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part21 lesson

俺はチャールズにワルツを教えることになった。

ワルツはダンスのなかでも男女が二人きりになれるので人気の高い踊りだった。


「いちにっさん、いちにっさん」

拍を刻みながら定められたステップを踏む。


俺が女性役でチャールズはリードする男性役だ。

時おり足がぶつかり合ってしまうのは練習と言えど結構いたい。


「そろそろ休憩にしようか」

基本ステップはおおむね覚えられた。

彼は飲み込みが早いのでこの分だと次の晩餐会には間に合いそうだ。


「先生、まだ練習しても大丈夫ですよ」

彼はそういうが息は上がっているのであまり説得力はない。


「ちゃんと休憩するのも大事なことだぞ」


そういうとチャールズは納得したらしく壁にもたれて休み始める。

ちょっとだらしないが人の目がないので細かくは指摘しない。

彼も疲れているんだろう。一日練習詰めだったから。


「疲れたか?」

「それなりに。先生は元気ですね」


それは俺の方が小さい彼より体力があるから当然だ。


「普段魔法の練習ばかりだからな。たまには体を動かすのもいい」

「ははっ。先生には負けました」


へとへとな彼が弱音を言っているのが珍しくて俺は深く探る。


「どうした。社交界デビューするんだぞ。楽しみじゃないのか?」

「先生は浮き名を流しただけあって慣れていますが僕ははじめてなんですよ」

緊張するじゃないですかと笑う。

「もし相手役が申し出てこなかったらとか心配になるんですよ」

普段は自信満々なのに女性関係になると慎重だ。

「でもこうして君も大人の階段を上っていくんだよ」

「そうですね。早く両親の納得する相手を探して僕も家督を次ぎたいです」

相変わらず真面目というか気が早いというか。

「まあ今回は君のデビューが重要だ。結婚まで考える必要はないんじゃないか」

「そうですね」

納得しているのかしていないのかどこかぼんやりとした返事だった。


そろそろ練習を再開しようとするところだった。

こんこんとレッスン室の扉をノックするおとがする。

「どうぞ」

「おじゃましまーす」

弟のミルと母のマリー夫人がやってきた。

「敵情視察にやってきたわ」

「敵情視察ー」

二人は休憩中の俺たちを一瞥すると素直な感想をのべる。

「練習中にやってくればよかったかしら」

「そうだねー」

二人が一緒にいたら練習に集中ができないのでそうじゃなくてよかったと心から思う。

「それで今度の晩餐会の件なんだけれど」

「エマ夫人が開かれる晩餐会の日取り決まったんですか」

「ええカードが届いたわ」

エマ夫人はサミー伯の家を取り仕切る女性でありパーティー好きでも有名である。

実質彼女の取り計らいでチャールズの社交界デビューは決まったようなものだ。

「気の利いたお返事を書かないとね」

カードの返事は社交界に参加する上で重要なものだった。

特に断るときはウィットの富んだ言い方をしなければ今後呼ばれない可能性もあったからだ。

ダンスといい手紙の書き方といいチャールズにはやらなければならないことが多々あった。

「それに今回は朗報よ。オットー家の末娘がいらっしゃるそうよ」

オットー家といえば元老院を影で支配している上流貴族である。

たしかその長男がアリサ姫の婿として迎えられる可能性があるという話を聞いたが。

「オットー家はいずれは国王を輩出すると言われている家よ。チャールズもチャンスがあれば彼女のハートを射ぬいてきなさい」

「マリー夫人初めての社交界でそれは難易度がいささか高すぎるかと」

俺が苦言をていすと彼女はからからと笑った。

「あらそのくらいできてこそウェルズ家の長男かと思うのだけれど」

この人確実にチャールズを煽っている。

「オットー家の末娘とダンスを披露してくれたら界の扱いも考えてあげるわ」

気まぐれに俺の待遇もよくしてくれると発言したがそれも本当かどうかはわからない。

ただ彼女は今回の晩餐会にかなり乗り気だということだ。

「僕だってそのくらいできますよ」

そしてあおられた当の本人はというと負けん気に火がついたようだった。

この親子仲が悪いが似た者同士らしい。

「初めての社交界くらいおちゃのこさいさいですよ」

表現が今の子供にしては若干古くさいが指摘はしないでおこう。

というかそれよりも俺は彼の家庭教師として彼を守らなければならない。

「チャールズ、あんまり無理する必要はないからな」

仕えている人の面前で反対するようなことをいっていいのかは考えたが今回はさすがに彼には荷が重すぎるだろう。

「先生まで何をおっしゃいますか」

彼はいつもの冷静さを失って強気だった。

チャールズも母親が関わると周りが見えなくなる性格のようだ。

その気持ちはわからなくもないけれど。

「君がしっかりしているのはわかるけど晩餐会では無理なくそつなくこなす方が無難だぞ」

わざわざ自分から高嶺の花に挑む必要はない。

「社交界っていうのは魔物が潜んでいるんだぞ」

これは俺の経験から言ったことだ。

「魔物?そんなものがいるなら見てみたいものですね」

若さゆえの怖いもの知らずというか彼はまったく相手にしなかった。

「先生、そのための特訓ですよね」

「ああ」

あまりの圧力に俺はたじろぐしかなかった。

おそるべしウェルズ家母子。

「ねえねえ僕も晩餐会にお邪魔したいー」

大人組三人の会話になかなか入れなかったミルが自分の希望を口にする。

「ダメだよ。子供はうちでお留守番」

「えー」

チャールズが兄らしくミルを諭す。

「社交界には魔物がすんでるって界先生が言ってただろう」

こんなときだけ俺の発言を利用するチャールズだった。

「魔物って何ー?怖いのー?」

「うん。ミルなんて一口で食べられてしまうくらいの大きさの化け物だよ」

「うー。怖いー」

ブルブルと身体を震わせるミルを見てチャールズは笑う。

「大丈夫だよ。おうちにいればやってこないから」

「でもみんなは魔物がいるお屋敷にいくんでしょう?」

彼の言い訳の弱いところをつく発言だった。

「僕たちは大丈夫だよ。だって界先生もついているから」

「母上もー?」

「ああ……。そうだよ」

ここで母の名前が上がって苦い顔をするのがチャールズらしかった。

彼の地雷は分かりやすい。

「僕と界先生は魔物に負けないよう秘密の特訓をしているからミルは一人で文字の読み書き頑張るんだぞ」

それでも兄らしく弟の教育にも目をまわす余裕もあるようだ。

そしてチャールズをあおった当の本人はというと。

「伝えるのが遅れて悪いけれど界にも招待状が来ていたわ」

つまり俺の仕事は晩餐会でチャールズを見守るということだ。

「そしてあなたにはもうひとつ仕事があるわ」

「なんでしょう」

「エマ夫人が定期的に開いているサロンに参加できるよう手はずを整えてほしいの」

つまり俺がサミー伯に接近して更に関係を深めてほしいということらしいが。

「それはウェルズ家のためですよね」

「もちろんそうよ。そしてゆくゆくは家督を継ぐチャールズのためでもあるわ」

その言葉に責任が更に重くのしかかる。

「承知いたしました」

「わかればよろしい」

社交界には魔物がすんでいるといったのは俺だが。

この家にも確実に魔物が住み着いていると感じたのだった。

「さてこれで話がまとまったから引き続き練習頑張って」

かくして俺たちはエマ夫人招待の晩餐会に参加すべく特訓を続けるのだった。


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