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RE:LIGHT  作者: SORA
第2巻「光の前夜」

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第16話「光」


 体育館の空気は、昨日よりも重かった。

 配給台に並んでいるのは、小さなパンと水だけ。

 列に並ぶ人たちは、もう何が出るのかを聞こうともしなかった。

 レイは受け取ったパンを半分にちぎった。


 半分を食べ、残りを袋に戻す。

 昨日から、そうする人が増えている。

 父も何も言わず、自分の分をゆっくり食べていた。

 ルカはレイの足元で丸くなっている。


「今日は、どこから探す?」


 レイが聞く。

 父は地図を開いた。


「昨日と同じ区間をもう一度回ろう。まだ話を聞けていない家がある」


「うん」


 いつもと同じ朝。

 少なくとも、その時まではそうだった。

 最初に声を上げたのは、体育館の中央にいた男だった。


「……なんだ、これ」


 小さな声だった。

 最初は誰も気に留めなかった。

 けれど、すぐ近くにいた女性が息を呑んだ。


「手……」


 レイもそちらを見る。

 男が、自分の右手を見つめていた。

 手のひらの周りに、淡い赤い光が浮かんでいる。

 電球のように強くはない。


 炎でもない。

 ただ、薄い光が指の間から漏れるように揺れていた。


「え?」


 男は慌てて手を振る。

 光は消えない。


「何だよ、これ……」


 周囲の人が集まり始める。


「何か持ってるの?」


「いや、何も」


「熱い?」


「熱くない」


「痛くないの?」


「全然……」


 男自身が一番困惑していた。

 レイは少し離れた場所から、その光を見ていた。

 赤い。

 でも火のようには見えない。


 煙もない。

 焦げる匂いもない。

 ただ光だけが、手の周りにまとわりついている。

 父がレイの肩に手を置いた。


「近づきすぎるな」


「うん」


 誰かがスマートフォンを向ける。

 別の誰かが、


「動画撮って」


 と言う。

 職員が人を下がらせようとする。


「少し離れてください! 本人も状況が分かっていません!」


 男は何度も拳を握ったり開いたりしていた。

 そのたびに赤い光が揺れる。

 しばらくすると、少しずつ弱くなった。

 そして。


 消えた。


「……消えた」


 男が呟く。

 体育館の中に、妙な沈黙が残った。

 レイ達が学校を出ようとしたのは、それから三十分ほど後だった。

 入口に向かって歩いていると、今度は後ろから悲鳴が上がった。


 振り返る。

 若い女性が両手を胸の前で固めている。

 今度は、緑色だった。

 淡い緑の光が、指先から手首のあたりまで漂っている。


「また?」


 レイが言う。

 父も足を止める。

 さっきの男とは別の人。

 色も違う。


「触らないで!」


 女性のそばにいた人が叫ぶ。


「何もしてない!」


 女性も泣きそうな顔で言った。


「急に光っただけ!」


 職員たちが再び集まってくる。

 体育館全体がざわついた。

 もう、さっきの一件だけではなかった。

 レイ達は結局、学校を出るのを少し遅らせた。


 外に出てからも、レイは何度も自分の手を見た。

 何もない。

 普通の手。


「父さん」


「ん?」


「さっきの、何だったんだろ」


「分からない」


「病気とか?」


「分からない」


 父は同じ言葉を繰り返した。

 でも、いつものように考え込んでいる。


「熱も痛みもないって言ってた」


「そうだな」


「怖くないのかな」


「怖いだろうな。自分の体に、知らないことが起きてるんだから」


 レイは自分の手を閉じた。

 二人は予定していた家を回ったが、新しい証言はなかった。

 けれど、今日はどこへ行っても、話題は同じだった。


「学校でも出たのか?」


「こっちの避難所でも一人いたらしい」


「黄色だったって」


「いや、白だって聞いたぞ」


「何の話?」


「手だよ。手が光るんだって」


 噂は、もう広がり始めていた。

 公民館に立ち寄ると、昨日の年配の男性もその話をしていた。


「こっちでも出たよ」


「ここでも?」


 レイが聞く。


「ああ。朝、若い兄ちゃんの手が青く光ってな」


「青……」


 レイは思わず自分の手を見る。

 何もない。

 父が男性に聞く。


「その人は今?」


「普通にしとるよ。光はもう消えた」


「体調は?」


「悪くはなさそうじゃ。本人も分からんって言っとった」


 男性は困ったように笑う。


「地震の次は、手が光るときた。もう何が起きても驚けんわ」


 その言葉に、誰も笑わなかった。

 公民館の隅に置かれたテレビでは、臨時ニュースが流れていた。

 画面には、赤や青、緑、黄色、白に淡く光る人の手が映っている。

 映像は一か所ではなかった。


 別の県。別の都市。避難所や病院。

 同じような現象が確認された場所が、次々に映し出されていく。


「全国で確認されているって」


 テレビを見ていた誰かが言う。


「海外でも同じような報告があるって」


「海外?」


 レイが画面を見る。

 ニュースでは、原因は分かっていないと繰り返していた。

 人体への影響も確認中。

 異常があれば、近くの医療機関や避難所職員へ知らせるよう呼びかけている。


 政府も調査を始めているという。

 でも。

 説明はなかった。

 なぜ光るのか。


 なぜ色が違うのか。

 なぜ一部の人にだけ起きるのか。

 誰も分かっていない。



 道ですれ違う人々は、互いの手元に目を向けるようになっていた。町の空気は、朝とは明らかに違っていた。

 食料の話。

 水の話。

 ガソリンの話。


 そこに、新しい不安が加わった。


「光った人に近づいて大丈夫なの?」


「感染するんじゃないの?」


「病気なのか?」


「でも痛くないって」


「子どもにも出たらしい」


 噂だけが増えていく。

 レイ達が写真を見せても、母の話より先に光の話をされることもあった。

 それでも二人は聞き込みを続けた。

 母を探すことは、何も変わっていない。


 変わったのは、世界の方だった。



 校門が見える頃には、あたりが少しずつ薄暗くなっていた。レイ達は学校へ戻った。

 体育館の入口には、人が集まっていた。

 中から声が聞こえる。

 レイと父が入ると、今度は二人同時に光っていた。


 一人は黄色。

 もう一人は白。

 どちらも、手の周りに淡い光が揺れていた。

 周囲の人たちは、朝ほど近寄らなくなっていた。


 距離を取って見ている。

 職員も、


「触れないでください」


 と繰り返している。

 光っている本人たちは、ただ自分の手を見つめていた。

 怖がっている。

 でも、苦しんではいない。


「また増えてる」


 レイが言う。

 父は頷いた。


「そうだな」


「父さんは?」


「何が?」


「手」


 父は自分の手を見る。


「何もない」


「僕も」


 二人は一瞬だけ顔を見合わせた。

 それ以上は何も言わなかった。



 窓の向こうは暗く、校庭の様子ももう見えなかった。やがて、体育館の照明が落とされた。

 節電のため、点いているのは最低限の灯りだけ。

 いつもなら暗く感じるはずだった。

 でも今日は違った。


 遠くで、小さな赤い光が揺れている。

 別の場所には緑。

 その向こうには青。

 黄色。


 白。

 一つひとつは弱い。

 体育館を照らせるほどではない。

 それでも、暗い空間の中でははっきり見えた。


 まるで、小さな灯りがあちこちに浮かんでいるようだった。

 レイは毛布の上で起き上がっていた。

 ルカも眠らず、光の方を見ている。

 父は隣に座っている。


「きれいだね」


 レイが言った。

 自分でも、なぜそんな言葉が出たのか分からなかった。

 父はしばらく光を見ていた。


「そうだな」


「怖いけど」


「ああ」


 レイは自分の両手を見る。

 開く。

 握る。

 もう一度、開く。


 何も起こらない。

 光はない。

 熱もない。

 いつもの手だった。


 レイは少しだけ息を吐く。

 安心しているのか。

 残念なのか。

 自分でも分からない。


 ただ。

 体育館のあちこちに浮かぶ光を見ていると、今日の朝までとは違う場所にいる気がした。

 地震で世界は壊れた。

 知識が失われた。


 物が届かなくなった。

 食べるものさえ足りなくなった。

 それでも。

 今日。


 誰も知らない光が、人の手に宿った。

 それが何を意味するのか。

 まだ誰にも分からない。

 レイにも。


 父にも。

 政府にも。

 世界の誰にも。

 レイはもう一度、自分の手を見た。


 何もない。

 そして顔を上げる。

 赤、青、緑、黄、白。

 暗い体育館の中で、いくつもの光が静かに揺れていた。


 世界は、また変わろうとしていた。



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