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雨降る夜に想うおはなし

雨がしとしと降る夜。カエルはとても元気です。

そんな夜に常連客のシカが連れてきたのはかわいらしいキツネのお嬢さん。

キツネは言いました。

「私、婚約破棄されたんです」

-*-*-*-*-*-


あめがふろうが

やりがふろうが

なるようになる


-*-*-*-*-*-



夏がそろそろ終わりそうな夜。

暑さがひと段落してほっとするところですが、今日は一日雨が降っています。

しとしと、と葉っぱを落ちる雨は生ぬるい空気に水気をため込んでいくようで、世界をいつもより重たくしています。

いっそザーザーと降ってくれたら気持ちいいのに、とウシは思いました。


「Raindrops Keep Fallin' on My Head ♪」


そんな中、カエルはめちゃくちゃ元気です。

雨の中、黄色いレインコートを着て、透明な傘を振り回しつつ踊っております。

本人は大変気持ちよく歌っているようですが、聞こえてくる音は「ぼえ~」に近い騒音です。

ウシは苦笑しながらそっと窓を閉めました。

まあ、カエルだし。

雨が好きな生き物だし。

というかどっから出したそのレインコート?

カエルなら着なくてもいいんじゃね?

とかいう突っ込みをしないのがウシクォリティ。


そんな雨の中でも、もちろんまんまるカエル亭は元気に営業しています。


「なんだこの騒音!」

「公害!!」


ゲートが開いて出てきたいつもの客たちがカエルの声に苦情を言いつつ店に飛び込んできました。

気にしないカエルを無視してドアを閉め、いつもの席に座ります。


「おや、見ない顔だね?」


グラスを磨いていたウシはシカが連れてきたキツネを見て言いました。

金色のとてもきれいな毛並みと目が印象的なキツネで、しっぽがなんと三本もあります。

キツネはシカに促されてカウンターに座りましたが、しょんぼりと肩を落としていました。


「ちょいと訳ありでなあ。強めの酒でもと思って連れてきたんだよ」


ウシはふむ、と小首をかしげたのち、キッチンに引っ込んでなにやら作ってきました。

下を向いているキツネにそっとグラスを差し出します。


「気に入ってくれるといいんだけど」


中身は半分ほど凍った青い飲み物でした。

キツネは何も言わずにグラスを見つめていましたが、やがてぺろりと少し舐め、ちょっとだけ笑いました。


「おいしい」

「それはなにより」

ウシとシカが微笑みます。


しばらくのち、キツネはぽつりと言いました。


「私、婚約破棄されてしまいましたの」


瞬間、騒がしかった空気が固まった気がします。

実はカウンター席の会話に耳を傾けていた客たちが思ったより重大な事柄に言葉を失ってしまったのです。


「何が悪かったのか……」


と、話そうとしたちょうどその時。


「いやー、今日もいい雨だね! 心洗われるねえ。すがすがしいっ!」

絶妙な間の悪さで帰ってきたのはお約束なカエルでした。


「あ、新規のお客さん? いらっしゃーい!

 何か飲んでる? もっと食べる?

 あらやだ、なんかみんな辛気臭い? 婚約破棄でもされたみたいになっちゃって。はっはっは」


ガチャンとグラスが壊れる音がしました。

真っ青な顔をしたキツネさん手から滑り落ちたグラスは見事に割れ、中身は床に吸い込まれます。

直後、客たちにタコ殴りにされ、ストローを刺されそうになるカエル。


「あ、雨の慕情殺人事件」


意味不明なつぶやきを残して倒れるカエルなのでした。





「いやー、そんなことがあったんだ。ごめんごめん」


いろいろ落ち着いたころ、ストローを忌々しげに投げたカエルはぺこりと頭を下げました。

「で、それは詳しく訊いてもいいものなの?」

カエルママンの目は「聞きたいのだよ」とあからさまに言ってます。

ウシはちょっと呆れましたが、周りの空気もそれに近かったので黙っていました。口に出したら意外にまとまってすっきり、というパターンも否定できないですしね。


キツネはここまではっきりと尋ねられたことはなかったので驚いた顔をしていましたが、やがてぽつりぽつりと話し始めました。



***


私はゼンの伯爵令嬢です。お父様はゼンのお城で宰相を務めております。

私がまだ幼いころ、王家から申し出があり、第三王子、サブロウ様と婚約しました。

王子様の上には二人のお兄様と三人のお姉様がいます。とてもかわいがっていただきました。

サブロウ様は、とても美しい金色の毛と緑の瞳の持ち主で、多くの女性を幼き頃より魅了していると伺っています。私も、その一人だったと思います。


13歳になって、私たちはマジカルドの魔法学院に入学しました。王子が交換留学生として入学したためで、私は婚約者なのでついていくという立場でした。

学院の日々はとても大変でしたが、お友達もでき、充実していました。


サブロウ様も三学年までは王族の一員として立派な態度で学業に取り組んでおられたと思います。

卒業する四学年になり、私も多忙を極めていたのですが、しばらくするとサブロウ様の振る舞いがおかしくなってきていることに気づきました。


まず私のそばに近づかない。

取り巻き以外のものに冷たく当たる。

勉強などに取り組まない。

ご自分の耳障りのいいことしかしない。

そして、傍らに美しい桃色のキツネを連れておりました。


桃色のキツネは光属性を多く持っているという珍しい女生徒で、カグヤ様といいました。

私とは違うクラスでしたのであまり存じ上げませんでしたが、私の親しい友達によりますと、サンからの留学生で町のパン屋で働いていたところ、光属性のためスカウトされて入学したとのことでした。

友達はカグヤ様のことを話すとき、とてもいやらしいものを口にするような口調で「あれとはまともな会話ができないので付き合ったらだめ」と言いました。最初はわからなかったのですが、しばらくして彼女の言葉が身に染みてわかるようになりました。


「あなたね!」


カグヤ様が突然私のもとにやってきたのは、夏休みに入る直前の暑い日のことでした。


「私のサブロウ様に無理強いをしている、婚約者だからって大きな顔をしているのよね!」

カグヤ様によると、私はとてもひどい女だそうです。


1.無理難題を押し付け、サブロウ様を苦しめる。

2.自分のほうが上だと威張り、サブロウ様を苦しめる。

3.爵位がないからとカグヤ様の悪口を陰で言っていじめている。


なんのことだかすべてわかりませんでしたが、爵位があろうとなかろうとアポイントメントも取らずに押しかけてきて、一方的に怒鳴り散らすことは、私にいじめられていることになるのでしょうか? むしろ逆だと思うのですが……。

よくわからないのでそっと通り過ぎようとすると、遠くから走ってきたらしいサブロウ様に突き飛ばされ、罵倒されました。

ビックリしすぎて何を言っていたのかは忘れてしまいました。

ただ、カグヤは私の最愛だとか言っていたのは憶えています。


夏休み中はサブロウ様とはお会いしませんでしたが、ご兄弟の皆様やご両親とはお話ししました。皆様、卒業式明けに私が家族になることを喜んでいると仰って、とても嬉しかったです。


秋が来て、冬が来て、年が明けました。

そのころになるとサブロウ様は本当に人が変わったようで、私とは全く話さなくなってしまいました。

サブロウ様のお友達にはマジカルドの政治家の御子息も多数いらっしゃいましたが、彼らもまた、私を遠巻きにしつつ何か悪意ある仕草をしてくるようになりました。

そのせいか、学内では私が悪いキツネであるような気がしたものです。


そして、卒業式前のパーティの日。

私は大勢の前で婚約破棄をされたのです。


その時のことはあまり記憶にありません。

気づいたら寮の部屋にいて、ところどころほつれて汚れたドレスを眺めていました。

友達が涙を流しながら回復魔法を唱えていたのは憶えています。ありがたかったです。


その夜、私は荷物も持たずに学院を去りました。

マジカルドにいるのも辛かったので、ゲートをくぐってゼンに戻りました。

そのまま家に戻ろうとしたところで、ふと、卒業式のために家族はみんな学園近くに宿泊していることを思い出したのです。

いまさら戻るのも嫌ですし、そもそも戻ったところで両親に合わせる顔もなく、途方に暮れていましたところ、昔仲が良かったそこのボニョ(シカ)様に偶然お会いしましてね。

少し話をしたのち、このお店にお邪魔していますのよ。



***



話し終わると、キツネはふっと一息ついて、ウシが新しくくれたグラスを干しました。


「え、じゃまだ家にも帰ってないの?」

「はい」

「いいのかなあ」


いつの間にか集まっていた常連たちがわやわやと話しています。

シカは複雑な顔をし、キツネに頭を下げました。


「そうと知ってたら……。なんかいろいろすまん」


そのシカの頭をカエルがぽにょんと叩きます。


「痛くはないけれどなんだかむかつくパンチ」


すごいネーミングセンスです。

カエルはキツネの隣の椅子に座ろうとして落ちました。カウンターのスツールはカエルにはちと高いのです。カエルジャンプで何とか座り、キツネにも同じパンチをしました。


「???」


ビックリ顔のキツネがカエルを見ています。


「おめでとう!」

「!!?」

「いやー、よかった。キツネさんがそんなクズと結婚しなくてすんでよかった!」

カエルは嬉しそうに言い、お祝いだ!! と叫んで、ウシにたくさんの料理を頼みました。

「早い段階でクズと切れてよかったねえ。しかも相手が破棄してくれたんでしょ? キツネさん、何も悪いことしてないし、周りにたくさんの証人もいたんだよね? いやー、素晴らしい!実にいい!!」

「か、カエルさん??」

「なんか私まで嬉しいよ。よかったよー。そんなんと一生過ごすなんて地獄じゃん! 相手から一方的になんだし、慰謝料たくさんふんだくれるよ!」

「で、でも私、今回のことが醜聞に……。家族に迷惑を……」

「ケッ! そんなんで醜聞とか言う家族なら願い下げだって言ってやればいいよ。っていうかそんな家族なの?」

キツネは宙を見つめ、首を振りました。

「ならよかった。もしも守ってくれないようだったらここにおいで。ちょうど看板娘が欲しいところだし。きれいなマダムと渋いバーテンと可愛い女の子がいたらこの店さらに繁盛するわー」


きれいなマダム、に無言で突っ込みを入れるシカとゆかいな仲間たち。

もちろんカエルは華麗にスルーです。


「だいたいさ、結婚なんて始まりじゃない。その後のが長いんだから、その長い期間ずっと、へんなのと生活するのは地獄だよ。ゼンの貴族って離婚したら修道院とかじゃなかったっけ?」

「そうです」

「だったらなおさらよかった。人生の墓場になるとこだったのを救われたね。婚約破棄して醜聞っていうけど、時間ができてじっくり選べるってことでラッキー。ほんとよかったねえ。お祝いだね!」


キツネはぽかんと口を開け、しばらくカエルや周りで拍手している常連たちを見つめていましたが、やがて美しく微笑みました。


「そう、なのですね。私、これからですものね」


可憐なキツネの笑顔にみんながホワンとします。

タイミングよくウシが料理を並べ始め、キツネさんいろいろおめでとうパーティが始まりました。




「ところで一つ大事な話なんだけど」

店内に程よくアルコールが回ったころ、カエルはキツネに尋ねました。


「キツネさんはクズギツネが好きだったりしてた?」

もし好きだったらなんかごめん、と言うカエルに、しばらく考えてから、キツネは答えました。


「いえ、ぜんぜん」

「そなの?」

「あ、ぜんぜんってことはないかもです。でも恋愛って感じではなかったと思います。私達貴族の結婚は家同士の契約みたいな感じですので、別に好きな方がいてお子様ができても仕方ないことですし。その方のお子様もちゃんと教育して立派に育て上げる気持ちもありますよ」

「貴族すげぇ」

「愛はないなのね」

「あ、愛がないってことはないですよ。もちろんお互いを尊敬し、愛し合うご夫婦もいます。ただ、始まりがすべて愛ではないってことです」

「そうなんだ」

「そういえば、サブロウ様は婚約破棄の時、カグヤ様を「真実の愛」と仰ってました。愛を見つけたので、偽の愛は去れとか」


ぶほっ!と全員がいろいろ飛ばしました。

「サブロウ、ある意味すげぇ」

「勇者がいる」

「やべぇ、ネタにしてなんか書きたくなってきた」


「残念ながら私には真実の愛はわかりませんが、サブロウ様が見つけたのならばよかったなと思います。いろいろされて腹立たしい気持ちもありますが、なんというか、弟のような方でしたから、遠くで幸せならそれでいいです」

にっこり微笑むキツネ。

「実はボニョ様とここに来たばかりの時は、私、もう死んでもいいくらいの気持ちでした。自分の価値って何だろう、こんな簡単に今までしてきたことが崩されるんだ、となんだか情けなくて。でも、ママ様に励まされて、皆様がお祝いしてくださって、気持ちが晴れてましたわ。明日はきちんと家に戻って、家族にすべて打ち明けます。皆様、ありがとうございます。私、頑張りますわね」


キツネの言葉がマジ天使。

何かに打たれたように倒れる客たち。

カエルはにっこり笑い、キツネにグラスを勧めました。

中身はウシ特製、キラキラパフェ。

きらきらした笑顔のキツネにぴったりなメニューです。




2時間後、キツネはシカに送られて家に帰りました。

まだ夜中ではありませんでしたが、酔っ払いたちも見送りながらそれぞれの家に帰っていきました。

いつの間にか雨も止んで、洗われたばかりの空気が気持ちよい夜です。

雲の隙間からほんのりと照らすオレンジの月とともに客を見送ったウシは、カウンターに突っ伏して半分寝ているカエルを見て微笑み、片付けを始めました。


「いい子だったねえ」


酒にまみれたカエルがふにゃりと笑います。


「人にはいろんな事情があるから、のんびりお祝いとか言ったらいけないのもわかってるんだけどさ。卒業祝いをちゃんとできないかもしれないからと思ったら、なんだか祝ってあげたくなっちゃった」

「そだねえ」

「それにしても、サブロウめ。カエルの呪いを受けるがいい。呪呪呪……」

「人を呪わば穴二つっていうよ」

「ヤバイ、もう死ぬ、助けてウシさん……」

「そんなに呪ったの?!」


ひっくり返ったカエルに慌てたウシでしたが、実はただの悪酔いでした。


後日、キツネの婚約破棄のその後の話をシカが持ってきました。

婚約破棄されたキツネは家族からのお咎めもなく、むしろ家族が事情を聴いてひどく怒っていろいろ対応しているそうです。それを聞いたカエルはとてもとても嬉しそうでした。

婚約破棄したサブロウと真実の愛のカグヤについては興味もなかったので詳しく聞きませんでしたが、なかなかざまぁな目にあった模様です。きっとこれから大変でしょうとのことでした。


それがカエルの呪いかは、もちろん不明です。

婚約破棄物を書いてみたかったのです。

悪役令嬢が本当はいい子、みたいなものをたくさん読んできましたので1回目はそれを使ってみました。

悪役令嬢がベタに悪役ってのもいいなあ。。。

なんだか楽しかったです。

次はお花畑第1弾の王子様を書きたいと思います!

久しぶりにたくさん書いて楽しかったです。ありがとうございました

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