結:灰冠の器
翌朝、山の霧は深く、工房は完全な灰色に包まれていた。
佐原は荷物をまとめ、車に積み込んでいた。インタビューのノートは、ほとんど白紙に近い。
藤堂の告白を記事にすることはない。それは佐原がモノにしたかったネタではなく、師弟の愛憎と、芸術家同士の欲望が絡み合った末の、醜くも哀しい破綻だった。
「出発か」
振り返ると、藤堂が立っていた。その手には、一つの木箱が握られていた。藤堂はそれを、無言で佐原に差し出した。
「これは……」
「持っていけ」
佐原が木箱の蓋を開けると、そこには、あの『灰冠』の茶碗が収められていた。
朝の薄い光の中で見るその器は、やはり異様に美しかった。鈍く、銀色に光る灰色。それは確かに、骨の白さではない。人間の、もっとドロドロとした情念が、千二百度の熱で灼かれて残った色だった。
「先生……」
つぶやいて顔を上げる。
「次の窯が最後だ」
藤堂はやり切ったようにそう言うと、広大な灰捨て場のほうへと目を向けた。
そこには、十年分の、いや、それ以前から積み重なった果てしない灰の山がある。すべての美しさが、最後にはあの色に還っていくかのように。
佐原は深く頭を下げ、車に乗り込んだ。
ミラー越しに見える藤堂の姿は、霧の向こうへと次第に薄れていき、やがて、あの巨大な灰捨て場の小山と完全に同化して、見えなくなった。
助手席にポツンと乗った『灰冠』だけが、あの色を失った工房で起きたことの、唯一の証人だった。
県道を下るにつれ、色褪せた看板や、民家の洗濯物の色が、やけに鮮やかに目についた。だが佐原の心は、あの鈍色の灰の中に、今も深く囚われたままだった。
いつの間にかついていたカーラジオからは、賑やかなパーソナリティの声が聞こえてくる。佐原はそれを、ただの雑音として聞き流していた。
「──昨年、突如として陶芸界に現れた新鋭、〝しの〟さんですが、その作風について……」
ハンドルを持つ佐原の手がピクッと動く。受信状態が悪く、音声はノイズに掻き消されたり、ハッキリ聞こえたりを不規則に繰り返した。
「ええ、師匠は持ちません。山の中で、独りで学びました──」
佐原はラジオのボリュームに手を伸ばしかけたが、直後、車はトンネルに入り、その音はふたたびザラついたノイズの奥へ消えた。
佐原はそのまま、アクセルを踏んだ。
灰
【了】




