スカウトグループ
2009年 獄界町:夜の歓楽街
「すまねえな、抗争の最中で街も物騒だ。不安だったろう」
馴染みのキャバクラの店長からみかじめ料の入った封筒を受け取りながら、星山は労うように声をかけた。
店長は安堵した表情で深々と頭を下げた。
「いえいえ! 米田組さんにはいつもお世話になってますから。この間も、うちの店の子にしつこくストーカーしてた不審者を、星山さんが一発で黙らせてくれたじゃないですか。本当に助かってます」
「ハハハ、気にするな。……今は亡き山城の兄貴がな、生前この店を随分と気に入ってたんだ。兄貴の愛した場所は、俺が死んでも守るよ」
店長に見送られて夜の街へ出た星山だったが、2ブロックほど歩いたところで、街灯の薄暗い影に停まった不審なミニバンに目を留めた。
それはキャバクラ嬢たちの送迎車だった。だが、様子がおかしい。
星山が不穏な気配を察して駆け寄り、運転席を覗き込むと、そこには顔面からおびただしい血を流した黒服の男が突っ伏していた。
「おい、しっかりしろ! 何があった!」
星山が肩を揺さぶると、男はかろうじて意識を取り戻し、焦点の合わない目で星山を見上げた。
「う……あ……星山、さん……。外様の、スカウトの連中が……幸子ちゃんを、無理やり連れ去って……っ」
男はそこまで言うと、がくりと脱力して気を失った。
「チッ、まずいな……。クソ、ひとまず押坂先生の診療所へ運ぶか」
星山は手際よく黒服の身体を抱き上げると、後部座席へと押し込み、自ら運転席に飛び乗ってアクセルを踏み込んだ。
翌日
「なるほどね……。今、獄界町の風俗街に、いくつかの凶悪な外来スカウトグループが一斉に進出してきているようだ」
笹山はカウンター越しに、丁寧にまとめられた調査資料を星山へ手渡した。
「俺が裏ルートで確認できただけでも、12の有象無象のグループが街に紛れ込んでる」
「12も……。一気に湧きやがったな」
「ああ。奴らはわざと米田組や小原一家がケツ持ちをしている優良店の前に待ち伏せし、強引に嬢を引き抜いている。中には脅迫まがいの手段で拉致された女もいるらしい」
「クソが、ゴキブリみてえに湧きやがって……!」
怒りで拳を握りしめる星山に、笹山は眼鏡の奥の目を鋭く光らせた。
「だが、どこのどいつが糸を引いているかは丸分かりだ。実質的にこの襲撃を先導している主なグループは3つだな」
笹山は資料の3つの名前に赤ペンで印をつけた。
1. 【スイートタイガー】
兵庫発祥の武闘派スカウトグループ。警察や地元の広域暴力団すら手を焼く狂犬組織で、いつの間にか東京の地下組織とも太いパイプを作り、多くの風俗店を配下に収めて勢力を拡大している。
2. 【ハニースカル】
都内の柘榴町を拠点とする新興の半グレ・不良集団。元々はただのチンピラ集団だったが、柘榴町の風俗街を仕切っていた顔役、あのリゾート会社社長の増沢が謎の襲撃(※大北組によるもの)によって殺害されて以降、その莫大な利権をごっそり奪い取って急成長したと噂されている。
3. 【リキッドガーデン】
ベトナム系を中心とした多国籍マフィア。中華系マフィアや東南アジアの凶悪ギャングと密に繋がり、SNSなどで甘い言葉を使って釣った日本人女性を、海外の違法風俗へ容赦なく売り飛ばしている極悪グループ。
8時間後 蔵部町:原野派のアジト
「……ダメだ。穂村のクソジジイの警備は、相変わらず鉄壁のままだな」
ソファーに深く腰掛け、軍服姿の暗殺者・大串大吾が忌々しそうに溜息をついた。
その対面に座る、不気味な銀の仮面を被った青髪の男が、歪んだ声を漏らす。
『おや、あなたほどの怪物でも突破できませんか……。随分と手堅いガードを敷いているのですねえ』
「ああ。クソが、あの闇金の事務所(深沢コーポレーション)で、あのとき確実に息の根を止めておくべきだった」
『ふふ、それにしても、あの我が儘で苛烈な原野のオヤジさんが、今回の失敗に対してあなたに何の処分も下さないとは珍しい。お気に入りなんですね』
「俺は紹介であんたら善竜会と手を組んだばかりだから、元の組織のことは知らねえが……あのおっさんは、そんなに身内に厳しいのか?」
『ええ、それはもう。気分一つで、私だって何度殴られ、蹴り飛ばされてきたことか……』
「マジかよ。極道ってのは面倒な生き物だな」
すると銀仮面の青髪は、探るように身を乗り出してきた。
『……ところで、大串さん。あなたは一体、誰の紹介でここへ来たのです? あなたからは、ただの野良犬の傭兵とは思えない、冷徹な『官』の匂いを感じるのですよ』
大串の目が、一瞬で凍りついた。
「あん? ……俺にこの泥仕事を斡旋してきた、ある『おっさん』だよ」
『おっさん? どこで出会ったのです?』
「……それ以上は、いくら雇い主の幹部であるあんたが相手でも言えねえな。その『おっさん』から、俺の素性と繋がりのすべてを秘匿しろと厳命されてるんでね」
『おやおや、気になりますねえ……』
大串はケッと唾を吐き捨てると、冷酷に警告した。
「俺は政治にゃ興味ねえが、俺の勘だと、あのおっさんのバックには本物の『お上』がついてる。あまり俺の経歴を探ろうとするなよ、青髪。――消されるぜ」
4日後 兵庫県 松嘩街
「ふん、極道の真似事をしてる割には、立派なヤサを構えてやがるな!」
星山はバンから降り立ち、目の前の一等地に建つ豪邸を睨みつけた。
そこは、スカウトグループ『スイートタイガー』のボス・森坂をはじめとする幹部連中が、住居兼仕事場として不法に占拠しているアジトだった。
「さてと……派手に行きやすか、星山の兄貴!」
助手席の神楽が凶悪な笑みを浮かべる。神楽がアクセルを床まで踏み込むと、装甲を施したバンは爆音を立てて突進し、豪邸の重厚な鉄門を派手に突き破って敷地内へと侵入した。
慌てて飛び出してきた「アロウ・ジャパン」の武装警備員たちが取り囲もうとするが、車から弾け飛んだ星山が、目にも留まらぬ体術と高電圧のスタンガンで次々と肉体をねじ伏せ、無力化していく。
その頃、邸内の奥にある会議室では、ボスの森坂と最高幹部たちが密談を交わしていた。
「あの柘榴町の『ハニースカル』のガキどもが露払いをしてくれたおかげで、俺たちの東京進出への足掛かりは完璧に出来たな」
「ああ。だがよお、頭を抑えているあの半グレどもも、いつかは追い出さねえといけねえよな?」
「ハニースカルの背後にいる外国籍のマフィア連中が、それを黙って見てるか?」
森坂は鼻で笑った。
「見るわけねえだろ。だがその時は……戦争だよ。日本の美味いシマに、外人の居場所なんて残してやる必要はねえ」
その刹那、館内全域にけたたましい非常警報が響き渡った。
「クソッ! なんだ、警察か!?」
森坂が舌打ちする。同時に、周囲の幹部連中が懐からピストルを抜き放ち、森坂を中央に庇って強固な防衛陣形を敷いた。
エントランスを突破した星山と神楽は、倒れた警備員たちを踏み越えていく。
「よし、外回りの警備員は全員気絶させたな」
「ええ。あとはターゲットの幹部どもですね。……上の階からゾロゾロと湧いてきやがった。おそらく本丸は上階です」
二人は階段を駆け上がり、廊下の最奥にある重厚な扉の前に立った。
星山が渾身の前蹴りで扉を蹴り破る。
「きやがったな、何者だ!?」
待ち構えていた幹部たちが一斉に銃口を向ける。だが、それよりも早く、神楽の抱えたサブマシンガンが狂ったように火を噴いた。
激しい銃声がまたたく間に大気を切り裂き、肉片と血飛沫が飛び散る。森坂の護衛たちは、反撃の暇さえ与えられずに一瞬で全滅した。
腰を抜かし、血の海の中で失禁しながらガタガタと震えるボスの森坂。星山は静かに歩み寄り、冷徹な視線で見下ろした。
「東京の、俺たちの『獄界町』に手下を送り込んで女を拉致したのは何故だ? 理由を言え」
「へ? あ、あわ、わ……」
「チビってんじゃねえぞ、汚ねえな!」
神楽が硝煙の昇る銃口を森坂の額に突きつける。森坂は涙と鼻水を流しながら、狂ったように叫んだ。
「お、俺たちは『ハニースカル』の岸辺に誘われたんだよ! 奴らが、東京の風俗街の利権を奪うのを手伝ってくれたら、分け前を一部譲るって……!」
「そうかい」
星山は冷たく言い放った。
「だったら、今すぐその東京のお仲間に電話して、ハニースカルとの同盟を切れ。獄界町から拉致した女も、全員もとの店に戻させろ」
「で、でも、奴らのバックには、本物の海外マフィアの同盟者がいるんだ! そんなことをしたら俺たちが殺される……っ」
「あん? それがどうした」
星山は懐から小原一家の代紋が刻まれた煙草入れを取り出し、冷たく微笑んだ。
「――俺たちは『善輪会』だぜ。マフィアだろうが半グレだろうが、筋を違えた奴は全員叩き潰す」
「ひっ、ひいぃぃ! わ、分かった、すぐに引く! 獄界町からは完全に手を引くから、命だけは……!」
2日後 柘榴町(ハニースカル事務所)
「あぁん!? 獄界町から全面撤退するだと? どういうことだ、コラァ!」
ハニースカルのボス・岸辺は、机を叩いてスイートタイガーの東京支部長を激しく問い詰めた。
だが、東京支部長は顔色一つ変えず、冷淡に言い放つ。
「兵庫の本部からの直接指示だ。決定は覆らん。俺たちは手を引く」
岸辺の横にいたハニースカルの幹部が、顔を歪めて凶悪に笑った。
「そうかいそうかい。だったら用済みだ、今日中にこの柘榴町からも出て行ってもらうぜ、お上りさんよ」
すると、東京支部長は平然とした顔で言い返した。
「断る。本部からは『ハニースカルと手を切れ』と言われただけでな。今日からこの事務所と柘榴町の利権は、俺たちのシマにさせてもらう」
「あんぁ!? ナメてんじゃねえぞガキが!」
岸辺が怒鳴り声を上げた、その瞬間。
「うるせえんだよ、三下どもが!」
東京支部長の護衛が突如として懐からサバイバルナイフを抜き、ハニースカルの組員へ突き刺した。
「クソッ、裏切り者が! 殺せ!」
激昂した岸辺がポケットからピストルを引き抜き、東京支部長とその護衛を容赦なく撃ち殺した。返り血を浴びた支部長は死に際に、外へ向かって絶叫した。
「今だ! ハニースカルを根絶やしにしろ!!」
それを合図に、事務所のガラス窓が破られ、外で待機していたスイートタイガーの構成員たちが釘バットやナイフ、催涙スプレーを手に怒涛の勢いで雪崩れ込んできた。狭い事務所内は、一瞬にして凄惨な大乱闘の戦場と化した。
「……なるほどな。こいつは好都合な泥仕合だ」
その混乱を、道路を挟んだビル陰から見つめていた星山が呟いた。
「織部、お前、上から行けるか?」
米田組直系反町組の若頭・織部に問いかける。織部は不敵に笑い、背負っていた特殊な金属製の鍵縄を構えた。
「お安い御用っすよ、兄貴!」
織部は鋭く腕を振り、ハニースカル事務所の3階の窓枠に鍵縄を完璧に引っ掛けた。そして、下での乱闘の騒音に紛れながら、縄を手繰って驚異的な身体能力で上階へと一気に侵入していった。
織部が窓から倉庫へと滑り込み、ピストルを静かに引き抜いて廊下へ飛び出すと、丁度下階の乱闘から逃れて裏口へ向かおうとしていたボスの岸辺と鉢合わせた。
「おいてめえ、どこの組の……!」
「動くな」
岸辺が言いかけるより早く、織部の銃口がその眉間に突きつけられていた。
「てめえがボスの岸辺だな。獄界町にくだらねえスカウトを送り込んで街を荒らしたのは、てめえの差し金か」
「クソ……っ、てめえら、まさか米田組か……!?」
「何のためにそんな無茶をした? 俺たち善輪会と正面から戦って、勝てると思ってたのか?」
「う、うるせえ! 俺たちの後ろには、泣く子も黙る海外マフィアがついてるんだ!」
「知ってるよ。だからその『リキッドガーデン』とかいう外道どものヤサを今ここで吐け。じゃねえと、お前の脳みそをこの廊下にぶちまけることになるぞ」
織部の冷徹な殺気に気圧され、岸辺はガタガタと震えながら白旗を上げた。
「分かった……っ、言う、言うから撃つな……!」
翌日 千葉県 丸尾町(リキッドガーデン本部)
丸尾町の寂れた廃倉庫。そこをアジトにするベトナム系マフィア『リキッドガーデン』の最高幹部たちが、テーブルに積まれた莫大な裏金を数えていた。
「中華系の蛇頭から回ってきた今月の分け前が……300万! 国内の違法風俗に沈めた女の売上が500万! ……そして、本国の組織へ人身売買で引き渡した女たちの利益は、なんと2000万ドン(※あるいは日本円で2000万円)を優に超えるぞ!」
悪党たちが下劣な笑い声を上げた、その瞬間。
――ズガガガガァァァン!!!
凄まじい破壊音とともに、倉庫のシャッター扉を突き破って、大型のトラックが猛スピードで突入してきた。
「な、なんだァ!?」
マフィアたちが唖然とする中、トラックの運転席から弾丸のように飛び出した星山が、手近な幹部たちの顎へ容赦のない打撃を叩き込み、次々と脳震盪を起こさせて昏倒させていく。
事態の理解が追いつかないボスのチャンが慌てて銃を抜こうとするが、星山はすでにその懐へ潜り込み、冷たいドスの刃をチャンの喉元へ深く突き立てていた。
「てめえらだな。俺たちのシマである獄界町に侵入し、女を拉致しやがった外道どもは」
「は、はあ……っ? あんた、一体誰だ……!」
「俺か? 『小原一家』総長、あるいは『米田組』若頭の星山だ。そっちの方が分かりやすいか?」
チャンの額から嫌な汗が流れ落ちる。
「クソ、なぜここに……」
「そりゃあこっちのセリフだ。なぜわざわざ獄界町に手を出しにきた? 俺たち善輪会は、てめえらのような害虫の立ち入りを許可した覚えはねえぞ」
「お、俺たちは、柘榴町のハニースカルのヤクザどもに、甘い汁を吸わせると唆されただけだ……!」
「嘘をつくな。柘榴町は増沢が死んで以降、てめえらみたいな雑魚が群雄割拠してバラバラに争ってるだけのはずだ。そんな大それた絵図を描ける奴がいるわけねえ」
「い、今は違うんだ! 本当だ! 俺たちもハニースカルも、今はある『巨大な組織』に莫大な上納金を払って、その傘下に入ってる!」
星山の目が鋭く細められた。
「……誰に払っている」
「大北組だ! 大北組の本部長、柏原だよ! 奴らが柘榴町の中に秘密のヤサを構えて、そこで前線を指揮してやがる……!」
「――なるほどな。おおむね想定通りの名前が出てきた。ありがとな」
そう言うと星山はチャンを撃ち殺した。




