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「何だと?」
はっきりと拒絶を示したヴィオラに父が眉を顰める。
いつものヴィオラなら居竦んでしまう父の覇気に、だが、彼女は強気に返した。
「体調が悪いのです。あまり触れられたくはありません」
「……そうか。まあ、いい」
さすがに軍服アレルギーですとは言えなかった。何故そんなものになったなどと詰め寄られても困る。だから体調が悪いとだけ告げ、ヴィオラは父親から距離を取った。
「で……ご用件は?」
「ああそうだったな」
早く出て行って欲しい一心で用事を聞くと、父はそうだと思い出したように口を開いた。
「フェリクス殿下が、お前と会う時間を増やしても良いと仰ったのだ」
「へ?」
変な声が出た。
フェリクスはヴィオラを嫌っているはずだ。確かに先ほど水に流そうという話にはなったが、それは謝罪をしたヴィオラに対し、フェリクスが受け入れてくれただけに他ならない。
それに彼女は退出の許可は得たものの、結局最後はフェリクスから逃げ出してきたわけだし、良い感情を抱いてもらっているとはとても思えなかった。
だから本当にどうしてそんな話になったのかわからず首をかしげると、父は嬉しそうに言った。
「週に一度程度では、互いを深く知るには不十分だと仰ってな。将来の伴侶となる相手なのだからもう少し頻繁に会う機会を設けてはどうかと……。ヴィオラ、よくやった。お前もやればできるではないか。見直したぞ。一体お茶会で何を言ったのだ、うん?」
「……しょうらいのはんりょ」
信じられない言葉に、気づけばオウム返ししてしまった。
父は力強く頷く。
「そうだろう。お前達はれっきとした婚約者なのだから。そうだ。そもそも元々が少なすぎたのだ。これからはもっと会う機会を増やさなければな!」
もっと会う機会を増やす? あの軍服王子と?
そりゃあ、あの軍服を拝めるのはとても嬉しい事だが、軍服アレルギーなヴィオラにとっては諸手を挙げては喜べない話だ。
あまりに突然で言葉を返せないでいると、父がそれでと話を続けてきた。
「勿論私は全面的に協力させていただくことを約束した。何せ将来の義父だからな! ああそうだ、ヴィオラ。早速ではあるが、明日にでも遠乗りはどうかと殿下から伝言を承っているぞ。当然行きますと返事をしておいたが……まさか断るとは言うまいな?」
ぎろりと父に睨まれたが、ヴィオラはそれどころではなかった。
「と……遠乗り、ですか……」
軍服フェリクスと? 嘘・だ・ろ。
ヴィオラは遠い目になった。
覚えている。覚えているとも。
スチルにもあった。ヒロインを己の馬の前に乗せ、草原をかけるフェリクス。
とても格好良い、うっかりPCの壁紙にしてしまったくらい気に入っていた場面だ。
アレを目の前でやってくれるというのか。
「おうふ……」
想像してめちゃくちゃ萌えた。
「ヴィオラ?」
変なうめき声を出してしまった私を父がのぞき込んでくる。いや、だから近いって。
また痒みが再発してきたではないか。怖気も酷い。耐えきれず、ヴィオラは父を牽制した。
「……お父様。ですから離れて下さいと」
「その前に返事だ。行くのだな?」
フェリクスとの遠乗りの返事を求められ、ヴィオラは反射的に頷いていた。
「勿論です」
ハイ、喜んでー!
軍服を拝める機会を自分から棒に振ることなどヴィオラにはできなかった。
とはいいつつ、本能の赴くままに承諾してしまった自分に、ヴィオラは心底うなだれもしていた。
(体調よりも萌えを優先するって、どれだけ私は軍服が好きなのよ)
「それならよい」
満足げな父の言葉。
ヴィオラの返事は父をいたく喜ばせたらしい。
あっさりとヴィオラの望んだとおりに離れてくれた。ほっと安堵の息を吐く。腕の痒みも少し治まった気がした。
父は、用は済んだとばかりにきびすを返した。振り返らずに言う。
「何があったのかは知らぬが、今日のお前は今までの覇気のないお前とはまるで別人のようだ。やはりお前も私の娘だったのだな。その調子で必ずやフェリクス殿下を落とすのだ。いいな」
「……さあ。お父様の思うとおりにならない可能性も十分にありますから。その可能性もきちんと視野に入れておいて下さいね」
ゲームでフェリクスとヴィオラがくっつくルートなどない。
この婚約は必ずどこかで破棄される事が決まっている。もしゲームが始まれば、間違いなくヴィオラとフェリクスの婚約は解消されるのだ。
だから保険のつもりでいったのだが、父はヴィオラの返しが気に入ったらしい。少しだけ振り返り口元を緩ませた。
「子供は知らぬうちに、成長するものよの。言うようになったわ。くくく……」
明日朝一でフェリクスが屋敷まで迎えに来ることを告げ、父はようやく部屋を出て行った。
ばたんと扉が閉まる。とたんヴィオラは頭を抱えて叫んだ。もはや父親のことなど頭になかった。
「どうしよう! そもそもヴィオラって馬、乗れたっけ?」
……大問題であった。
ヒロインとフェリクスが遠乗りしているスチルは見ても、ヴィオラとフェリクスなんて組み合わせは見たことがない。
だいたいゲームでもヴィオラのイベントなど、ヒロインをいじめるくらいしかないのだ。
ヴィオラの馬スキルなど知らぬ。
「ぬぐぐぐ。あ! そうか、ヴィオラって私の事だったわ。私は馬……駄目。乗ったことないわ!」
かなり混乱していたらしい。ヴィオラが自分であると言う事すら一瞬分からなくなっていた。
そして冷静になって考えてみれば、そもそも引きこもり令嬢のヴィオラが馬に乗れるはずもなく。二人馬を並べて遠乗り、なんて始めから無理に決まっていたのだ。勿論、フェリクスもそれを知っている。
ということは、つまりだ。
「……え? じゃあもしかして本当に二人乗りなの? フェリクス王子と? 嘘でしょ?」
まさかのスチル再現?
とんでもない事実に気づき、ヴィオラは固まった。
アレルギーの元である軍服とくっついての遠乗り。
想像もしなかった事態に、ヴィオラは他に自分が考えなければならない諸々を、すっかり忘れてしまったのであった。




