くびなしオバケがやってきた!(16)
この時になって、神野悪五郎がようやく口を開きました。
「いや、五郎左衛門。あの時には本当に厄介をかけた。オヌシが知恵を出してくれておらねば、今ごろは魔王を辞めているところだ。」
神野悪五郎が素直に謝ったので、山ン本五郎左衛門が逆に慌てました。
「いやいや悪五郎。平太郎の件では、吾輩のズルを見逃してもらっているからな。相子じゃ。」
「う~ん……。そんなのドウデモイイからぁ!」
とシホちゃんが言い、菖蒲も
「それで、結局どうやって『約束を守った』のですか?」
と質問しました。
「オオ! すまん、すまん。」
と山ン本五郎左衛門が頭を掻きます。
「吾輩はな、『バアチャンに何もかも正直に伝えて、どんな風な罰を与えて欲しいのか、決めてもらったらよいだろう。』と教えたのよ。」
「なるほど!」
菖蒲がポンと手を鳴らしました。
「約束の当事者が、契約を履行したものと認めれば、契約は履行されたということになる――そういうカラクリですね。」
「どゆこと、アヤメちゃん?」
なんとなく分かったような……でも、それでいてヤッパリよくは分からないや、とシホちゃんはそう菖蒲に訊ねました。
「それはね」と菖蒲はクスクス声で
「おばあちゃんが『なぁんだ、そういう事だったのですか。それならば、おじいさんは何も悪くありません。罰なんか当てないで下さいね。私の早とちりだったのですから。』と納得したなら、オッケーってことよ。」
と言ってから、あれ? と首を傾げました。
「それだと罰が、おばあちゃんの方へ跳ね返って来ることになっちゃう。……約束というのは、それほど重いものなのよ。」
「菖蒲よ、まだまだ青いな。」
と山ン本五郎左衛門が笑います。
「知恵者の悪五郎が、そのような”しくじり”を犯すわけが無かろう。バアチャンはオヌシが考えた通りのことを言ったのだが、悪五郎めは『それでも、一瞬でもオマエを悲しませたのは間違いなかろう。だから罰は当てなければならぬ。』と諭してな、ジイチャンが一番好きな味噌汁の具を訊き出したのよ。」
だから、その晩の味噌汁からは、ジイチャンの椀にだけ豆腐が抜けていたというわけさ――と山ン本五郎左衛門は罰の顛末を説明しました。
「ジイチャンが、変だなと思ったか、気付きもしなかったかは知る由も無いが。」
おばあちゃんのウソも優しい気持ちから出たウソだったのか!
とシホちゃんは嬉しくなりました。
みんな優しいな。優しいからウソをつくって事もあるんだな。
「ねえねえ、さんもとごろうざもん。おとうさんはウソをついてないの? 宝の地図は誰が描いたの?」
さんもとごろうざもんなの? とシホちゃんは訊ねました。
「シホちゃんが疑ったように、親父殿もウソを吐いている。それは間違いない。」
と山ン本五郎左衛門は認めました。
「親父殿は寝てなんぞいなかったよ。正座して、吾輩が脅かしに来るのをジッと待っておった。必死な面持ちであったぞ。」
・ ・ ・ ・ ・
大首という首だけのバケモノに姿を変えた山ン本五郎左衛門が、障子戸一杯の大きさで
「うおおおお!」
と吠えると、おとうさんは畳に手を付いて
「お願い申し上げます。」
と頼み事をしました。
「小癪な奴め。」
山ン本五郎左衛門は、そう応じましたが
「言うてみよ。」
と続きを促しました。
お父さんは「ありがとうございます。」と更に額まで畳に押し付け
「妻に健康を授けて下さった御方だと存じ上げ奉りますが、この度、子を授かることとなりました。」
と言いました。
「ムゥ。それは目出度い。」
山ン本五郎左衛門は、そう寿ぐと、大首から侍へと更に姿を替えました。
「肝試しは終わりじゃ。オヌシの勝ちじゃな。……して、頼みとは? 腹の子の健康長寿であろぅ。」
お父さんは「そう願えれば良いのですが。」と、いったん言葉を切りました。
そして顔を上げてフウと一つ溜め息を吐くと
「それ以前の問題なのです。」
と悲しそうな顔をしました。
「母体が出産に耐えられないかもしれない、と医者が……。」
「……で、オヌシの細君は何と?」
山ン本五郎左衛門の問いに、お父さんは
「妻は、子供を、と。」
苦しそうに答えました。
「しかし私は」
「みなまで言うな。」
と山ン本五郎左衛門はお父さんの言葉を遮りました。
「腹の子に問うてみれば良いことよ。」
・ ・ ・ ・ ・
「そして、まだ腹の中に居たシホちゃんが描いたのが、あの『宝の地図』というわけじゃな。皆が元気で仲良く暮らす場所よ。文字通りの宝じゃな。」
山ン本五郎左衛門は、そう言うと元の大足の姿に戻りました。
「仮にオヌシが『生まれたい』とだけ言ったなら、母御は死んでいたであろう。」
「そろそろ神輿を上げるか。」
と天狗の神野悪五郎も立ち上がりました。
「はや一番鶏が時を告げる刻限ぞ。」
「そうですね。子供はもう、寝ていないといけない時間ですからね。」
と狐の菖蒲も、シホちゃんに一礼します。
ズシン・ズシンと縁側に出た山ン本五郎左衛門が
「者共、出よ!」
と叫びました。
すると、庭一面の蛍が
「おう!」 「オウ!」 「オウ!」
と百鬼夜行の正体を現します。
大足の山ン本五郎左衛門は
「親子三人、達者で暮らせ!」
と笑い声で言うと、庭を埋め尽くす妖怪変化に
「しゅっぱぁつ!」
と号令を掛けました。
そして百鬼夜行は、棚引く霞のように天へと昇って行きます。
「さんもとごろうざえもん、アリガトね。しんのあくごろうも、アヤメちゃんもアリガトね。」
シホちゃんは夢中で手を振りました。
「アリガト、ほんと、ホントにありがとう。」
百鬼夜行は、山ン本五郎左衛門の笑い声と共に次第に遠ざかり、いつしか天の川に紛れて見えなくなってしまいました。
おしまい
お読み下さいまして、ありがとうございます。
童話本編としては、これで「おしまい」です。
ただ、まだ回収しきれていない幾つかの点が残っていますから、あと少しだけ蛇足が続きます。




