くびなしオバケがやってきた!(9)
シホちゃんは二人の魔王といっしょに、トイレに着きました。
「ドアの外で待っててね。きっとだよ。」
「大丈夫。如何なる不埒者も近寄らせはせぬ。」
と大天狗の神野悪五郎が言います。
「我らを何だと思っているのかね?」
一方でお侍姿の山ン本五郎左衛門は
「シホちゃん、何が怖いんだい?」
と訊きます。
「どんなオバケを見ても、怖がらなかったのに。」
シホちゃんは「あのねぇ」と恥ずかしそうにすると
「……ゾンビっ!」
とトイレのドアを閉めました。
「ゾンビぃ?」
と神野悪五郎は不満そうです。
「あ~んな雑魚を、かぁ? アンデッドとしても弱すぎだろう。」
「オマエの気持ちは、分からんでもない。」
と山ン本五郎左衛門は頷きます。
「しかし、テレビでは怖いのは洋物ばかり放送しているからなぁ。和物の妖怪は”ゆるキャラ”扱いだしなぁ。」
そんな話をしていると、シホちゃんが出てきました。
「ありがと、さんもとごろうざえもん。しんのあくごろう。二人がいてくれて、助かったよ。」
そして「なんのお話をしていたの。」と質問します。
山ン本五郎左衛門は「ん~」と唸ると
「シホちゃんたちは、もう日本の妖怪は怖くないのかなぁ、って話をしていたんだよ。」
と言いました。
それを聞いたシホちゃんは「違うよっ!」と答えます。
「日本のオバケは、怖くって好きなんだよ。ゾンビは、怖くって嫌い。」
ああそうか、と山ン本五郎左衛門は合点がいきました。
――シホちゃんの中では、日本のオバケは『怖くても好き』なのではなく『怖いから好き』。
――一方でゾンビは『嫌いなくらい怖い』けれど『見たくは、なる』。
――要は『怖いもの見たさ』の塩梅の違い、ということか。
けれど、と山ン本五郎左衛門は独り言を続けます。
――しかし、それなら何故『首無し騎士』には驚かない?
――『スリーピーホロウ』がゾンビほど知られていないのが原因か?
すると神野悪五郎が
「生理的嫌悪感の有無だな。」
と話をまとめたので
「なにソレ?」
とシホちゃんが笑いました。
「まぁた、しんのあくごろうはムズカシイはなしをして、シホをごまかそうとしてるんでしょ?」
〇 〇 〇 〇 〇
三人は奥座敷に戻ると、先ほど神野悪五郎出していたお菓子を食べました。
平べったいお饅頭のようなお菓子で、口の中では蕩けるような舌触りです。
「すっごくオイシイ!」
と、一個目を食べ終わったシホちゃんは、すぐに二個目に手を伸ばしました。
「どれ、それでは吾輩は飲み物でも出して進ぜよう。」
と山ン本五郎左衛門が言うと
「待て、待て。」
と神野悪五郎が止めました。
「稚児に抹茶か玉露でも飲ませようものなら、眼が冴えて、眠れぬようになってしまうわ。」
「そんな下手を打つかよ。黙って見ておれ。」
と山ン本五郎左衛門は神野悪五郎を鼻であしらうと
「ホレっ」
とシホちゃんにはアイスミルクセーキを出しました。
自分たちにはお茶です。
「うわぁ!」
ミルクセーキを一口飲んで、シホちゃんはビックリしました。
美味しいのはもちろんですが、鼻の中に花の香りが広がるのです。
「ふっふっふ」と山ン本五郎左衛門が笑います。
「美味しいだけじゃないぞ。元気で長生き、そして頭が良くなる材料ばかりを集めて作った特製ミルクセーキだからな。どうだ、参ったか!」
「まいったよ。さんもとごろうざえもん。」
とシホちゃんは言うと、ミルクセーキを飲み干しました。
「ホント、おいしいよ。お代わり。」
すると「オマエばかりが、鼻を高くするな、山ン本五郎左衛門。」と、天狗の神野悪五郎がお菓子を指差します。
「こっちの桃山だって、健康長寿の材料ばかりを厳選した……」
「ちょっと待って、しんのあくごろう。」
話している途中でしたが、シホちゃんが遮ります。
「そのお菓子って『桃山』なの? おばあちゃんが結婚式の夜に食べたって言ってた?」
「そうだ。」
と神野悪五郎が頷きます。
「あの夜も、ワシが桃山を出したのよ。」
「じゃあ、おばあちゃんが会ったお姫様って、しんのあくごろうが化けてたの?」
「そうではない。高砂を吟じたのはワシだがな。」
と神野悪五郎は首を振りました。
「あの振袖の娘は、菖蒲という娘だ。シホちゃんのおじいちゃんの幼馴染で、川に嵌って死んだと『されている』娘だな。」




