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part32 father2

いよいよ突入開始だった。

俺たちはオットー家の屋敷に殴り込みにいくのだった。


一緒にいるのは騎士修道会のトップのハインリヒ、ウェルズ家のチャールズとマリー夫人、そしてオットー家の長男の恋人であるリリィだ。


「リリィさま今日はよろしくお願いします」

「お役に立てるなら是非とも協力したいと思っていたのです」


どこか憂いを帯びた顔つきにはっとさせられる。不思議な魅力を持つ女性だった。


今回の作戦は事件の隠蔽を図ったオットー家を断罪するという側面もあったが一番重要なのは彼らが刺客を送ってこないように丸く納めることが目的だった。


果たしてそれがうまくいくのかはメンバー全員の力にかかっている。


「目的地はここだな」


事前にサラさまが手紙を送って話をすることが決まっていたので門の前でベルを鳴らす。


「ごめんください」


すると守衛が俺たちの確認をして中にいれてくれる。


「よく来たな」


それは嫌みのつもりだったのか長男のハミルが俺たちを一瞥する。


「兄上私から話があります」

「どうした?家から逃げ出したと思ったら急に戻ってきて」


彼は尊大な態度でサラさまを見下ろす。


「今までやってきたオットー家の悪事が暴かれる時が来ました」


「ふん俺には関係のないことだ」


証拠はないんだろうと低く笑う。


「俺の女を利用して騙そうとしても無駄だぞ」


その言葉にリリィは苦い顔をする。


「兄上リリィさまは一人の人間であってものではありません」

「それを聞くのは二回目だったな」


興味が無さそうに答える。その冷たさにゾッとするがサラさまは話を続ける。


「あのサミー伯の事件の真相について騎士修道会が捜査をしているのをご存じですよね」

「ああ犯人は誰かわからずじまいのようだけどな」


その陰謀に関わったとは言わない。陰険でしたたかな男だ。


「騎士修道会のハインリヒ殿がいらっしゃるようだが俺は関係ないぞ。事件があったときリリィの屋敷にいたからな」


これは証言通りだ。


「それは嘘ですね」

「どうしてそう判断する?」


俺は見たのだ。あの事件の日二人が中庭にいたところを。


「あの日あなたとリリィさまは中庭にいた。事件が起きたときに騒ぎに乗じて逃げたのは明白です」

「それを証明する方法は?」


「俺とリリィさまの証言を騎士修道会に報告すれば問題ないはずです」

「ふんいくらでも記憶は改竄できるからな」


その言葉にハインリヒが激怒する。


「恋人を利用したあげく疑うなんてゲスのすることだな」

「生憎俺は性格悪く生まれたもので」


男は低く笑う。


「わかってるだろリリィ。お前が俺に不利になることを言えるはずないんだ」

激しい束縛をする男だということはよくわかった。


「サラも珍しく反抗してくると思えばこんなあやふやな情報でよく告発しようとしたな」


自分の妹のはずなのに視線は冷たかった。

サラさまがいつも肩身の狭い思いをしてきたのがわかった。


「ということでお前たちの敗けだ」

「いえまだ続きがあります」


サラさまは兄の言葉に動揺することはなく静かに闘志を燃やしていた。


「こちらが新しい証拠です」


それはチャールズが借りてきたサミー伯の帳簿だった。

そしてパーティーの名簿もしっかりつけてある。


「こちらの名簿には入館と退館両方に名前を記しておかなければならないはずです」


そして退館のときには彼とリリィの名はなかった。


「混乱に乗じて逃げたつもりでしょうけどこれで事件に関わっていないとは言えない状況になりました」


少しずつだがハミルを追い詰めるサラさま。

だが彼はあせるようすはない。


「百歩譲って俺があの場に留まったとしよう。どうしてそれでサミー伯を狙った事件の犯人にされないといけない?」


それは彼が父の命令にしたがってサラさまを使っていたからだ。

魔物を寄せ付ける体質の彼女の事情を知っているのはごくわずかな人間だ。


「それはこの帳簿をご覧ください」


そしてサミー伯の帳簿の写しを取り出す。


そこには多くのキャッシュと長期借入金が記されていた。


「サミー伯のエマ夫人は家の事業が傾いて財政が立ち行かなくなりました」


このとき考えたのは昵懇の仲であるオットー家に取り入ることだった。

彼らに頼れば借金も返せるかもしれないという考えだった。


だがオットー家はそのことを承知で法外な金利で貸し出した。


その結果サミー伯は利息を払うのもやっとというくらいまで落ちていった。


そして最悪の事態になったとき他家から金を借り入れるためにパーティーを頻繁に開いていた。


「父がサミー伯の家に金を貸していたのは知っている」


だがそれがどうして事件のきっかけになるかはわからないとハミルはしらばっくれるのだった。


「それに金は十分持っていたはずだぞ」


エマ夫人はパーティーを開くことで多額の現金を集めていた。

それは返済に当てるためだった。


「でも彼女の目的は果たせないまま返済期限がやって来てしまった」


返ってこない金に対してオットー家の当主はある手段に出ることにした。


それは魔物を襲わせてサミー伯邸をめちゃくちゃにすることだった。

これで金を借りている連中に見せしめるためのことだった。


オットー家を裏切ったらこうなるということを示すためだったのだろう。

そのためにサラさまは利用されたのだ。


「お前たちの主張はわかった。だが実行犯が誰かわからないと意味がないぞ」


暗にサラさまだけのせいにしようとしているのは明確だった。


「確かに実行犯はあの場にいた人間です」


だけどと付け足す。


エマ夫人が集めていた現金がごっそりなくなっていたのだ。

それを持ち去ったのは誰か。


考えてみればオットー家の息のかかった人間になるだろう。


「あなたはリリィさまを隠れ蓑に逃げようとしているだけです」


どうか罪を償ってくださいとサラさまは口にする。


「愛する人間を利用しておとしめて本当に彼女の幸せを願っているのですか?」

「幸せ?そんな言葉役に立たないだろう」


ハミルは低く笑った。


「生まれてこの方幸せとかいう言葉の無意味さに辟易しているところだ。俺は自分のほしいものを手にできればそれでいい」


「人の道に反することをしてでも?」


「この世の中そんなやつばかりだろう」


斜に構えた目でサラさまを見下ろす。


「それに俺は父の命令にしたがっただけだ。あとは全部お前の仕業だろう」


その言葉にサラさまは悔しそうに唇を噛み締める。


「確かにあの日サミー伯邸を私の力で混乱させてしまいました。でもだからこそ関係のある人間が責任をとらなければならないと思うのです」

「理想論だな」


男は口許を歪める。


「世の中理想論でうまくいくことなんてない。いくら証言や証拠があったとしても逃げ道はどこかにある」


そしてお前も事件の片棒を担いでいるんだからなと念を押す。


「今までだんまりを決め込んでいたお前が動き出すとはどういった了見か不思議だよ」


だがここで怯むサラさまではなかった。


「私はあなたと父の暴虐を止めたいのです。このまま行けば家はいつか破綻します」

「破綻?その根拠が聞きたいところだ」

男は余裕のある様子で口の端を吊り上げる。

「オットー家は王家と姻戚関係を結んで勢力を大きくしようとしているのは知っています。ですがこの事件が明るみに出ればそれは頓挫します」

そして国王からの信頼を失うということはつまり領家の人間の品位に関わることだ。

「この大切な時期にあなたが結婚できなければ権力に近づくのは不可能です」

そしてハミルには恋人のリリィがいる。

アリサ姫との結婚が秒読みとなった現在不要な情報は消し去りたいはずだ。

だからリリィの存在が邪魔になる。

「すべてが思い通りになると思うのは傲慢です」

サラさまはそう断言した。

「お前も言うようになったな」

ハミルはぼそりと呟く。


そして最後の一押し。


「リリィさま」

サラさまは彼女に話すよう促す。


「ハミル、聞いてください。あなたはとても優秀な人間ですが人として大切ななにかが欠落しています。これまでのやり方を続けたら今はうまくいっても先は見えません」


「お前が俺に意見するとはな」


男はおかしそうに笑う。


「私はあなたのことを愛しています。だからこそ人として全うな道を歩んでほしいのです」


リリィは男の手を強く握る。

歪な関係ではあるが彼女はハミルを愛しているようだ。


冷酷で残忍な男に投げ掛ける言葉は普段のおとなしい姿からは想像もつかなかった。

「あなたのしたことは決して許されることではありません。でもやり直せるのならば私と一緒に償いましょう」


リリィから強い意思のようなものを感じた。

「やり直す?もう遅い」

ハミルは苦々しい顔だった。

「俺の体にはオットーの血が流れてるんだ。普通はおかしいこともまかり通る、そんな世界で生きてきたんだ」

だから非難されることは百も承知だったようだ。

「憎まれ役はいつも俺だったからな」

父親の操り人形として生きてきたのはサラさまだけでなくハミルも同じようだった。

「だから持てる分は少しでいい。腕の中に入るものだけを大切にできるのならそれだけでいい」

彼はリリィの腕をつかむ。

「俺から逃げたら許さないからな」

口調は不遜だが姿を見れば幼い子供が母親を求めるようなものだった。

「ハミル……」

俺たちにはわからない関係性だが危うい均衡で成立した恋情だった。

「サラ、俺はお前を認めないからな」

「わかっています」

だけど先程とは変わって声音は柔らかくなっていた。

「考えが変わった。父にはお前を潰せと言われていたがそういうわけにもいかなくなった」

男は続ける。

「どうだ?一度父に会ってこい」

ハミルは応接室の奥の部屋のドアを開ける。

この先は当主の書斎だった。

「サラさま大丈夫ですか?」

チャールズが気遣わしげな視線を送る。

「はい。これでまた一歩進めた気がします」

次は強敵だが彼女は怯んでいなかった。

彼女はウェルズ家に来て本当に強くなった。


残るは決戦だった。

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