part13 dawn2
「紗々をおいて一人で捜査とは兄者も隅におけないねー」
俺の妹である紗々はニッと笑う。
「悪いな」
彼女は俺の前に立つと敵であるハインリヒを攻撃する。
「行けえええ」
水の魔術を使って彼を足止めする。
「おいよく聞け紗々」
その間にも俺が騎士修道会の長であるハインリヒを倒す方法を指示する。
「やつは悪魔憑きだ。聖なる魔術で俺が彼を浄化する。紗々はもうひとつの悪魔を倒してくれ」
「りょうかーい」
彼女はうなずくとレヴィ・アタンに向かっていく。
「兄者ーハインリヒは任せたからねー」
「おう」
紗々が戦っているのを横目に俺は浄化魔法をハインリヒに使う。
「天にまします我が主よ……光の力を我に与えたまえ」
「うっ」
彼は苦悶の表情を浮かべながら剣を床に突き刺す。
「なんだこの力は……」
そして俺を睨み付ける。
「お前が俺のことをこそこそ調べているのは知っていた。だがまさか俺のあとをつけてきているとはな」
なにかを憎悪するような表情だった。
「いやそれも承知で今日はレヴィ・アタンを召喚したんだ。この地は荒れ果てている。魔族と協力しなければやっていけない」
その言葉に嫌な予感がする。
「もしかして」
「そのまさかだ」
男は低く笑う。俺の予測が正しければこの場所は魔族たちに囲まれているはずだ。
「魔族たちがお前らを攻撃しようと今か今かと待っているところだ」
ハインリヒは胸を押さえながら話を続ける。
「お前らにとって俺は国に害をなす魔族と似たようなものだろうな」
確かに魔族と協力して王族を滅ぼそうとしている彼の動きは止めないといけないものだった。
「だけどなそれでも俺には意地というものがあるんだよ」
彼は憎しみに満ちた瞳で俺を見下ろす。
「お前は何を憎んでいるんだ」
「言わなくても分かるだろう。俺は王族そのものが憎いんだよ」
彼は苦しみながらも自分の信念に基づいて行動に移す。
「だから王族に近いお前ら兄弟も邪魔で仕方なかった」
遠くで剣と剣がぶつかり合うおとがする。紗々とレヴィ・アタンが戦っているのだ。
「俺はアリサ姫と結婚することも叶わないからな」
それはどういう意味だろう。
「知らないのか。俺はアリサ姫の腹違いの兄なんだよ」
だからと彼は漏らす。
「俺は自分の身の上を呪って生きてきた。もし俺が国王の嫡男として認められていられればこんな辺境に追いやられることもなかったんだからな」
騎士修道会が東方へ進んだのもハインリヒの生い立ちが関係していたのか。
「アリサ姫を囲い混むのは簡単だったよ。彼女は抵抗すらしなかったのだから」
彼は己の思いを口にする。
「あんな娘一人に俺の手柄を奪われるわけにはいかなかったからな」
「だから紗々の功績まで奪い取ったというのか」
「ああ。やつは俺のために十分働いてくれたよ」
ニヤリと笑う姿はどこか苦しそうでもあった。
「俺にハインリヒを断罪する資格はないと思っているけどな」
「一つだけ言わせてもらう」
「なんだ?説教でもするつもりか」
もはや自分は勝てないと悟ったハインリヒは魔族の応援を待っているようだ。
「説教じゃない。ただあなたの生い立ちから騎士修道会のトップにまで成り上がるのには相当な努力をしたはずだ。その原動力がなんであれ」
「ふっ。俺を誉めても何も出ないぞ」
「あなたは俺が憎いといった。それは俺たち兄弟が国王に目をかけてもらっていたから」
実子であるハインリヒは蔑ろにされたと感じたのだろう。
「アリサ姫が抵抗しなかったのだって彼女はあなたが自分の血を分けた兄弟だって知っていたからじゃないか?」
「くそっ。ごたくはもういい」
アリサ姫のことを指摘すると彼は複雑そうな顔をした。
「もし仮に国王のことを本当に憎んでいるのであればあなたはもっと過激なことだってできたはずだ」
それをしなかったのは心の奥底で本当は別の思いがあったからではないか。
「あなたはただ認められたかった。父である国王に。そうじゃないですか」
「ふんっ。そんなわけあるか」
「俺はそう思いますけどね」
紗々の手柄を横取りしたのもその報告を国王にするためのはずだ。
「お前の言っていることは筋が通らない」
「あなたの言っていることもです」
自分でも追い詰められているのが分かるのだろう。額に汗を浮かべて眉を寄せる姿は苦しそうだ。
「俺がそんな小さな理由で国ひとつ滅ぼそうとするか?」
「人間が動くのなんて大なり小なり個人的な理由からだと思いますよ」
「はっ笑わせてくれる」
もはやたっているのもままならなくなったのか彼は地面に膝をつく。
「俺は認めないからな。王族もお前らも。いつかきっと滅ぼしてやる。そう誓ったんだ」
その一言で彼の内なる悪魔が騒ぎだす。
「俺が時間稼ぎをしている間にもお前らは劣勢に立たされるんだよ」
まるで悪魔が喋っているようだった。
「なあハインリヒ知っているか」
「人間って言うのは悪魔の手にによって形付けられたって」
スラブ神話によれば人間は神様が体を拭った白樺の皮で悪魔が形を作ったらしい。
「だから悪魔の囁きがあれば簡単にその手に落ちてしまう」
ハインリヒあなたもそうだったんじゃないかと言うと彼はぎゅっと目を閉じる。
「そうかもな。昔の俺は弱かったから」
でも悪魔と契約したことは後悔していないと語る。
「そうでなければ俺は強大な権力を得ることすらできなかったからな」
彼にとって悪魔と契約して力を得ることが心の支えになっていたのだろう。
「俺はここで死んでもあとは魔族たちが国を滅ぼしてくれる」
なにしろ国自体が崩壊に突き進んでいるからなと笑う。
「貴族社会に牛耳られ政治もままならない。財政も豪商からの援助で成り立っているような国だ」
俺が手を下さずとも自然と堕ちていくはずだと呟く。
「なんで俺はこんなやつらを憎まないといけなかったんだろうな」
ぽつりと一言漏らす。
「俺もお前が言わないだけでおろかな人間なんだろうな」
自らの復讐のために身を滅ぼそうとしているのだから。
「確かに俺は父親が誰かを知るまでは普通の暮らしをしていた」
子供のいない貴族の一人息子としてなに不自由ない暮らしをしていた。
「それがどうしてこうなったんだろうな」
「さっき後悔していないといったが前言撤回だ」
俺は今ものすごく後悔していると彼は言う。
「あのまま普通に暮らせれば今こうして苦しむこともなかったはずだ」
それにお前のお小言も聞かなくてすんだはずだと笑う。
「父の話を聞かされたときから俺はすべてが嘘に聞こえるようになってしまった」
それが自分を思って言ってくれたことだったとしても。
「心が曇ってしまったんだろうな」
彼は力なく笑う。
「俺も紗々のように自由に生きたかった」
素直に純真にただ人を信じることのできる人間になりたかったと呟く。
「お前たちみたいに純粋に人を愛することのできる人間になりたかったのかもな」
「大丈夫です。だってあなたは……」
十分純粋な人ですからと言う。
彼が国王を恨んだのもアリサ姫を憎んだのも彼が純粋だったからのはずだ。
純粋に誰かに愛されたかったのだろう。
「はっ悪魔に取りつかれてるんだ。それじゃおしまいだ」
「俺を信じて」
浄化魔法の効果は持続している。もう少しで悪魔を追い出すことができそうだ。
「俺だって一歩間違えていたらあなたのように人を憎んで生きていたかもしれない。たまたま運よく俺には紗々がいただけだ。でもあなたには紗々のような人間がいなかったのでしょう」
自分が庇護すべき相手が。自分を信頼してくれる人間が。
「そうだな。お前に言われてようやく当たり前のことに気がつけたと思う」
彼はどこか晴れやかな表情だった。
「こうしてお前が話してくれたからだ」
同時に彼を巣食っていた悪魔が外に出てくる。
ばたり、とハインリヒがうつ伏せに倒れる。
「ふーやっぱり悪魔が原因か」
彼が道を踏み外してしまったのは確かに心を巣食っていた憎しみも原因の一つだったがここまで追い詰められてしまったのは悪魔と契約したからだろう。
「これで一段落したか」
一息つくと紗々の方を見やる。
「兄者ー。仕事は進んでるー?」
「ああ終わったよ」
彼女はレヴィ・アタンを倒したらしい。地面には消えかけの悪魔の姿があった。
「だけどな俺からひとつ報告がある」
「なになにー?」
「今この建物は魔族に囲まれている」
その言葉に紗々は余裕ありげに鼻をならす。
「ふふーん魔族退治は紗々に任せて!」
かくして俺たちの戦いは次のフェーズへと移動するのだった。