part9 report
ウェルズ家の親子二人の好奇心から生まれた東方潜入作戦であったが俺はまずバーナード・アロンソと連絡を取ることになった。
「待ち合わせはここか」
そこは東方でも治安が比較的いい地域の酒場だった。昼はカフェをやっており夜は酒も出すと言った雰囲気の店舗だ。俺のような若造でも入りやすいのは幸運だった。
「相手はまだ来てないみたいだな」
しかしバーナードとは一体どんな人物なんだろう。紹介してくれたウェルズ家のマリー夫人はざっくりと人柄を説明してくれたがそれも漠然としている。
彼は冒険者の肩書きを持ちながらソフィア誌にその記録を記事として掲載してもらっているらしい。
その記事は独自の視点で描かれておりファンも結構いるとのことだった。
それにしてもなぜ彼が妹の紗々の記事を書こうと思ったのか。謎は深まるばかりだった。
「おう相棒ちょっといいか」
酒臭い息の男が俺に声をかけてきた。
なんで俺に話しかけてきたんだろう。俺がいいカモに見えたのか。
「ああすみません今待ち合わせをしているんですよ」
俺がやんわり断ろうとすると男はにやつく。
「おう誰と待ち合わせなんだ?」
「それはおじさんには言えませんよ」
見ず知らずの他人に俺の東方遠征がばれてしまったらそれなりに大変だ。
一応妹は国王の一人娘のアリサ姫の騎士だからな。
「俺はおじさんじゃなくてお兄さんだぞ」
「はいすみませんねお兄さん」
酔ったおっさんはひたすら俺に絡んでくる。
うーん困ったな。
おれ自身に何かあるわけではないが身内に不祥事があったら妹に迷惑がかかる。
ということで酔ったおじさんの興味を引かないように気を使って対応する。
「おうおうお兄ちゃんずいぶんと冷たいな。おっさんには優しくしろって親から習わなかったか?」
「自分がおっさんという自覚あるんですね」
「おっさんと言うなー。お兄さんと呼べ」
言っていることが矛盾しているがそこは置いておこう。
「はいはいお兄さん。俺はここで冒険者と待ち合わせしているんですよ。もうすぐで来るはずですから席をはずしてください」
「へえ。その相手は何て言う名前なんだ。
「それは……ってあんたに言えるわけないでしょう」
半ばキレ気味に返すとおっさんは愉快そうに笑う。
「おいその待ち人はしばらくやってこないぜ」
「なんでおじ……お兄さんにそれが分かるんですか」
一応丁寧な物言いに訂正しておくとおっさんは気をよくしたのかべらべら喋り始める。
「それは俺も待ち合わせをしているからな」
ん?待ち合わせ?その言葉に嫌な予感がしたが。
「相手は界とかいうウェルズ家の家庭教師だ。なんでも記者志願らしい」
その嫌な予感は的中した。
「俺はバーナード・アロンソ。ソフィア誌の記者をしている。お前さんだろ。記者志願者というのは」
男はにやにやしながら俺に手を差し向ける。
「おう握手」
「よろしくお願いします」
おそるおそる彼の手を握り会釈する。
「あのしばらくやってこないっていうのは?」
「俺の仕上がりを見てくれればわかるだろう」
そう言う意味ではすっかり出来上がっている。彼の酔いが覚めるのにはしばらく時間がかかりそうだ。
「それじゃ話は酔いが覚めてからにしましょうか」
「おい今おっさんを軽く軽蔑していただろ」
なるべく優しい声音を使ったのにも関わらず本音がバレてしまっている。意外と人の心の機微に敏感だ。
一応彼は記者なのだろうと見直した。
だが待ち合わせに酔ってやってくるのはいまいち信頼がおけない。
「その顔は俺のこと信用できないって顔だな」
まさか肯定するわけにもいかないので曖昧に笑っておく。
「いえお会いできて光栄です」
「この酔っぱらいどうにかならないかなって顔してるぞ」
「ははっまさか」
なるべくにこやかに先程までの冷たい対応を忘れてもらえるようにと焦る。
「まあいい。せっかく東方に来たんだ。お前さんにはとっておきの酒を用意してやるよ」
店員に声をかけるとこの店で一番強い酒を注文する。
「さあまずは一杯」
蒸留酒が出され俺は苦笑いを浮かべた。
「なんだあ?俺の酒が飲めないっていうのか?」
半ば喧嘩を売るような口調で男は俺に絡んでくる。
「一度落ち着きましょうバーナードさん」
「俺はその呼び名が気にくわないな」
じゃあなんと呼べばいいのだろうか。
「俺は仕事仲間にはアロンソと呼ばれている」
「じゃあアロンソさん」
「アロンソでいい」
彼は懐からタバコを取り出すとマッチで火をつける。
紫煙を燻らせて息をすっと吐く。
それが絵になる男だった。
「この店は俺の行きつけだ。そう警戒しなくていい」
安心させるようにニッと笑うと俺に出した蒸留酒を一気のみする。
「くう。相変わらずきついな」
ははっと笑うと彼は懐からカストリ雑誌を取り出す。
「ほれこれを読め」
そこにはアリサ姫軟禁状態かという大きな見出しに不安を煽るような記事が載せてあった。
それだけでなく現在騎士修道会が東方の利権を独占していることなどが記されていた。
「これがやつら欲しがっている情報だ」
やつらというのは貴族の中心のオットー家とギルドの支援をしているシュタット家だ。
「ここに書いてあるのはあくまで疑惑だ。それを立証するには膨大な時間がかかる」
それでも続けるつもりはあるかと問われる。
「お前さんはアリサ姫の騎士の紗々っていうやつに興味を持っているみたいだが」
彼女に関わるということは騎士修道会と対立することを意味するぞと警告される。
「今アリサ姫は紗々の屋敷に滞在している。それが表向きの情報だが」
ふうと彼は息を吐く。同時に白い煙があたりに立ち込める。
「実際は騎士修道会が管理する屋敷の中で軟禁状態にあるって話だ」
それは紗々からの手紙の通りだった。
「そのことを市民は知っているのですか」
「おそらく知らないだろうな」
名目上は国王の命令でアリサ姫は東方に遠征している。
「ソフィア誌だと騎士修道会の活躍しか報道されていないからな」
「でもあなたは紗々の記事を書いてくれた。その理由はなんですか」
「ん。まあ男の勘だな」
「勘というと?」
「紗々という騎士はきっと面白いことをしてくれる。そんな気がするんだ」
不思議だ。アリサ姫も似たようなことを言っていた。彼女も紗々に賭けていた。
「でも彼女はほんの子供ですよ」
「子供だから面白いのさ」
男はニッと笑う。
「何も知らないから大人の思い付かないことをやってのける。このドラゴンの案件もそうだ」
東方ではドラゴンが多く生息している。
その多くはおとなしく人間に害を及ぼさないが。
一部は獰猛で攻撃的だ。
そして獰猛なドラゴンほど財宝を蓄えている。
「紗々はドラゴンを倒したあとそいつが持っていた財宝を売り払った。その金を何に使ったと思う?」
紗々のことだから人に預けたりはしないだろう。
「全部シュトーレンに金を使ってしまったんだ」
「シュトーレンですか」
思わず失笑した。なるほど。彼女らしい。
「金をもらった側の店も困ったらしいな。彼らは店舗を増強して新しく西方にも店舗を出すそうだ」
結局国には金が入らなかったが地元はそれなりに潤ったということだった。
「国王は怒らなかったんですか?」
「怒ったというか苦笑いだったらしいな」
本当ならことの顛末を全て記事にする予定だったが後半は都合が悪いのでカットされたというのが実態だった。
「魔族との戦いはどうなっているんですか」
「ああ騎士修道会が裏で談合しているって話だ」
彼らは国を売って東方を新たな国として治めるつもりらしい。
「それじゃ今回の遠征って」
「時間がかかればかかるほど国王側が不利になるな」
そうかと俺はうなずく。
「じゃあ俺は何をすれば紗々やアリサ姫を助けられる?」
それは自問自答のようだった。
「今回の件を明らかにして一旦はオットー家とシュタット家の有利になるようにすることだな」
彼らは国王の権力を吸収しようとしているが国の崩壊は望んでいない。
「でもそれっていずれは国王も」
「お飾りになるだろうな」
アリサ姫と結婚した相手が政治を牛耳るのだろうと彼は告げる。
「まあ彼女もそれを知ってたから紗々を騎士にしたんだろうけどな」
「それも延命措置としか言いようがないが」
まずは魔族との戦争を終結させることだなと男は呟く。
「お前さんにやってほしいことは一つだ」
「屋敷にはいってハインリヒの言動を逐一報告してほしい」
いくら元の家主だからボロは出さないだろうけど何かシグナルはあるだろうと彼は言う。
「やってくれるな記者志願者くん」
男は俺の肩をバンバン叩く。
「わかりましたよアロンソさん」
「だからそこはアロンソでいいって」
俺たちは顔を見合わせ笑いあった。
今日は強い酒がのみたい、そんな気分だった。