EP01_02 文芸部、崩壊まであと一時間
学校の屋上——。
普段は施錠されているはずの扉が開かれ、風圧で髪を激しく乱しながらも屋上に存在するヘリポートへと三人は向かった。
ブォオオオ!! と猛烈な風を巻き起こしながら着陸したヘリコプターのハッチが開き、中から1人の小柄な少女が降りてきた。
橘エミリ——。
色素の薄い髪を風に靡かせ、クォーター特有の浮世離れした美しい顔立ちの二年生だ。
しかし、その整った顔は一際青ざめ、目元にはクマが浮かんでいる。
「……これ……げんこう……」
フラフラした足取りで歩み寄っていたエミリは、ボソボソとかすれた声でそう呟くと、手に握りしめた原稿用紙の束をリンへと差し出した。
「嗚呼、エミリ……。そんなクマを浮かべるほど頑張ったのね……。偉いわ……」
「リン……つかれた……もうダ…メ……」
エミリはリンに頭を撫でられ、そのまま力尽きたかのようにリンの胸の中に倒れ込んだ。
リンは手慣れた様子でリンを抱きしめる。
ツムギはその光景を横目で眺めながら、原稿用紙の束と上空でホバリングを始めたヘリコプターを交互に見やる。
「……あの、エミリ先輩、スマホで送ればいいのに……」
「エミリには無理よ。機械が使えないの。だからこうして直接原稿用紙を持ってきてもらうしかなかったの」
リンはなぜかどや顔だ。
リンの胸元に顔を埋めているエミリも同じような表情を浮かべている。
「いや、わざわざヘリで? というか、なぜ学校の屋上にヘリポートが——いや、うちの学校なら、それもありえますか……」とツッコミの矛を収めて1人納得する。
なぜなら、まず桐島リンは、桐島コンツェルンのご令嬢だ。さらに、橘エミリも橘ホールディングスのご令嬢だった。両家はライバル企業であるが、娘同士は仲良くしている。本校についても両家が娘を送り込む際に出資している学校のため、緊急時のために——とヘリポートが備え付けられていた。
それを理解しているツムギは、それにしても大げさ過ぎます……と内心呆れる。
「さぁ、原稿は揃ったわ。部室に戻り、印刷しましょう」
☆★☆★
「はぁ、間に合ってよかった」
「制限時間の寸前でしたから、生徒会の方々に嫌味を言われまくりでした」
「あ~ね、生徒会の人たちってなんかおっかないよね」
いや、嫌味を言われたのは——今回の部誌提出も、嫌がらせですよね、とツムギは内心独りごちる。
業界内でNo.1の桐島家、続く橘家の娘は文芸部に入っているが、No.3の姉妹たちは生徒会に入り、本校を牛耳っている。リンとエミリをよく思っていないのか、生徒会の権力を利用して何かと嫌がらせを仕掛けてくるのだった。
今後はその手の対応も必要なんですね、とため息をつく。
「ツームギ」
「ん? ……なんですか?」
顔をあげると、アオイは指でツムギの頬をつんとつついた。
大きな瞳で覗き込まれ、その美しい顔立ちにツムギは呼吸の仕方を忘れるほど見入ってしまう。
大っぴらに手帳を取り出して、湧き上がるリビドーを記載するのは流石に不気味と判断したツムギは、脳裏に沈みゆく夕焼けの光を浴びるアオイの姿を鮮明に脳裏に焼き付ける。
「ため息ばかり! 不幸が寄ってくるぜ! もっと楽しく健やかな顔しよう!」
「……そうね」
「ほれほれ、ざまぁ動画でも見てドーパミンひねり出そう」
「イヤです」
「あ、部誌読む? リン先輩の小説面白いよね~。あの男の子たちの青春ストーリィ、なんか清々しくて好きなんだ」
——わかります。けど、リン先輩は高校生の部活動ように描写を控えてますよ、とツムギは嘆いた。
以前、偶然にもリンのWeb小説投稿用アカウントを発見したツムギは、リンがR18描写を含んだBL小説をWeb小説投稿サイトにアップロードしていることを知った。
それを理解したリンは、普段のふわりとした慈愛に満ちた笑みを消し、まるで獲物を屠る際の猛禽類の如く鋭い瞳でツムギを睨みつけ、他言無用を強いたのだった。
「エミリ先輩のマッチョな話もいいよね。なんか拳と拳で殴り合う感じが読んでてスッキリする」
「あの風貌からは想像もつかないほど野太い文章よね……」
「もちろん、ツムギの書く物語も好きだよ~。あのちょい切ない少女漫画っぽい甘酸っぱい恋愛描写がかわいいんだ」
ツムギは自分自身で理解していないが、登場する男女は自身とアオイを投影したような作品となっている。
アオイは気づいていないが、他の二人はたびたび『あ、このセリフ、この前部室で聞いたことある……』と若干げんなりしながら読み進めていた。
「はいはい、褒めても何もでませんよ」
「あ、そうだ! じゃあ……あたしの書いた小説でも読んで気分転換——」
「え、それはもっとイヤなんですけど」
切り捨てるように言い放つ。
アオイは一瞬硬直するも、「……は? おい、なんでだよっ!?」と迫る。
「なんでって……あんたの描く物語、死者はたくさん出るわグロテスクな描写てんこ盛りだわ救いがないわで読む気にならないです」
「非道い……。あ、今『非道』と書いてひどいって言ってるよ」
「極悪非道な物語、どうせ今回も1ページごとに体が弾け飛ぶんでしょ?」
「うん」
「きっしょ……」
「仕方ないじゃん、今回は春をイメージしたゾンビものだから」
「はぁぁ……」ツッコミを入れる気力も失せ、盛大なため息が口から漏れ出る。
「クソでかため息! ちなみにタイトルは大ゾンビ爆散フェステバル、なんだけど。あ、ちょっと逃げるな! ニンゲンをたくさん爆死させてぇな……だったらゾンビしかないでしょ! と思い至ってさ、ゾンビになりながら希望を求めて逃げ惑うニンゲンの描写をねちっこく書いたの」
殆ど駆け足だったツムギだが、視線の先——アオイの自宅、その車庫に見慣れぬ車が止まっていることに気づいた。
——アオイの自宅の正面が、ツムギの自宅だった。幼い頃から、2人は親友だった。
アオイのことはもちろん、アオイの家族——咲良家についても、ツムギは誰よりも熟知している。
「うち来ます?」
「え、いいの?」
「今日は親どちらも遅くまで帰って来ませんから、まぁ暇ですから」
ツムギがぼそっと呟くと、アオイはにたぁっと微笑み、一瞬怯んだツムギの隙をつくように抱きしめる。
「え~~あの、寂しいよぉって素直に言ってもいいですよ」
「もうそんな歳ではありません」
「はいはい。じゃあ寂しがりのツムギちゃんのために私のゾンフェス朗読してあげるよ。や~自分の小説を読むのってめちゃ恥ずかしいけど、頑張る」「それはやめて」
// 終わり




