part33 father3
奥の部屋に入るとそこにはオットー家の当主が待ち構えていた。
年は五十を過ぎたあたりだろうか。
白髪混じりの頭髪に綺麗に仕立てられた上質な毛織物を身にまとい煙草をふかしていた。
顔つきはハミルによくにている。親子なのだから当然かもしれない。
「どうやらハミルのやつはお前たちを潰すのに失敗したようだな」
開口一番に出てきたのは長男に対する皮肉だった。
「あれほど期待して育ててきたのに私の予想を下回るとはな」
これがいつもの姿なのだろう。
そんな父を見つめるサラさまはどこか震えていた。
「大丈夫ですよサラさま」
チャールズが優しく諭す。そっと背を撫でると緊張が和らいだようだ。
「サラがウェルズ家に厄介になっていると聞いた。マリー夫人もわざわざご足労だったな」
「いえ私としては屋敷が華やいでよかったわ」
一応礼儀としてお礼を言ったようだがこれから先は何が起きるかわからない。
「せっかくの親子のご対面だ。他は席をはずしてもらおうか」
「それはできません」
チャールズはすぐに答える。当然だろう。思い人の父が残虐な人間だと知っていたら放っておくことはできないはずだ。
「あなたはまたサラさまを利用する気でしょう」
「利用?使えるものは使っているだけだ」
その冷たい言葉に胸を痛めるがサラさまはまっすぐと相手を見据えていた。
「父上話があります」
「なんだお前から話なんて。どうせまたろくでもないことを企んでいるんだろ」
オットー家の当主は疑り深い性分のようだ。
騎士修道会のトップのハインリヒも嫌な顔をする。
「自分の娘が話をしたいといってるんだ。その言い方はないんじゃないか」
「オットー家の傍流の出のお前に言われる筋合いはない」
「なっ……」
ハインリヒは表向きはオットー家の傍流の貴族の子供だった。
だが本当は国王の血筋を引く子だ。
オットー家は彼を引き取り養子として育て上げた。
だがハインリヒはその事を知らない。
だからなぜここまで毛嫌いされているのか理解できないのだろう。
「あんたに会うたびに思う。どうしてこんな性格の悪いやつがオットー家の当主だろうって」
「正直なところは父親譲りだな。私を困らせるのが好きなところも」
オットー家の当主は低く笑った。
相手にはわからないと思っているのだろう。だが俺は真相を知っている。
「これ以上話しても埒が明きません。まずはサラさまのお話を聞いてください」
「ふん。まあいいだろう」
先程までは二人きりになろうとしていたが数の多さに負けたのだろう。
ここはすんなりとおれてくれた。
このままだったら交渉もうまくいくんじゃないか。
「父上、あなたのしたことが悲劇を招いたことは理解していますね」
「ああサミー伯の件か」
あれは自業自得だと当主は告げる。
「経営が傾いたなら大人しく事業を畳むなりすることがあっただろう。それを安易に金を借りようとするからああなったんだ」
「それでもあなたが彼女たちを追い込んだのは事実です」
「金が返せないやつらに対する態度というものを教えてやろうと思ったまでだ」
「私を使ってですか?」
その言葉に男はニヤリと笑う。
「ずっと私の言いなりだったお前が私に意見するというのはどういう風の吹き回しかな」
「私にも考えがあるのです」
「ほう是非とも聞かせてもらいたいものだ」
そしてサミー伯の帳簿の写しと懐にあった手紙を取り出す。
「あなたがサミー伯を追い込んだ証拠はここにあります」
「こちらを騎士修道会の皆さんにお渡しします」
「ふん。だが私が直接手を下した証拠にはならないはずだ。疑わしきは罰せずという言葉を知らないのか」
当主はサラさまの言葉にどこ吹く風といった様子で全く取り合ってくれない。だが彼女は諦めてはいなかった。
「こちらのハインリヒさまにはすでにお話ししていることです」
「ああ俺たちももう一度サミー伯とオットー家の関係を洗い出すことにした」
ハインリヒは大きくうなずくと懐から帳面を取り出した。
「これはサミー伯以外の貴族の家の帳簿の写しだ。他の連中もあんたの家から高額の融資を受けていた。そしてごく最近返済を求められたそうだ」
この短期間に何度もな、と付け足す。
「あんたに聞くのは野暮だと思うが実はオットー家は長男ハインリヒとアリサ姫の結婚の件で多額の資金が必要になったんじゃないか」
つまり金に困っていたのはサミー伯だけではなかったようだ。
「俺は二人の結婚に反対だ。何せ他に女がいる男が結婚相手になるなんてアリサ姫が浮かばれない」
ハミルにはリリィがいる。彼も望まぬ結婚をする気にはならないだろう。
「あんたの計画は絵に描いた餅になりそうだな」
「ふん。騎士修道会とやらがそんなに偉いのか?私が育ててやった恩も忘れてのうのうと暮らしているお前には言われたくない」
「父上それ以上は負け惜しみです。お止めください」
サラさまはオットー家の当主を制止する。だが。
「記憶を失ったという噂はたしからしいな。今のお前は私が育ててやった頃の面影がほとんどないぞ」
「どういうことだ?」
「お前とアリサ姫は異母兄妹なんだよ」
オットー家の当主はにやにやしながら話を続ける。
「つまりお前が反対しようとなかろうと今回の縁談にお前が付け入る隙はないってことだ」
「俺とアリサ姫が異母兄妹……」
その事実が信じられないのかハインリヒは呆然としている。
「残念だったな、いとしの姫君とは最初から縁はなかったようだからな」
「嘘だ。俺は確かにオットー家の傍流の家系の出で……」
「お前が忘れているようだからはっきりと思い出させてやるよ」
当主は懐から手紙を取り出す。
「親愛なるオットー家当主へ
此度の件はそなたに迷惑をかけるが我が息子をそなたの養子にしてほしいのだ。悪いことにはならないよう特別の計らいをするから」
そして最後には国王の署名がされていた。
「これでわかっただろう。お前が嫌われているのはその品位のせいではない。生まれが悪いからだ。いや良すぎるということかもしれないな」
当主は愉快そうに笑う。
「ははっ私を追い詰めたと思ったら思わぬことが判明したな」
ハインリヒは虚ろな瞳をしている。
まずい。彼にとってアリサ姫は唯一恋をする相手だった。
その思いが叶わなくても一縷の希望を持っていたはずだ。
「くそっ」
一人悪態をつくハインリヒはどこか悲しげだった。
強く拳を握りしめすぎて血があふれでる。
「父上あなたは最初からこれが狙いで……」
「ふん。ぞろぞろと人数を集めても所詮は烏合の衆。ほころびはどこにでもある」
そして当主は指をならす。
すると使用人が小さなずた袋を持ってくる。
ドンドン。
「お前たちにはこれがいいか」
袋の中には小柄な少年がいた。
そして彼は自分の兄の名を呼ぶ。
「兄上、ちゃーるず……っ」
「あなたは何を考えているんですかっ」
自分の弟であるミルが袋に入れられているのを知り激怒するチャールズだった。
「……なんて男なの」
そしてマリー夫人も露骨に嫌悪感を示していた。
「警護の薄いウェルズ家の中に侵入するのは簡単だったらしい」
当主はふんと鼻を鳴らす。
「さあサラ。ここまでして私を追い詰めたいか?」
「あなたは最低です。自分の父だなんて思いたくない」
「だがその最低な血がお前にも流れている」
その言葉にハッとするサラさまだった。
「確かにあなたはどうしようもない。そして私もオットーの血筋で特殊な能力を持っています」
それが原因で彼女は地下牢に閉じ込められ、当主の悪巧みに何度も利用された。
「ですから私も考えがあります」
そして彼女は手の甲を隠していた布をはずす。
「ここで魔物を引き寄せる私の能力でめちゃくちゃにされたら困るはずですよね」
「ふん。それがお前に出きるのか」
「ええできますよ」
サラさまは苦い顔をして呪文を口にする。
するとその瞬間には竜の形をした魔物が舞い降りる。
「力で脅すとは私と大差ないな」
「いえ私はあなたと違います」
サラさまは俺に目配せをする。
幸か不幸かここには戦える戦力は俺とサラさましかいない。
チャールズはまだ幼いしハインリヒはショックで使い物にならない。
マリー夫人も女性なので戦えそうにない。
「界さま、こちらを頼みます。マリー夫人、チャールズさまとハインリヒさまをつれて逃げてください」
「分かったわ」
自分では戦力にならないことがわかっているのか自分の息子がとらわれているのを気にしているがすぐに言葉にしたがってくれる。
「ミルさまは私が助けますから」
彼女には考えがあるらしい。
「彼は私の家族も同然です。ウェルズ家の皆さんは私を大切にしてくださいました。ここで恩を仇で返すわけにはいかないのです」
そして上空は黒い雲におおわれる。
「くそっサラのやつ。ここまでやるとはな……」
当主は悪態をつきながら部屋の金庫を使用人に運ばせる。
おそらくあれがサミー伯から奪った金だろう。
つまり俺のすべきことは。
使用人たちの動きを邪魔すること。そして魔物からミルとサラさまを守ること。
この二つが出来れば事件の真相は究明できるし、オットー家の当主を追い詰めることができる。
「サラわかっているのか。ここはお前の実家だ。それを破壊することはお前の食いぶちも養えなくなるんだぞ」
「わかっています父上。ですが私はあなたをそのまま放っておくわけにはいかないのです」
どうやら形成は逆転したようだ。
「力を使ったところでそれが本当の答えになるとは限らない」
「いえ私はこの力で皆さんを助けます」
まずはずた袋を抱えている使用人にサラさまが詰め寄る。
「あなたにはわかるはずです。こんなことをしても家のためにならないと」
「くっ。だが当主の命令には逆らえない」
使用人も詰め寄るサラさまに申し訳なさそうな顔をする。
「ここは魔物が襲ってきます。あなたも早く逃げた方がいいです」
「……サラさま我々を恨んでいると思っていました」
「いえ……私はあなたたちに感謝こそすれ恨むことはありませんよ」
その言葉に感極まったのか涙を浮かべる使用人だった。
「成長されましたね……」
ドンドン。
ミルは必死に戦っている。
「そうですね。私もオットー家の空気に染められてしまったのかもしれない。私がしたことは許されることではないはず。ですが事態が収拾したら私も騎士修道会に申し出ることにします」
そしてミルの入っているずた袋を手放すとその場から離れる。
「ミルっ」
俺は急いで彼を抱えあげる。幸運なことに怪我はしていなかったようだ。
「界先生っ」
ミルは思いの外元気だった。
「悪いやつらはぼくがとっちめてやるから」
すると基本的な魔術で魔物を追い払う。
俺も彼に倣いミルとサラさまに近寄ってくる魔物を追い払う。
そしてミルを救ったあとは。
当主を確保。また金庫を絶対に外に持ち出させないことだった。
「界さまっ。向こうです」
金庫を持っている使用人たちを竜の魔物が襲いかかる。
「死んでも金庫を離すなっ」
当主は必死な顔で指示を出す。
だが。
「もうあんたにはついていけないっ」
「申し訳ないですがここは逃げさせていただきます」
使用人たちは諦めたのか金庫を手放し屋敷をあとにする。
残るは当主一人となった。
そう思ったが。
もう一人逃げていないオットー家の住人がいたようだ。
それは長男のハミルだった。
「サラ……お前は何をしてる?」
「見ての通りです」
弁明しない辺り彼女も責任を感じているらしい。
「まさかお前がオットー家を滅ぼす日が来るとはな……」
ハミルはおかしそうに笑った。
「リリィさまは?」
「とっくの昔に家に帰した」
よかったと安堵するサラさま。どうやら二人のことを心配していたようだった。
「お前に心配されるとは俺も複雑だな」
「一応家族ですから」
そういうと二人は同時に笑った。
「なんだかおかしいですね」
「ここは笑うところか?」
兄妹同士思うことが互いにあったようだ。
だが。その二人の交流を邪魔するように。
「おいハミルっ。この金庫を運ぶのを手伝え」
当主は魔物に襲われながらも必死に金庫を運び出そうとしていた。
「兄上っ」
それを止めようとするサラさま。しかし当主はハミルの名を何度も呼ぶ。
「お前には輝かしい将来が待っているんだ。ここで私に逆らっても意味はないぞ」
「あんたはどこまでも高圧的なんだな」
ぼそりとハミルは呟く。
それが彼の答えだった。
彼は金庫を当主の手から奪い出すとサラさまに差し出した。
「俺には必要ないものだ。お前に全部任せる」
「このっハミルっ」
当主は悔しそうに叫ぶ。
だが父の言葉に従うことをやめた青年はその場を去った。
そして残されたのは。
当主とサラさま。そしてミルと俺。
俺たち三人で魔物と戦うのか。
そう思った瞬間。よく知った声がする。
「兄者ー」
紗々がやってきたのだ。
これでもう大丈夫だ。