EP01_01 文芸部、崩壊まであと一時間
「ん~~~~っ!! おいしぃ! このいちごのタルト、ほっぺたが落ちちゃいそう!」
放課後の部室に咲良アオイの能天気な声が響き渡る。
ふかふかのソファに深く腰掛け、両手に持ったタルトを口いっぱいに頬張り、ゴクンと喉を鳴らして飲み込むたびに感嘆の声をあげる。
「アオイ……口の横にクリームがついてますよ」
「え? ほんと? わ、ありがとツムギ!」
隣に腰掛けていたツムギが、ティッシュでアオイの口元を丁寧に拭う。
ツムギの表情は至って冷静で、手慣れたものだ。
しかし、ツムギは何食わぬ顔でそっと手帳を取り出すと、素早くペンを走らせる。
『16:02 アオイの口元のクリームを拭い取る。本日通算4回目のダイレクトスキンシップ完了。頬をパンパンに膨らませて洋菓子を頬張る姿はまるでハムスターのように愛らしい。可愛すぎて吐きそう。苦しい。もうこのまま捕獲して特注の飼育ケージに閉じ込めて一生あたしだけの手で餌を与えて保護したい……』
そんなツムギをチラリとアオイは覗き込むが、すぐにまた別のデザートに手を伸ばす。
ツムギの荒ぶった心情が綴られた不気味な手帳であるが、文面は暗号化されているため、傍目ではスケジュールを記載した文面としか読み取れない。
「あらあら……二人とも本当に仲良しね。紅茶の二杯目はいかがかしら?」
そう言って、まるで高級ホテルのラウンジのような手つきで、ティーカップに透き通った琥珀色の液体を注ぐのは、文芸部部長の桐島リンだ。
文芸部のデスク上に並ぶのは、デパ地下でも予約一年待ちと名高い限定洋菓子と、一箱で普通の女子高校生の小遣いが軽く吹き飛ぶ高級茶葉。ここが一般的な高校の部室であるとは到底思えない上品かつ優雅で麗らかな光景が広がっていた。
「はい、いただきます! う~ん、いい香り……。はぁ、コンビニやスーパーで買う紅茶とぜんぜん違うよ」
「当たり前です……。その茶葉だけでいくらすると思ってるんですか……」ツムギは呆れ口調で言う。
「ふふっ、気に入ってもらえて嬉しいわ。ツムギちゃんもどう?」
「あ、いただきます……。あ、本当ですね……美味しいです」
ティーカップの縁に口元をつけ、一口飲み……だが、ツムギはそこで止まらなかった。ゴクリ……ゴクリゴクリ……顔を上へ向け、喉を鳴らしながら一気に飲み干した。
「あ、熱くないの?」アオイは心配そうに訊く。
紅茶を飲み干したツムギは、そっとティーカップをデスク上に置くと、大きく深呼吸をして「のほほんとしている場合じゃありませんッ!」と覇気の籠もった声を言い放つ。
「ヒィ……」ツムギの勢いに気圧され、アオイは手に持ったタルトを落としそうになった。
「アオイ、あんたはいつまで食べているんですか。リン先輩もそんな余裕こいてる場合じゃないんですよ! 今日が、締切日なんですよ!」
「締め切り……なんの? 今日はお茶会デーじゃなかったっけ?」「はぁ?」「うそうそ覚えてる! はい、今日が生徒会への部誌提出日であります」
「なのに、どうしてこんなまったりゆったりしているんですか? 生徒会から『文芸部はただのお茶飲み部として遊んでいるのではないか?』と突っ込まれたのが発端で、活動記録を示すために四人が書いた小説をまとめて部誌を作成して生徒会に提出しなきゃいけないんです」
ツムギは息を荒くしながら壁にかけられた時計を指差し、怒涛の勢いで捲し立てる。
「提出期限までもう一時間もないんですよ!? アオイ、あたし、リン先輩の原稿は揃っていますが——」
「そうねぇ……でもエミリがまだ到着しないのよ。今日は、学校を休まずに登校すると言っていたのに……」
リンは優雅に微笑み、少しも動じる気配を見せずに窓の外を眺める。
眩い夕焼けはそろそろ地平線の彼方へと沈み込もうとしている。
「原稿データを送ってもらうことってできないですか?」
「無理ね。だってエミリはスマホ等の機械は全く扱えないの。電源の入れ方すら怪しんだから」
リンはなぜか誇らしげに胸を張る。
「どうしてそんなに自信満々なんですか……。ってかスマホを使えないって現代っ子としてどうなんですか……」
「私もスマホはアプリとか少し使えるくらいで、多分10%も使いこなしてないよ。すーぐギガ消えるし」
アオイが割り込むと、ツムギはキッと鋭い目つきで睨みつける。
「あんたはドパガキ用のしょーもないショート動画を延々見てるからすぐ制限かかるんです」
「しょうがないじゃん、続き気になるの。落ちこぼれの主人公が実は大富豪の末裔だとわかって一気に逆転復讐する俺TUEEE系は楽しいんだ」
「せめて、ダンスとかかわいいペットの動画とか見てください……」
「復讐ざまぁ系がいっちばん心に響くの」
「そんなJK嫌すぎます……」
すると、二人の諍いを遮るようにリンは紅茶をついで微笑む。
「二人とも落ち着いて。大丈夫よ、エミリは——超お嬢様のワガママ甘えん坊だけど、約束は絶対に守る子だから。私を信じて」
「いや先輩じゃなくてエミリ先輩を信じたいんですよ……。せめて電話が繋がりさえすれば……。代行……でも今から作るなんて無理ですし、もしもバレたら……。はぁ……はぁ……もうダメだ、この部室は手放すことになりそうです……。放課後の居場所が——」
膝から崩れ落ちそうになるツムギを、「ツムギ大丈夫? ほれタルト食べよ」と口元にタルトを押し込んで呑気に慰める。
——その時だった。
バババババババババ……ッ!!!
突如として校舎全体を揺らすような激しい重低音が響き渡る。部室の窓ガラスがガタガタと振動し、室内のティーカップが一斉にカタカタと鳴り出した。
「なにこの音? ……え、あれってヘリコプター? ちっか……」
ヘリコプターが校舎の上を旋回している。
あまりの距離が近い。
タルトを飲み込みながら、ツムギもヘリコプターの姿に見入っている。
上空数百メートルの位置を飛んでいるならともかく、校舎の屋上から数十メートルの位置を飛行するヘリコプターは異様な迫力に満ちていた。
「あら、来たみたいね」
リンは何事もないようにティーカップを置くと、ゆっくりと立ち上がる。
「さぁみんな、エミリを迎えに行きましょうか」
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