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E1-4,二人がくれた薔薇と共に


「こ、れは……!?」

「薔薇の花だが?」

「い、いいえ!それは見れば分かりますわ!こんなに沢山……どうなさったのですか!?」

「準備させたのだが?」

「いつの間に!?」


 庭師も連れていかれてしまい、何の手入れも出来ていなかった庭が、一夜でこれほど様変わりしているなんて誰が想像出来ましょう。


「タウンハウスの前庭など、然程大きくないではないか。我が家の庭師と使用人に命じて準備させた。……何故か警備していた警士達も手伝っていたらしいが」

「本当に何故ですの!?」

「さぁ?思い当たる節はあるが」


 思い当たる節?一体どういうことでしょうか……。


 わたくしはぐるりと周囲を見渡し、美しく咲き誇る薔薇に目を奪われます。こんなにも綺麗な庭は初めて見ました。


「君は、自身の名前の由来を知っているか?」

「名前の、由来ですか?お母様が名付けてくださったとは聞きましたけれど……」


 閣下は何処からともなくナイフを取り出すと、一輪摘み取って棘を削いでいきます。そうしてわたくしの髪にゆっくりと差し込みました。


「な、何を……?」

「あぁ、やはり同じ色だな。君の名の薔薇は」

「……わたくしの、名の……薔薇?」


 閣下にそう告げられ、薔薇へ視線を移しました。薔薇は確かにわたくしの髪色と同じような気がします。


「事情聴取の時に、執事が教えてくれたのだ。君の名の由来を」

「セバスが……?」


 そうして閣下は、わたくしの名前について語ってくれました。


 母は両親に愛され、生まれた月の誕生石と同じ淡い紫色をした、レヴリと呼ばれる薔薇にちなんで名付けられたそうです。


「だから君の母君は、君にこのレニエという薔薇の名前を与えたそうだ。生まれてきてくれたことへの祝福と、一族の赤い髪を誇れるように。病に強く、苦しい環境でも咲き続けられる、この薔薇の名を託したそうだ」

「……セバスは、どうしてわたくしに教えてくれなかったのでしょう」

「君は、ゆっくりと庭を見られる環境ではなかっただろう?薔薇だ何だと言っても、きっと上手く伝わらないだろうと、黙っていたそうだ」


 そう言われれば、そうかもしれませんわね。


 使用人の格好をして屋敷の中を歩くことはありましたけれど、庭を楽しむ余裕なんて一切ありませんでしたから。それに、これほど美しい薔薇は見たことがありませんもの。


 わたくしが薔薇に手を伸ばすと、閣下が優しく手を包み、「棘があるからな」と心配そうに声をかけてくださいました。ふふっ、それくらいは知っていましてよ?


「……いい香り」

「俺もそう思う。香水の香りは好かんが、自然の薔薇の香りはいいものだな」


 閣下は、わたくしの髪に差した薔薇に鼻を近付け、香りを楽しんでいるようでした。近い距離に、ついどぎまぎしてしまいます。


 すると閣下は、自分の方を向かせるように、わたくしの手を引きました。まっすぐに見つめられ、呼吸も忘れてしまいそうなほど魅入ってしまいます。


「レニエラ嬢。昨日君に伝えた件だが、同情でも、ましてや遊びでもない」

「……っ」

「不愉快極まりないが、かつて悪女と呼ばれた君の名は、再び噂の的にされるだろう。だが、俺なら全てを退けられる。母君に愛されて名を与えられたレニエラ嬢の名を、守ってやれる」

「閣下……」


 じわりと瞳が潤んでいく中、閣下は苦笑しました。


「そろそろ閣下ではなく、名前で呼んでもらいたいものだが」

「だ、だってわたくし、名前で呼んでいいなんておっしゃっていただけていませんもの……」

「……?そうだったか?」


 そんな、きょとんとなさらないでくださいませ。クレイゼア様やアウレアさんは、そう呼んでいいとおっしゃってくださったから呼んでいたのですよ?


「それなら、名前で呼んでくれ。ルドヴィークと」

「ルドヴィーク様……?」

「ふっ。随分泣き虫になってしまったんだな、君は」


 優しく指で目尻を拭われ、そのままぐいと引き寄せられました。広く大きな胸に抱き込まれ、カッと体温が上がり、心臓が跳ねます。


「かっ、かかかっかっ……!?」

「くくくっ!なんだそれは。それに、ルドヴィーク……だろう?」

「〜〜〜〜っ」


 な、なんなんですの!?この甘い声は!それに、面白そうに覗き込まないでくださいませ!


「俺と婚約してくれ。無骨な男だと自覚しているし、令嬢の喜ばせ方などまるで分からんが……君の声を側で聞いていたいんだ」

「……っ!そんなの……こちらからお願いすることですのに」


 わたくしは、ルドヴィーク様の背中をぎゅっと掴みます。


 伝えたい言葉が伝えられる。伝えたい言葉が伝わる――それがどれだけ幸せなことか、この方が教えてくださったから。


「ルドヴィーク様。わたくしの声を聞き届けてくださって、ありがとうございました。皆を救ってくださって、ありがとうございました。どうかこれからも……わたくしの側に、いてくださいませんか?」

「……光栄だ。生涯をかけて、君を幸せにすると誓おう」


 まぁ、なんて重たいのかしら。まだ婚約段階だというのに、これでは結婚の誓いではありませんか。


 くすくすと笑いながらも、わたくしの涙は止まりません。


 ルドヴィーク様はわたくしを抱き上げ、屋敷へ戻っていきます。唐突なお姫様抱っこに、またしても顔が熱くなりましたが、屋敷の扉の前に控えていた執事が号泣しているのですもの。わたくしの涙も引っ込んでしまいましたわ。


「お嬢様っ!ようございました!ようございましたねぇ……!」

「あぁもう、セバス。泣かないでちょうだい」

「泣いていてもいいが、彼女にお茶を淹れてくれないか。奥でゆっくり話をさせてほしい」

「はい、只今っ!」


 厳しく凛々しいと思っていた執事が、最近はめっきりあの調子なのです。随分と無理をさせてきたので、かまわないのですけれど……。


「あの調子だと、ことあるごとに泣いてしまいそうだな」

「ふふっ、そうですわね」


 執事は、公爵家から来た使用人達に背中を摩られながら去っていきます。あれだと本当にただのお爺ちゃんですわね。


「君が笑えるようになってよかった」

「それも全て、皆さんのおかげですわ」

「……ふむ。俺は?その“皆さん”の内の一人か?」


 ――えっ?なっ、何をおっしゃっているの?


 そんな切なげな……。え?他の方々と同じ扱いをされて、悲しんでいらっしゃるの?あのルドヴィーク様が!?


「……くくっ。まったく……こんな悪女がいてたまるか。君は可愛すぎて心配になる」

「なっ!?からかったのですか!?」

「いや、本心ではあるがな。しかし……君には善意や好意に慣れてもらわないと、要らぬ虫が寄ってきそうだ。早急に婚約の手続きをしてしまおうか」

「えっ!?」

「公爵家の屋敷から、もう幾人か使用人を借りよう。俺付きの使用人も連れてきて、伯爵補佐としてここで暮らせるよう手を回すか」

「はっ!?」


 ルドヴィーク様は一人で何か策を講じ始めたようですが、聞こえてくる言葉の全てが想像の範疇を超え過ぎているのですけれど……。


 そもそもこの方、変わらず局長の業務もあるのでは?


「……一週間あれば整えられるか。少しの間、待っていてくれるか?」

「いえ、あの……そんな馬鹿な……」


 わたくしの声を初めて聞いてくださったこの方は、こちらの戸惑いを見て、口の端を上げました。あぁこれは……聞く気がないのですね?まったくもう……。





 そうして言葉通り、ルドヴィーク様は僅か一週間で公爵家との顔合わせの場も整え、婚約の手続きを終えてしまいました。


 その間、ミルトとして屋敷へ戻ってきた義弟は、庭を見て唖然とし、わたくしの婚約の話を聞いて涙を流しました。


 更に、既に手続きが成立し、まもなくルドヴィーク様も共に暮らすと言うと目を剥いていました。それは……そうですわよね。


義姉様(ねえさま)が幸せならいいんです。それに私も、閣下なら義姉様(ねえさま)をお任せ出来ますから。……でも、これからは義姉様(ねえさま)ではなく、レニエラ様と呼ばなくてはいけませんね」

「ミルト……」

「お二人が幸せになる姿を、側で見られて嬉しいです。幸せになってくださいね、レニエラ様」

「ありがとう、ミルト。表向きはあなたの義姉ではなくなるけれど、わたくしはいつまでもあなたを義弟として愛しているわ」

「私もです」


 時を同じくして、留置局から修道院に移送されることが決まったラウラに手紙を送りました。ラウラの行き先は、王都近くの修道院。こちらもルドヴィーク様の計らいです。馬車ですぐに行ける距離なので、時々会いに行くつもりです。


 すると、伯爵家にいらしたルドヴィーク様が、ラウラからの返事を手渡してくださいました。


 そこには、「なんであの鉄仮面みたいな男と、私の可愛いレニエラが婚約するなんてことになるのよ!」と文句がしたためられていました。


「そんなにも嫌われるようなことをしただろうか」

「ラウラは男性が嫌いですからね」


 けれど、最終的には「幸せになってね」と書かれていて。わたくしはその手紙を抱きしめました。


「いつか彼女も、この屋敷に帰ってこられるようにするつもりだ。……まぁ、望み通り屋敷の主人の婿として、鉄仮面で応じてやろうか」

「ルドヴィーク様ったら!」


 そんなことをすれば、きっとラウラは喧嘩腰になって、「こんな人やめておきなさい!」と言うに決まっています。そして、それを見たミルトが呆れるのでしょうね。


「……楽しみですわね」

「そうだな」


 いつか来たる未来に思いを馳せますが、その前にまだまだやらなければいけないことは山積みです。


 王都での対応を済ませたら、いずれ領地にも行かねばなりません。元々悪評だらけだったわたくしが当主となるなんて、領民達も不安でしょうから。


 それに、ルドヴィーク様を婚約者にしたと公表すれば、釣書は止まる代わりに、お茶会やパーティーのお誘いがこれまでの倍は届くのではないでしょうか。やっかみも山のように増えそうですわね……。


 けれど、この方が側にいてくださるなら……きっと大丈夫だと信じられるのです。


「見守っていてくださいね、お母様」

「彼女のことは俺に任せて、安らかにお眠りください」


 ルドヴィーク様が庭の隅に用意してくれた、お母様の新しい墓石。そこに棘を取り払ったレニエを添えて、わたくし達は共にお母様へ挨拶をしました。


 そして二人で、未来へ向かって歩き出します。


 これからもずっと、この場所で生きていくために――。





『END1,わたくしの声を聞いてくれた人』、ならびに本作はこれにて完結です!

ここまでお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました!


このエンディングは、レニエラが自分の罪と向き合った結果、母の愛した伯爵家の名誉をいち早く取り戻す選択をした未来でした。


これまでずっと戦い続けてきたレニエラ。彼女の事情を知らない赤の他人は、みな彼女を悪女と決め付けてきました。そんな人生で、初めてレニエラと向き合ってくれた人……それがルドヴィークでした。


誰かに恋心を抱く余裕なんてなかったレニエラは、ルドヴィークの言葉の全てを信じることは出来ないでしょう。かといって上手く躱せもせず、暫くの間はタジタジしっぱなしなのでしょうね。


ルドヴィークはルドヴィークで、元々令嬢嫌いなうえ、アプローチされることはあってもアプローチすることはなかったでしょうから、加減が分からず本人も自覚がないままレニエラを溺愛していそうです。


……そんな未来を想像すると楽しいですよね、ふふふ。


更なるアフターストーリーを妄想したり、逆にルドヴィークやミルスの過去を考えたりもしているのですが……そちらは時間の余裕や機会があれば載せるかもしれません。その際はまたご覧いただけますと幸いです。



また、新作のお知らせをさせてください!


▶昨日20時半頃に公開した短編

【 八尺様♂が転生後まで憑いてきちゃった!~異世界に馴染みすぎた怪異が、スパダリになって私を離してくれません!~ 】

挿絵(By みてみん)

今度は異世界に八尺様を連れてきてしまいました(苦笑)


▶本日開始した新連載

【 かつて『令嬢失格』と笑われた元侯爵令嬢ですが、女公爵となり第三王子と婚約します ~私を笑った人達は、今や『人間失格』だそうです~ 】

挿絵(By みてみん)

毎週土曜10:10・21:10投稿予定です!


いいね、ブクマ、感想やレビュー、評価など、とても励みになります!

是非とも応援宜しくお願いいたします( .ˬ.)"


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