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part20 return

「結局お前さんの得た情報ってのがこれだけだなのが不思議だな」

東方でバーナード・アロンソと会ったのは数か月前になる。

俺は彼の一言が頭の片隅から離れない。

「騎士修道会の利権の問題も王族が入ったことによって解決したように見えるが実際はオットー家とシュタット家が一枚噛むことで調和がとれたように見せかけているしな」

どうやらアリサ姫が裏で工作していたらしい。

ハインリヒに統治を任せる代わりに土地の権利の一部を両家に貸し与えていた。

「ま、面白い情報があったら引き続き俺に情報を流してくれよな、記者志願者君よ」

彼のにやついた顔が忘れられない。

嫌な予感とかいうやつだろうか。

だが俺もずっと東方にいるわけにはいかなかった。

家庭教師の仕事は継続してあったし肝心のアリサ姫と妹の紗々が王都に戻ってきたのだ。

俺は妹をサポートするために自分の職業を選んだ。

そのためなるべく彼女のそばにいられることを望んだ。


「ねえねえ先生なに考え事してるのー?」

ウェルズ家の次男坊ミルが俺に声をかけてくる。

「ああすまない勉強の途中だったな」

「別に構いませんよ」

兄のチャールズが羊皮紙に魔術の綴りの練習をしながら返事をする。

そうだ。彼の好奇心のせいというかおかげというか。

とにかく彼と母親のマリー夫人が長期休暇を了承したおかげで俺は東方遠征に参加することができた。

それには感謝しているが。

「それで土産話のひとつでもしてくれないのですか」

「勉強が終わったらな」

この頃彼は俺の言うことを素直に聞いてくれるようになった。

それは良い傾向だ。

兄のチャールズが大人しくしているせいか普段やんちゃなミルも彼に合わせて真面目に勉強してくれている。

「で、僕は今回の範囲一ヶ月前に独学で終えているのですが」

「げっ」

つまり本来ならもっと進めてもいい状況だったということだ。

「僕もこの数ヵ月遊んでいたわけではありませんから」

先生とは違ってと付け足される。

俺も遊んでいたわけではないからと否定したかったが端から見ればなにもしていないように見えたのだろう。

だがそれでいい。

王家の秘密を知ってしまった以上俺の命の安全は保証されない。

世の中知らなくていいことは山ほどある。

そのうちのひとつに関わってしまったなどと他人に言いふらす気はない。

それが雇い主のウェルズ家の人間だったとしても。

「募る話もあるがまずはお土産だ」

「シュトーレンですか」

聖夜が終わったあとの安売りのやつを買ってきたのが不味かったのか彼は不満げだった。

「東方じゃなくてもこれって手に入りますよね」

「そうだったか……」

自分としては名案だと思ったがチャールズには見慣れたものだったらしい。

「他になにかないのですか」

「すまん何もない」

休暇中はお給料が降りなかったので俺の財布はピンチだった。

それなので安売りのものにしたのだが。

「まあ仕方ないですね。貧乏な界先生にはあまり期待していませんから」

ついでにアリサ姫にも借金があるので収支はカツカツだ。

あのときバカ高い買い物をしなければと今となっては思うのだが当時は唯一の肉親の紗々と別れるということで頭がいっぱいだった。後悔先に立たずだ。

まああれは結果的に紗々が喜んでくれたからいいかと一人納得させるのであった。

「界先生また違うこと考えてるー」

「先生ぼんやりしていると職務怠慢で母に言いつけますよ」

言いつけなくとも彼が実質雇用主のようなものだ。母のマリー夫人は放任主義なので細かいことはチャールズに一任されている。

「悪い悪い。じゃあ勉強が終わったら昔話でもするか」

「僕は東方での話が聞きたいです」

そういうともうスピードで課題を片付けるチャールズだった。

「しかしもう闇魔法の範囲にまで手が回ってるとは勉強早いな」

「いずれは僕がこの家の当主になりますから」

それまでに必要な知識は身に付けたいのだと彼は語る。

「僕がミルとこの家を守るんだって決めてますから」

若いのに考えることは大人だ。その責任感が彼を潰さないといいのだが。

でも弟のミルが見守っているから大丈夫だろう。

放任主義のマリー夫人も仲は悪いが息はぴったりだったし。

「妹の紗々さんが活躍しているのはソフィア誌で確認しましたよ」

「おおありがたい」

「あとバーナード・アロンソって人から記事の原稿料が送られてきましたよ」

記者見習いだから書いた記事の原稿料がいただけるとは思わなかったからラッキーだ。

「じゃあこのお金で君たちにプレゼントを贈ろうか」

「わープレゼントー」

弟のミルは無邪気に喜んでいたが兄のチャールズは別だった。

「先生無駄遣いは感心しませんよ」

「無駄って。これは俺がやりたいからやってるんだよ」

「僕たちに使うより他にすることありますよね」

まだ小さい子供のはずなのにその視線は厳しかった。

「は、はい」

俺がシュンとなるとチャールズは苦笑する。

「気持ちはありがたいですけど貯金ゼロ収入不安定な界先生はもっと自分のことを考えてくださいよ」

「俺のこと心配してくれてるんだな」

ありがとうと感謝すると彼はそっぽを向いてしまった。

「別に先生がいなくなったら家庭教師に困るのは僕ですし」

今まで多くの家庭教師をやめさせてきたことを思い出したのだろう。

「僕も前の自分とはちがうので小さいことには目くじらを立てるつもりはありません」

ただ金銭トラブルだけは勘弁してくださいと告げられる。

「わかってるよ」

貯金はすっからかんだったがアリサ姫の借金以外は金は借りていない。

屋敷を引き払った代金も残っているし父の遺産に手をつける必要はなくなった。

「ウェルズ家のみなさんのおかげで俺は生きていけるよ」

手を合わせて拝むとチャールズは苦笑する。

「僕は大したことはしていませんよ」

雇い主は母ですしとそっけない返事だ。

「なんだか土産話を聞く前に説教になってしまいましたね」

「せっきょーってなに?」

「界先生を叱ること」

弟のミルが質問し兄のチャールズが答える。

「これじゃどっちが先生か分かりませんよ」

やれやれとため息をつくがどこか彼は嬉しそうだった。

「でもよかった。無事に戻ってきてくれて」

「俺は危険なところには行ってないからな」

「うそつき」

ソフィア誌の記事を読んでいたチャールズは俺の動向も確認してくれていたらしい。

「紗々さんと二人で魔族と戦ったのだって記事に載っていましたよ」

「そこまでバレてたか」

俺が苦笑するとチャールズは今度は肩をすくめる。

「僕だって先生の心配くらいしますよ」

こほんと咳払いをする。

「先生は自分一人で生きているつもりかもしれませんが僕にとってはあなたは他人ではありません」

「そうだよー僕たち友達でしょー」

「チャールズ、ミル……」

何だか感動してしまった。今まで紗々と二人きりで生きてきたからこうして他人から優しく接してもらえることが少なかった。

「二人ともいい子に成長したな」

「いい子って何ですか」

気恥ずかしいのか横を向いてしまうチャールズだった。

一方のミルは。

「そうだよー僕たち立派でしょー」

誉められて嬉しいのか誇らしげに胸を張る。

「ああえらいえらい」

金髪の柔らかな髪をすくように触れると彼はくすぐったそうに笑った。

「先生やめてー」

きゃっきゃと騒ぐ姿は年相応でかわいい。

チャールズはそんなミルを眩しそうに見ている。

兄と弟でこんなに違うのが面白い。


こんこんと扉が叩かれるおとがする。

「界、チャールズちょっといいかしら」

兄弟の母親のマリー夫人だ。

彼女はレースのドレスで着飾っていて美しかった。

息子と同じブロンドの髪は綺麗に整えられていて思わずため息をついてしまいそうだ。

「長期休暇明けに突然頼むのもなんだけど」

彼女は自分の髪を触りながら話を続ける。

「今度チャールズが社交界に出ることになったわ」

社交界とは久しぶりに聞く単語だ。

俺も金がないときは女性たちが集まる社交場に顔を出したことがあったっけ」

「君はたしか初めてだよな?」

彼に確認するとチャールズはこくりとうなずいた。

「はい。僕もそろそろそういうことになれないといけない年齢ですから」

彼も納得してのことらしい。そうなると責任重大だ。

「界にはダンスのレッスンと文章の練習をしてもらうことにするわ」

俺も人にダンスの指導をするのは初めてだ。

上手くいくといいが。

「承知いたしました」

「界先生よろしくお願いします」

かくして俺とチャールズのレッスンが始まった。

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