、ちょっと気になったんだけど。いい?」
姫が、そう言うと司書は、途端に足を止め振り返る。
「なんだ?」
「貴方、お父様に対しては、随分と丁寧な口調だったけれど。私にはしないのね」
司書は、首を傾げた。
「何を言うかリアナ皇女。我らが主、皇帝陛下の御前であられるぞ。無礼が許されるはずがなかろう」
「そう…… なら、次期皇帝の私にも、同じ様に接するべきではなくて?」
司書は、何故か薄らと笑みを浮かべた。
「なんだ、リアナ皇女。本気で皇帝になれるとでも思っとったのか?」
えっ………… 姫は、思わず言葉を失った。
「何………… その言い方…………」
「言い方も何も、私には、リアナ皇女が皇帝の座に即位する未来が全く見えて来んからな〜」
「ふざけるのもいい加減にしなさい…… 私を誰だと思ってるの? ディグニス帝国皇位継承権第一位べニート・リアナ……」
「"それが何だと言うのだ"」
司書は落ち着いた口調で応えた。
「何を浮かれとるんだリアナ皇女よ。『継承権』だの『次期君主』だの。そんなことを言う輩、"我々"は何人も見てきた。本当に、君主に成れたのは、その中でもほんの一握りだ。まさか、何もしなくても、待っていればいずれ自分の番が回ってくると、本気で思っとるのか?」
姫は、ただ茫然と立ち尽くした。一緒、脳内に伝書の内容が過ぎった。
「おっと、まもなく消灯の時間だったな。では、リアナ皇女よ。私はこれで失礼するぞ。待っておれ、ちっこいの! 今、行くぞーー!」
司書は、そう言うと颯爽と部屋を飛び出した。
「そっか………… 私…… 死ぬんだった……」
姫は、崩れる様にベットに倒れ込む。
「何を浮かれてたんだろう私…… なんで、次期皇帝なんて言えたの…… このまま待ってたって、いずれ殺されるだけなのに……」
ただ茫然と天井を見つめる。何がしたいんだろう私は…… 早く全部忘れたい…… 忘れて、いつもの日常に戻りたい…… ミーシャを助けてるのだって、ミーシャに死んでほしくないから………… それだけ………… それだけ…………
「"違う!"」
姫が、身体を起こす。そっと、胸に手を当てる。心臓の鼓動がヒシヒシと伝わる。
ミーシャが死んだら、私の死も確定する。本当は、怖かったんだ…… ただ茫然としてた。お父様がそうしたいのだから、ただ従えば良いって、そう思ってた…… お父様に迷惑をかけたくない自分と、死にたくない自分が、私の中にいる……
『王子は、何もするべきではなかった……』
皇帝の言葉が、姫の脳内に響く。
そっか…… 私だけじゃない…… お父様も、怖かったんだ…………
姫は、不敵な笑みを浮かべた。
なんで、最初から負けた気でいるの? リアナ、貴方は誰? この帝国の次期君主でしょ? 貴方が君主になった、その未来に、お父様はいるの? ……貴方は、まだ一度も、お父様に負けてないでしょリアナ! 拳に力が入る。
"トンッ トンッ"
姫は、そっと扉に視線を向けた。お父様…… 今日も、リアナが勝ちました。




