エルエ国包囲網⑪
初日の戦いが夜になり終わり、兵達には安らぎが訪れる。
しかし、そんな中で本陣では慌ただしく人が動き続けていた。
今日の戦の結果をまとめ、次の日の戦の作戦を立てなければいけないからである。
「ベルベン。そろそろ、今日の戦死者の試算は出ましたか?」
ゼルバは、最も重要な情報を自分の補佐へと聞いた。
それは、ベルベンにのみ向けられた言葉ではあったが、本陣にいる全ての者が、それに耳を傾けたのだ。
「はっ!エルエ軍5000の――」
ベルベンはもったいぶってから続けた。
「連合軍5000の被害かと思われます」
その結果に対して、喜ぶ者が半分、その逆の者が半分であった。
そして、ゼルバはその逆の者であり、かなり渋い顔をしていた。
「ゼルバ様、何故そのような顔を?このままいけば勝利ですが……」
言うまでもない事だが、元の数に倍の差があるのだから、このままであれば連合軍が6万の兵を残して勝利できるのである。
「もちろん、我々の勝利は揺るぎません。私が求めているのは、もはや勝利までの過程だけです。倍の兵士を有しておきながら、互いに同じ兵損で済まされているのは、とても喜べることではありませんね」
ゼルバの意見に、ベザ王は頷きながらも口を開いた。
「だが、流石は四傑将といったところだ。特に四傑将直属の部隊と思われる部隊は強かった。少し傷を負ってしまったよ」
ベザ王は、当然のように今日も最前線で兵を率いて戦っていた。
その証となる傷を、楽しそうに見せつける。
「おお、王よ。だから、無茶はなさるなと言っておりますのに……」
ベザ国宰相デソウズは、ベザ王の傷の手当てをすぐさま始める。
「いらん。かすり傷だ」
だがベザ王は、そんなデソウズを無下に扱う。
そんな二人を横目に、今度はマチェバナンが口を開いた。
「儂も仕方がない事だと思うがの。後ろがないゆえ、相手も決死の覚悟で戦いに来おる」
エルエ国が善戦している理由はそれである。
しかし、そんな事はゼルバにとてわかっているのである。
「それで、明日はどういたすのですか、ゼルバ様?」
陣形を変えるのであれば、早めに決めなければいけない。
だから、その場にいる者達は、総大将であるゼルバへと早急に意見を求める。
「無論、戦い方は変えません。思ったよりも被害は出ていますが、まだ予想の範囲です。ただ、守の将ズェガェの策にはまり過ぎです。敵を深追いしすぎないように、改めて注意をしておいてください」
ゼルバは冷静に言うと、どこかへと歩き出す。
「ゼルバ様、どこに行かれるのですか?」
「私がやれることはありませんからね、少し夜風に当たってきます。すぐに戻りますよ」
そう言って去るゼルバに声をかける者はいない。
疲れているのは誰しも同じであり、息抜きが必要なのはゼルバに限った話ではないからである。
♦
その少し前、戦が終わったばかりの頃に、アカツキ隊は自陣へと戻って来ていた。
「ジェス、被害は何人だ!」
ギヨウは、戻るなり副長のジェスへと聞いた。
「50人くらいだね」
ジェスの口調は軽かったが、顔はとても悲しそうである。
500という兵数の部隊では、ほとんどの者は知った顔だからである。
「くそっ!50人も!」
それでも、ギヨウは特に仲のよいシンザやダククガ、ダンレンやイイルダの生存は確認できている。
「やはり歩兵の死者が多いな」
今のアカツキ隊は、ギヨウとリーグカルの200の騎兵と、ジェス、ルイグメ、ゼオヤムギアが、それぞれ率いる300の歩兵で成り立っている。
都合上、やはり騎兵に強い兵が集まっている形となるし、そうでなくとも歩兵の死者の方が多いのは必然であった。
そのことを、シルルがギヨウの近くに来て言った。
そのため、ギヨウはそれに気が付く。
「おい、シルル、怪我してるじゃねえか!」
シルルの腕に深めの傷がついている事に。
ギヨウは馬同士を近づけて、シルルの傷がついている腕を取る。
「いや、これくらい大丈夫だ。つっ!」
シルルは慌てて腕を引込めようとするが、そのせいで傷に痛みが走った。
「手当てするから降りろ。ミュエネ、馬を頼む」
「わかったわ」
ギヨウが馬を降りて、シルルに馬から降りるように促す。
シルルからすれば手当くらいは自分でやるのだが、こうなっては聞かないと思い、諦めてギヨウにされるがままに馬を降りて、傷の手当てを受けたのだった。
「別にいいのに、意外と心配性だよな、お前は」
傷の手当てが終わると、シルルがそう言う。
「傷口から感染症になることだってあるんだ。それに、綺麗な肌してるんだから、傷はしっかり治した方がいいぞ」
そう言い返されて、シルルは少し顔を赤くした。
「わかったから、もうどっかに行け。手当は終わっただろ」
そして、照れ隠しに手を振ってギヨウを追い出した。
「なんだよ、まあいいか」
ギヨウは言われるままに、その場を離れる。
そして、どこに行こうか考えたのだが、ふと思いついたように、ふらふらと歩き出した。
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そして、何気なく向かった先で、一人の男を見つける。
「よう」
「ギヨウですか」
それは、ゼルバであった。
前日と同じ場所である。
「総大将が、こんなとこで一人でいるのはまずいんじゃないのか?」
「今、最強の護衛が来たから問題はないでしょう」
「まあな」
二人は笑う。
「どうでしたか、戦の方は?」
「ああ、全然駄目だった。オグルブに会ったけど、すぐにどっかに行かれたよ。その後も、特に何かできたわけじゃないな」
結局、相手の部隊長も討てなかったわけである。
決定的な何かは起きなかった。起こせなかったのである。
「それは仕方がない事でしょう。この戦は長引きますよ。すぐに結果が出るとは思っていません」
「長引くって……どれくらいだと思ってるんだ?」
「私の見立てでは、10日後にタハルニオ城を落とせるはずです」
「なっ!」
それを聞いて、ギヨウは大きく驚いた。
「10日もか!」
「ええ、これだけの大軍同士の戦い。そうそう簡単に決着はつきません」
「そう、いう、ものなのか?」
ギヨウには全くわからないので、返事はしどろもどろになってしまう。
「そういうものです」
ギヨウの様子がおもしろくて、ゼルバはにっこりと笑った。
「ですので、今日戦功を取れなかったからと言って、焦る必要はありませんよ」
そう言うと、ゼルバは立ち上がる。
「もう戻るのか?」
「ええ、明日の準備をしませんとね」
「それもそうだな。まだ戦は長いんだ」
たった今知ったばかりだというのに、ギヨウは知った顔でそんな事を言う。
ゼルバはそれがおかしくて、再び笑ったのである。
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時を同じくして、武の将オグルブの天幕の近くで、ギヨウと戦っていたユレナはオグルブの前で頭を下げていた。
「何故、頭を下げる」
オグルブはユレナに対して問いかける。
その周囲では、彼の妻達がユレナの事を心配そうに見ていた。
「あの少年に勝利出来なかったどころか、顔に傷をつけて帰ってきてしまい、なんと謝ってよいものか……申し訳ありません、オグルブ様……」
心から申し訳なさそうな声で、ユレナは謝罪をする。
「見せてみろ」
そんなユレナの顔を、オグルブは上げさせると、布を少し浮かせて傷口を見る。
ユレナはされるがままである。
「武人の傷は誉よ」
オグルブは、その傷を褒めると、再び布を被せる。
「ありがとうございます」
ユレナは再び頭を下げて感謝をする。
そして、オグルブはそのまま自分の天幕へと向かう。
その間、ユレナが頭を上げることはなかった。
「どうしたユレナ。早く来んか」
天幕の入り口辺りで、オグルブはユレナに声をかけた。
「はっ、しかし、私は勝てなかったのです……」
ユレナの声は尻すぼみに小さくなる。
「ああ、よくやったな。今宵は傷に響かぬよう、優しくしよう」
ユレナの顔はみるみる嬉しそうになっていき、ユレナはオグルブに向かって走り出したのだった。
「はいっ!激しくしてください!」
「ふんっ!そう言われては手加減はせんぞ」
そうして、オグルブの天幕からは、何人もの彼の妻達の、激しい嬌声が響き、夜は明けていくのであった。




